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短編小説 幻谷(まぼろしだに)⑦
目を覚ますと、ブツブツと穴の開いたトラバーチン模様の天井が見えた。
それからじわじわと、自分が体を持っている生物だとわかっていくように、腕から手、太ももから足へと人間である感覚が戻っていく。ただ、頭の中には鉛が入り込んだような重い違和感を感じる。
呆然としていた意識の中に、視界の左端からひょっこりと誰かの顔が出てきた。
「圭太だいじょうぶ?あたしのことわかる?」
肩まで伸びた茶髪に切れ長の目
短編小説 幻谷(まぼろしだに)⑥
「決まってんだろ!試験に行くんだよ!!」
シンと静まり返った白い坂道で自分の声が反響する。俺と親父以外この世界に存在しないような、不思議な感じがした。
「はぁ?そんな体で試験に行っても、受かるわけないだろ」
呆れた声で当たり前のように決めつけてくるあの表情が、憎くてたまらない。
親父はなんでもそうだ。相手を馬鹿にしたよう態度で「ありえない」とか「当たり前だろ」とか言って否定した後に、自分の
短編小説 幻谷(まぼろしだに)⑤
外に出て静かに扉を閉めた時、今日一度も外を見ていないことに気づいた。
2月。それは一年で一番、天から厄介なものが降り注ぐ月でもある。
「・・・雪だ」
家の前から見える住宅街の景色は、どこもかしこも白無垢をまとったように雪が積もり、昨日とは別世界に出たようだった。
軒先から先のレンガタイルの敷石は、隣合うレンガの境目が分からなくるほど、白一色の上品で澄ました顔に染まっている。
はーっと吐き出
短編小説 幻谷(まぼろしだに)④
「ちょっと待って」
扉が開きかけた時、奥から母の声が響いた。それと同時に取っ手に手をかけていた父の動きも止まる。そして、俺の呼吸も止まったままだ。
「どうせ行くなら、ポカリとバナナ持って行って。あと、何か食べたいものがあるか聞いてきてくれる?」
冷蔵庫を開いたり、食器がカチンとぶつかる音がすると扉の向こうの陰もゆっくりと戻り始めた。
「国立志望が試験前に国立シボウ、なーんつって」
と、父
その決断は「勇気」と呼べるのか
昨日、「天気の子」を見に行きました。
えぇ、そうです、2回目です。人生初「同じ映画を2回見る」という、ちょっとリッチな体験をしてきました。
昔は
「同じ映画を何度も見るってオタクじゃん」
という悪しき偏見を持ってましたが、「君の名は」以降は映画の素晴らしさに気づき、その偏見は近くの川に流しました。下流にいた鯉が食べたと思います。素直じゃない鯉がいたら、それは僕のせいかも。
初めての観覧はス
未来のミライを未来で見た
最近アニメ映画にお熱です。
先日、金曜ロードショーで放送された細田守監督作品「未来のミライ」録画して、昨日見ました。アカデミー賞ノミネート作品という触れ込みだったので、期待に胸を膨らませて見始めると、意外や意外。
「えっ、子供向けの映画なの?」と思ってしまうほど幼稚な出だしだった。
主人公の”くんちゃん”という幼い男の子に、”ミライちゃん”という妹ができる。くんちゃんは今まで独占していた両親の
短編小説 幻谷(まぼろしだに)③
国立大学受験日の前日、インフルエンザに罹った。
母に連れられて車で病院に行き診察室に入ると、眼鏡をかけた小太りの医師がいた。体の震えが止まらない俺に変わりに母が事情を話すと、「あ~」と気の毒そうな顔をした。その後の、定型文のような処方箋の説明と、「まぁ、受験がすべてじゃないから」という無責任な言葉に俺はかなりイラついた。
だが、現実は絶望的だった。
気休めにしかならない薬を貰って帰った翌日、朝
短編小説 幻谷(まぼろしだに)②
じじぃを無視して部屋に戻り、カーテンの間に手を入れ、ベランダへ続くガラス窓だけを開ける。ふわっと帆を張るように膨れたカーテンが顔に当たり、熱を持った茶色い生地が汗を吸い取りながら視界を覆う。鬱陶しいが、足元や太ももには風が入り、クーラーのように涼しく感じる。
窓を全開にしてアンバランスな状況から抜け出すと、再びベッドの上に横になった。大学の講義はもうすでに始まっているが、滑り止めの私立大学の低レ
短編小説 幻谷(まぼろしだに) ①
「暑い・・・。」
丈の短いカーテンの隙間から夏がやってきた。
雑然とした部屋には、梅雨だった昨日とは比にならないほど力強い日差しが入り込み、飲みかけのペットボトルや卑猥な雑誌を神々しく光り輝やかせる。空気には酸素よりも湿度が充満しているみたいで、朝一番の呼吸は生ぬるい。湿ったベッドの上で寝返りすると汗ばんだ肌にTシャツと短パンがびっちりと引っ付いてくる。
「(ピンポーン)」
通常の3倍ぐらい
「天気の子」見ました
昨日の夕食後「明日の晩御飯はさ、パスタにしない?」という提案が母からあった。
「ああ、いいね」とその提案に乗ったとき、
『明日は朝から廊下の窓を掃除したら、あとは夕方にじいちゃんの晩御飯をつくるだけだよな?あれ、ってことは…』
と、翌日のスケジュールに何かいい感じに空き時間ができることに気づいた僕は
『そうだ、天気の子を見に行こう!!』
と、思い立った。
空前の大ヒットから3年経ったこ
山小屋ガール見っけた
7月の初めに眼鏡を作ることで右往左往していたころ近くの商業施設のTSUTAYAに入った。
「そういえば最近本買ってないな~」なんて思いながら、たまたま通りかかったエッセイの棚で、僕はこれを見つけてしまった。
「はっ、これは!!noteでよく見ている吉玉サキ氏の本ではないか!!これは買わなければnoteにいられない」
という、運命的な出会いと謎の強迫観念に押されて即購入。
家に帰ってから、久