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【短編小説】K君ちの花瓶

 K君ちにある花瓶はスゴイ。マジでスゴイ。

 それは緑色の不思議な光沢のある、不透明な高級ガラスでできた花瓶で、形は丁度500mlのお茶のペットボトルのような、四角くて細長く、首のところがきゅっとくびれた形をしているのだが、よく観察すると底から上に行くにしたがって少しずつ断面が広くなる、まるで引き締まった男性の肉体を見ているような印象の、絶妙な形状をしている。
 そしてさらに不思議なことに、見る角度によって橙色から黄土色、黄緑色から薄紫まで、さまざまな色に変化して見えるのだ。全体としては緑色であるのは間違いないのだが、もう何色かと尋ねられたら間違いなく緑色なのだが、その花瓶は自分のその判断に自信が持てなくなるくらい不思議な色合いなのだ。

 さて、こういう外観にふさわしく、この花瓶にはさらに驚くべき特徴が秘められている。

 まず、現在正面を向いているこの面(便宜上1の面としよう)に軽く指で触れて欲しい。すると、「すうっ」という擬態語がこれほどまでマッチする挙動は他にないだろうと思えるほど、すうっと、不思議な光の筋によって電卓が表面に描かれる。もちろん計算することも可能。四則計算に加え、ルート計算や消費税計算、そして便利なことに時間計算までできるスグレモノだ。CDからカセットテープに音楽を録音する際に大きな威力を発揮すること間違いナシであろう。もう、合計で何分で、A面が何分だから2曲目と6曲目を入れ替えて…などと考える必要もなくなるのである。こんな便利さが花瓶から提供されるとは、本当に画期的だ。

 そして、花瓶を左にまわすと正面になる面(2の面、としよう)。ここに触れると「すうっ」と現れるのは、なんとマルチリモコンだ。このリモコン一つで、テレビ・ビデオデッキ・レーザーディスクを初めあらゆるリモコン機器を操作できる。学習機能を搭載している為、全世界のあらゆるメーカーの機器を操作できるのも魅力だ。
 筆者が試してみたところ、ブルーレイ・HDDレコーダーを含むAV機器を始め、エアコン・扇風機・蛍光灯・ウォシュレット・換気扇・洗濯機・掃除機・酸素チャージャーなどあらゆる機器を操作できた。これでもう、リモコンの束の中からどの機器のリモコンがどれだったかと、毎回思い悩む必要はない。
 しかも、花瓶という存在感のあるアイテムに内蔵されていることで、それらがソファーの下に紛れ込んで消失してしまうなどといったトラブルとも、永久にサヨナラできる。これは意外に大きなメリットだろう。

 さらに花瓶を回し、3の面に手を触れて欲しい。そこに「すうっ」とに出現するのは、なんとプロジェクション機能搭載の世界地図。白い壁に向けてスイッチ部に触れると、壁一面にフルカラーで世界地図が描画される。もちろん、矢印のスイッチに触れることによって焦点も自在に調整できるから、最大で15メートル先の壁にも鮮明に映し出すことができるのだ。
 さらに、任意の地点を最大100倍まで拡大することができ、日本全図はもちろん世界の国々の地形を、指でタッチするだけで瞬時に確認することができる。万一、異国の町で道に迷ったとしても、これがあればもう安心だ。
 そして当然インターネットで常時新しい情報が追加されるので、いつでも最新の地図情報が見られる。飲食店の口コミもバッチリだ。
 そして面白いことに、この地図には隠された裏ワザがある。ロシアのクレムリン宮殿の位置を正確にタッチすることによって、隠し機能である『テトリス』のゲームがプレイできるのだ。ただ、壁にゲーム画面を映した状態で花瓶に触れて操作するので、プレイには若干の慣れが必要かとも思われる。この機能はあくまでおまけということで、割り切って利用するくらいが丁度いいようだ。

 では、最後に4の面に触れてみよう。だが、気をつけなければならない。4の面に映し出される、不気味な黒い髑髏のマーク、そしてその下で赤く明滅する小さなボタン・・・そう、これはいざというときのための「自爆装置」なのだ。
 もしうっかりこのボタンに触れてしまったら、4分以内にすばやく解除の操作をしないと、あなたを中心に半径1キロが、今後100年間は草一本生えないという死の世界に変わってしまう。
 おっちょこちょいな読者のために、念のために解除の方法を記しておこう。まず、1の面を向け、電卓で1から50まで足し算をする。1+2+3+…50という要領だ。その後2の面を向けて、リモコンをテレビモードにして先の計算の答えを入力(もしあらかじめ知っていたとしても、必ず電卓で計算した後でないとこの操作は受け付けないようだ)。そして、3の面に触れ、映し出された世界地図のうち、トンガ・ソマリア・エストニアを拡大する。そのあとクレムリン宮殿に触れ、テトリスで100ラインを消すとようやく解除される仕組みだ。
 もしあなたがうっかりと死にたくないのなら、今からトンガ・ソマリア・エストニアの位置を正確に覚えておいたほうがいい。あとテトリスの腕も磨いておいたほうがいいだろう。

 このように、暮らしのあらゆる局面で大活躍するこのスゴイ花瓶だが、一つだけ残念な点がある。この花瓶はあまりに高機能な為、水気に弱く、花を生けることができないのだ。花瓶としてとても残念な点ではあるが、そのほかの付加機能が、その欠点を補って余りある点は特筆すべきであろう。

 いや、マジでスゴイ。K君ちの花瓶は本当にスゴイ。



「ニンゲンのトリセツ」著者、リリジャス・クリエイター。京都でちまちま生きているぶよんぶよんのオジサンです。新作の原稿を転載中、長編小説連載中。みんなの投げ銭まってるぜ!(笑)