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残り香のなかで

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四半世紀以上の人生を歩んできた中であった、様々な出会いとそこから生まれた大切な愛おしい時間。 時の経過とともに色褪せていくのは仕方ないことだけれど、 記録として残しておきたくて… もっと読む
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調香師見習いがイッセイ・ミヤケと出会ったとき

調香師見習いがイッセイ・ミヤケと出会ったとき

三宅一生さんが先日逝去されたニュース。
ショックだったなぁ。
ご冥福をお祈り申し上げます。

私は調香家であり、ブランドを立ち上げ最中の身なのだが、ブランドに対する思い出を綴らせていただく。

ファッションの学校に通っていたとき、あのブランドのPR部門に転職したいと思っていた時期があった。

哲学、ブランドが醸し出すオーラ。
それほど詳しく知っていたわけではなかったけれど、憧れが強かった。

紆余

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一重はセクシー。

一重はセクシー。

長年、一重を自分の短所だと思っていた。
でも、それを今では愛すべき自分の「セクシーポイント」ととらえるようになった。そう思わせてくれたのは私の留学時代のアメリカ人のルームメイトだ。

私は物心ついた時から、「上向きまつ毛のぱっちりオメメ」至上主義に息苦しさを感じていた。小学生の頃に読んでいたマンガ。中学生から読み始めた雑誌。ヒロインはみんなぱっちり、上向きまつ毛のオメメだ。雑誌では二重用のメイクが

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人生で初めて学校をさぼった記念日

人生で初めて学校をさぼった記念日

私のことを知ってる人はお察しだと思うのだが、今も昔もド真面目で、授業はサボらない、いや、サボれないキャラだった。小学校も受験を除けば皆勤賞。今日はそんな8年前の私が大学の授業を初めてサボった記念日だ。

10代のころ、一時期は国連の職員になって、貧困とか、世の中の不平等に対して何か手を差し伸べられるような人になりたいと思っていた。

やっとの思いで大学に入学してからは、その掲げた目標に向けて心身壊

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2年前から伏線が張られていた運命の雑誌

2年前から伏線が張られていた運命の雑誌

大げさに聞こえるかもしれないけれど、運命の雑誌がある。もう廃刊になってしまったのだが、久しぶりに読み返すと、 2年前からの伏線を回収してて、鳥肌が立った。
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初めてこの雑誌に出会ったのは2019年の夏。
広告代理店に勤務する私は憔悴していた。

気晴らしに本屋を散歩していると、PERKが目に留まり、立ち読み。雑誌の巻末の特集で自立したINDEPENDENTな女性に対するイン

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ニューヨークのキットカット

ニューヨークのキットカット

空港の出口を抜けると、そこはNewYorkだった。
でも私が想像していたNew Yorkとは違っていた。
当時の私は交換留学でNewYork州の大学で1年間すごすべく、日本を飛び出した大学生だった。このnoteは当時の私が書き残したメールの下書きを思い出しながら書いている。

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私がNewYorkに期待していたのは、まずはCityの景色だった。立ち並ぶ高層ビル、多国籍な人々がごちゃごちゃ

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失恋した日はアイスクリーム

失恋した日はアイスクリーム

「Hello, Yumi?Yumi?(ひとりになりたくないの。話、聞いてくれる?)」

部屋のドアがノックされる音で、私は仮眠から目が覚めた。

ドアを開けると目を真っ赤にしたフランス人のハウスメイト、Floreが枕を抱いて立っていた。

「Yumi,Are you free now? (Yumi、時間ある?)」
「What's wrong with you? (どうしたの?)」
「I was w

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たらればムスメ、そろそろ脱皮したくなってきた。

もし、ピアノを辞めていなかったら。もし歌を続けていたのなら。
今の私はどうなっていたんだろう。

人生、「たら、れば」を言えば限りが無いとは思いつつ、ふとした瞬間に思い立つことがある。

3歳からピアノを始めた私は15歳で部活を理由に辞めるまで毎日最低でも30分は必ず練習していた。風邪をひいて熱を出しても。受験勉強で忙しくても。その日々の積み重ねが功を奏し、学校行事でのピアノの伴奏はほぼ私が担当し

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26歳、2020年を全力で振り返ってみたら未来への力が湧いてきた

26歳、2020年を全力で振り返ってみたら未来への力が湧いてきた

自分の振り返りついでにnoteに残しておこうと思ってPCを開けた2020年12月29日朝。先日、仕事をどうにか収めることができ、「いよいよ年末!」という感覚になってきた。

2020年は本当にアっという間で一瞬で過ぎ去った。もはや6月よりも前の記憶はあいまいになっている。このままこうして、来年、再来年、、、と年を重ねていくのは1日1日を全力で生きていたとしても少し空しいし、怖ささえも覚える。「あれ

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幸せのアップルパイ

幸せのアップルパイ

この時期になると、ベイキングがしたくなる。自室の本棚には『間違いなく美味しいアメリカの家庭のベイキングレシピ』が眠りについて暫く。そろそろ「冬だよ!起きて!」と呼び起こす時かもしれない。今の気分はアップルパイ。

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私は19歳の頃、交換留学生としてアメリカで学生生活を送っていた。自ら志願してやっとの思いで手にした留学生活だったが、渡米してしばらくすると行き詰まりを感じていた。コン

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人間関係は「線」ではなく、「グラデーション」

人間関係は「線」ではなく、「グラデーション」

時間やタイミングによって、人との心地いい関わり方や距離感って変化する。友人、恋人、職場の人、家族、、自分以外の人、すべてに於いて。

『好きだから、知りたい。』
そう思ったこともあったけど、今は好きだからこそ少しの余白があった方がいい、って思うようになった。好きだからこその余白。
距離の取り方、接し方は人それぞれだから何が正解とかはないけれど。

週末に久々に友人2人と再会する。
ひとりは中学、高

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半年間、雑談ネタを必死に探してみたら幸せのハードルが下がった話。

半年間、雑談ネタを必死に探してみたら幸せのハードルが下がった話。

「What's good?」
日常的に使われるただの挨拶。教科書英語でガチガチだった私は「Hello」とか「Hi」以外の挨拶を初めて聞いた時にうろたえた。

ネットで調べてみると
「よっ!なんかいいことあった?」という翻訳を発見。また、同じ部類のフレーズに「What's up?」も見つけた。

留学中、同じ授業を受けていた同い年のアメリカ人、Zachはいつも私を見ると「Hey, what's go

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もう食べられないナポリタン

正直そこまでこだわりがないけれど、強いて言うならパスタは固めが好きだ。今はもうない、小さなイタリアンレストランの亭主が作るナポリタンが大好きだった。

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小学生のころ、毎日、商店街を通っていた。学校と自宅の距離は片道30分弱ほどあっただろうか。帰宅の際、最初は何人かと一緒に学校を出ても、ひとり、そしてまたひとり「じゃあねー!」とそれぞれの家に帰っていく姿を見送るのが時々、寂しかった。また、家

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たとえ、話すことができなくても。

たとえ、話すことができなくても。

小学校3年生、9歳。初めて「手話」を知った。
学校の道徳の時間で手話を教えてくれるNPOの方がいらしたことがきっかけだった。

耳が聞こえない為に、相手が何を言っているのか、わからない。
さらには自分の声がどんな声をしているかがわからない方が世の中にはいらっしゃるんだ、ということを初めて知って衝撃を受けた。

ありがとう、そして、ごめんなさい。

文面上ではわかっても、これをどう発音するのかわから

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去年の自分をPRONTOで見た話

去年の自分をPRONTOで見た話

PRONTOでnoteを書いているとあわただしく若手のバリキャリ風のOLさんが隣の席に座った。
メニューをがさつに閉じて、PCを開き、注文を取りに来た店員さんの顔を見ることなくパスタとコーヒーを注文した。
髪の毛は無造作に一つ結びしていて、マスクのせいもあるのか、お化粧はほとんどとれていた。

パスタが来ると器用にパスタとコーヒーと、パソコンの三角食べならぬ三角対応を繰り広げていた。

仕事の締め

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