香山の20 「同じ夜」 (38)

 私達は例の貸倉庫へ戻った。再びお宮を縛り付け、これからどうするのかを考えるのだ。車を停め、鍵を引き抜いた。引き抜いたその鍵を握り、私はしばらく何もせずに座っていた。
 考えようとしても、何も考えることができない。私は、ただひたすらに黙り、明もそうしていた。明には明なりに何かがあったのだろうと思うが、そこで思考の道は途切れた。続いて、タコメーターが目に入った。クラッチをつなぐとき、これを目にするようでは序の口だ。そうではなく、エンジンの音を聞いて回転数を予想しながらつなぐのが、運転するときに求められる姿である。そうして道の傾斜や後続車両との距離を見ながらでないと安全が確保されない。それでいて快適な乗り心地を……
 そういう具合に、何か他事に思考を働かせようとしても幾度となく失敗していた。何べん下を見ても暗い地割れの世界が広がっているのみだった。何の恐怖も覚えずに私はその地割れを凝視していた。飛び降りることも思いつかず、何も欲せず、ただその淵に立ち、時折しゃがんで、時折立って、を繰り返していた。
 とにかく動けなかった。ふと、煙草を吸おうと窓を開いた。火を灯して、煙草に呼吸を与えた。煙草は先端の赤色を濃くして、口の中にその煙を吹き込んだ。普段なら沈静を得るはずのこの行為が、どうもこのときには何の安らぎを得ることもできなかったことをここに述懐しておこう。明は一貫して一切の苦言を呈しなかった。
 私が車を出ようと決断した契機は、寒気だった。それは実に生き物らしからぬ、生き物らしい矛盾の心情だったが、外気に合わせて冷え込むこの車内に、どうしても体を動かして熱を発さねば辛抱ならないと思ったのだ。煙草はすでに三本吸っていた。少し震えを我慢しながらのことだった。
 貸倉庫は相変わらず鈍色の迫力をもって私を迎え入れた。再びお宮を椅子に縛り付けた明が、私に問うた。
「これから、どうするんだ。貫一は……もう気にする必要もなかろう」
 すると、お宮が割って入った。
「香山、あんたは何なんだ」
 私は自分の場違いを指摘されたと感じて焦燥を覚えた。今思えば、そう感じたからには私の深層心理にその意識があり、それをまだ認めたくないと拒否する立場にあったのだろうと思う。
「どういう意味かね」
「あんた、さっき俺を拳銃で殴ろうとしてやめただろう。しかも、ためらってやめたんだ。あんな赤が透けて見える嘘を言われ、それでも侮辱されたことへの憎悪を握りしめて俺に危害を加えるなんて単純なこともできなかった。あんたがどうしてこの世界に入れたのかが不思議でならない。もしや改心のつもりか?」
「改心? 貴様にそのような指摘をされる謂れはない」

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