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みゅんひはうぜん短編集

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書きためていた短編を、長編の連載の合間に放出しました。掲載にあたって、ちょこちょこ加筆修正してます。ジャンルはSF・ファンタジー・ホラー・昔話など様々です。コメント欄に、うれしい… もっと読む
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記事一覧

【短編小説】空を飛ぶ少年

【短編小説】空を飛ぶ少年

 どこまでも真っ青な空。
 白壁の町並み。
 石畳の急な坂道を照らす昼下がりの太陽。
 坂を下ると、道路を挟んで堤防、その向こうは、白い砂浜と無限の青い海。

 少年はそんな坂道にいくつもある路地のひとつから現れた。ぶかぶかのキャップは赤と青で派手に彩られ、白いTシャツの下には、七分丈のゆったりしたジーンズが合わせてあった。  
 少年は、はす掛けのバックパックに引っ掛けていたEMB(電

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【短編小説】時間の缶詰

【短編小説】時間の缶詰

ある人物の三行日記より抜粋

某月某日
『時間の缶詰』なるものが発明されたと、テレビのニュースで見た。使うとしばらくの間、なんだか時間をニ倍使えるらしい。よく分からないが、すごい発明には違いないだろう。一度試してみたい。

某月某日
『時間の缶詰』が、ついに一般に発売されたそうだ。どうやら中身はゼリーのようなもので、食べてからしばらくすると、時間の体感速度が1/2に縮むという。平たく言えば

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【短編小説】イ・バ・ラ・ヒ・メ

【短編小説】イ・バ・ラ・ヒ・メ

『くそっ!レクタルームが開かない』
ポルクが毒づき、パントを額に跳ね上げた。勢いがつきすぎたのか、パントは彼の足元にロストオフした。
「セリスト7番からエンローグできないか?」
「無理だ。新型のボーガルド21型が6エンタだ。7番どころか、10番までもロックアウトできない。」
「そうか・・・かなりエスプガルダのローカライズが速いということか。」
ゼストが腕組みしながらソルロンを覗き込んだ。ソ

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【短編小説】おじいさんの神隠(かみかく)し

【短編小説】おじいさんの神隠(かみかく)し

 むかしむかし、あるところにおじいさんとおばあさんが住んでいました。おじいさんとおばあさんはたいへん仲良しで、山へしば刈りに行くときも、川へ洗たくに行くときも、どこへ行くのもいつもいっしょでした。

 ある日のことです。おじいさんが
「ちょっと出かけてくる」
と言って家を出ました。おばあさんはてっきり近所の畑の様子を見に行ったか、裏の物おきに道具を取りに行ったか、そういったちょっとした用事で

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【短編小説】ティシュがない

【短編小説】ティシュがない

「あちっ」
コーヒーをこぼしてしまった。半分以上残っていたカップをひっくり返してしまった。おかげで、僕のズボンはコーヒーべったりになってしまった。

「ティシュ・・・」
手を伸ばす。手は空をつかむ。あれ、ない。そういえば、夕べ最後の1枚を使ってしまって、箱はたたんで捨ててしまったんだ。僕は新しいティシュを出そうと、立ち上がってカラーボックスへ。

「ない。」
夕べ捨てたティシュは、最後の

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【短編小説】エイリアン・ブルー

【短編小説】エイリアン・ブルー

 暗闇を切り裂いて、東から日光が勢いよく差してきた。

 凹凸の激しい地平線から、あくまで大きく、赤く、力強い太陽が顔を出し、激しくひび割れたコンクリートの高架から、全ての窓からガラスが外れた茶色の高層建造物から、中途で朽ち折れてしまった錆びた鉄塔から、乾燥した泥土に半分以上埋まった標識から、打ち上げられた巨船の胴体から、等しく西に向かって長い影が伸びた。

 ややあって、早速大地をじりじりと

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【短編小説】K君ちの花瓶

【短編小説】K君ちの花瓶

 K君ちにある花瓶はスゴイ。マジでスゴイ。

 それは緑色の不思議な光沢のある、不透明な高級ガラスでできた花瓶で、形は丁度500mlのお茶のペットボトルのような、四角くて細長く、首のところがきゅっとくびれた形をしているのだが、よく観察すると底から上に行くにしたがって少しずつ断面が広くなる、まるで引き締まった男性の肉体を見ているような印象の、絶妙な形状をしている。
 そしてさらに不思議なことに、見

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【短編小説】夜を駆ける

【短編小説】夜を駆ける

 人通りの途絶えたスクランブル交差点で、歩行者用信号が無意味な点滅を繰り返す。下品な音とともに、アルミの箱をかかえたトラックが走り出すも、その後はカラフルな三つ目も無意味な存在に成り果てる。昼間ではまずお目にかかれない景色を眺めながら、僕はちらりと左腕を見た。時計の針は深夜3時を指している。
 平日の真夜中、繁華街ですら息を潜める曜日と時間。ましてや地方都市のオフィス街、現在ここには僕と植物以外の

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【短編小説】梅の花を探しに

【短編小説】梅の花を探しに

 彼女は、梅の花が見たいと言った。どうやら彼女は、ずっと前に記念切手か何かで梅の花(の想像図)を見たらしく、それにインスパイアされて、どうしても実物が見たいと思ったらしい。

 僕は荷物をまとめて家を出た。飼い猫の世話は弟に任せた。弟は猫のトイレ掃除をしたがらないからちょっと心配だが、それが理由で猫が死ぬこともないと思う。それに、僕はこの時はまだ、すぐに梅の花を見つけて帰ってくる予定だったのだ。

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【短編小説】待つ男

【短編小説】待つ男

 コーヒーをすすった。もう熱くもない。熱くない分、苦味の輪郭がはっきりしてる気がして、不覚にも俺は眉根を寄せる。カップを皿に戻して、ため息を一つ。まだ半分もありやがる。だがいくら苦くても、この薫り高い液体に無粋なショ糖なんぞを入れることは、俺にとっては自分への卑劣な裏切り行為に等しい。俺は意を決して、カップの中身を一気に飲み下す。今度は意図的に眉を寄せておいた。

 コーヒーが冷めてしまった直接

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【短編小説】トイレット・ロケンロール

【短編小説】トイレット・ロケンロール

 因果関係という言葉がある。物事にはすべからく、原因と結果が存在するのだという考え方を示す言葉だ。
 今日僕が体験した冒険にも当然原因があってしかるべきだと思うんだが、そんなもの僕には一生分からないし、分かったとしても納得は一生できない、するもんか。

 まぁその、こうなる直接のきっかけになったのは、おそらく朝一で事務所に廻ってきたヤクルトのおばちゃんからもたらされた乳酸菌のせいなんだが、通常なら

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【短編小説】自転車に乗って

【短編小説】自転車に乗って

 自転車に乗るなんて何年ぶりだろう。いや、正確には昨日コンビニまで乗ったんだけど、時間的にはあくまでそこ2~3分の話であって、そんなの『乗った』うちには入らないし、恥ずかしくてとても入れられない。でも今日は多分結構長い時間乗れるだろうと思う。だって、新生活を始めたばかりの独り者が、日曜の昼下がりに予定なんてあるはずもないじゃないか。

 朝から相当いい天気で、ワンルームの狭いベランダに出たTシャ

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【短編小説】鼻から牛乳

【短編小説】鼻から牛乳

 その日、あなたの鼻は一日中ムズムズしていた。

 花粉症の季節でもなく、今日に限ってオフィスが埃っぽかったわけでもない。だが、どうも何だかムズムズして、仕事にも集中できなかった。何度も鼻をかんでみたけれど、特に鼻汁がたんまり出てくるでもなく、空振りばかりで、むしろ鼻の下がヒリヒリしてくる始末。

 夕方頃、終業時間になってもまだムズムズしていたので、あなたは帰りに、オフィスのトイレの鏡の前で

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【短編小説】メロスよ止まれ(上)

【短編小説】メロスよ止まれ(上)

奇妙な電子音であなたは目覚めた。
背中にごつごつと固く冷たい感覚。
いつの間にか、どこかで椅子にでもかけたまま眠ってしまったのか。
あなたは目をそっと開けてみる。

薄暗くてとても小さな部屋に、椅子が一つ。
いや、部屋というか、個室というか。
トイレなのか? にしては狭すぎる。
眠い目をこすろうと手を持ち上げようとする。
動かない。
おかしい。
何かで椅子に縛り付けられている・・・
あなたは頭を振

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