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ショート・ショート

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今まで投稿したショート・ショートを纏めました。2,000文字以下の短い話ですが、「落ち(下げ)」に拘って書いてます。
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2024年1月の記事一覧

【ショート・ショート】おーい

「おーい」
 呼んでしまってから、家内がいないことを思い出した。父親が手術するからと、昨日から実家に帰っている。仕方ない。立ち上がり掛けた時、娘が顔を覗かせた。
「呼んだ?」
「いや、かあさんがいないのを忘れていた」
「じゃーん、これでしょ」
 娘が新聞を差し出す。背中に隠し持っていたらしい。
「ああ。すまん」

「おーい」
 あっ、またやってしまった。重い腰を上げた途端、またもや、娘。
「はい、

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【ショート・ショート】平穏

「おかえりなさい」
 平井孝夫は、出迎える妻の態度が、いつもと微妙に違うことに気づいた。はっきりどうとは言えないが、何か確かめるような視線を送ってくる。孝夫はそれが何だか分からず、喉に刺さった小骨が取れないような、もどかしさを感じた。

「お帰り。パパ」
 下の子が妻の足元をすり抜けて、孝夫の胸に飛び込んでくる。流石に上の子は照れがある。
「お風呂に入るぞ」
 子供達を洗ってやりながら、孝夫はいつ

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【ショート・ショート】癖  その2

「かあさん、胃薬なかったかな」
 藤田は、妻のかおりに尋ねた。
「どうしたの」
「どうも胃の調子がな」
 藤田は、このところ胃の辺りに鈍痛を感じていた。
「猛のところで診てもらったら」
「いや、いいよ。それほどじゃないから」
「未だまだ、お父さんには元気でいてもらわなくちゃ。猛の結婚も未だだし……」
「ただの飲み過ぎだよ」
「おとうさんに万が一のことがあったら……」
 かおりは、涙ぐんでいる。

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【ショート・ショート】癖

「あのう。おば、あっ、おねえさん」
 小さい女の子が私を見上げている。
 その子は、母親から若い女の人には「おねえさん」って言うように躾られているらしい。私としても、レポータとして時々テレビにも映るから、日々美容には気を使い若さの保持にも努力している。しかしこの子には、私がその「若い女の人」に当たるかどうか判断が付かなかったらしく、それが先ほどの言い直しにつながったようだ。
「はい。何か、ご用?」

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【ショート・ショート】夢

【ショート・ショート】夢

 週末。朝食を作るのは、大抵、私の役だ。妻は、支度を終えた頃を見計らって、起きてくる。

 今日は、その時間をとうに過ぎたのに、妻は未だ顔を見せない。折角の料理が、冷めてしまう。
 コーヒーを片手に寝室を覗くと、妻がベッドの上で伸びをしていた。起きたばかりらしい。髪が逆立たっている。
「おはよう。今朝は、どうしたんだい?」
 妻は、目を閉じたまま、
「あーあっ、損した」
 と息巻く。
「何を?」

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【ショート・ショート】電車にて

【ショート・ショート】電車にて

 電車に一歩乗り入れた途端、私は打たれたように立ち止まってしまった。反対側の席で本を読んでいる男性。間違いない。青春時代、夫と知り合う前のほろ苦い思い出。今ではもう思い出すことはないけど、決して忘れることも出来ない人。

「どうしたの?」
 娘の声で我に返った。
「ううん、何でもない」
 あの人の向かいの席が空いている。私は躊躇したが、娘が促すので、仕方なく並んで座った。だが私は気が気ではない。

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【ショート・ショート】迷信

「ねえ、子年生まれの人が猫に咬まれるとよくないんですって」
 突然、弘子が言い出した。
「変なこと言ってないで、暖かいうちに食べた方がいいよ」
「だって、本当なんだってば。つい先日、その患者さんが亡くなったんだから」
「大方、猫が悪い黴菌でも持ってたんだろうよ」
「いいえ、子年生まれだったからよ」
 弘子は断言した。私はうんざりしてナイフとフォークを置いた。
 たまのデートの、しかも夜景がきれいな

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【ショート・ショート】魔法の手

【ショート・ショート】魔法の手

「おかしいなあ」
 夫が、頭をひねっている。
「どうしたの」
「昨日からずっと堂々巡りなんだ」
「そうなんだ」
「これでいいはずなんだけどなあ」
「まあ、少し休んだら。あまり根を詰めると体に毒よ。お茶でも入れるから」
「そうだな、そうするか」
 夫は、カメラをいじっている手を休めて、大きく伸びをした。

 会社の帰りにいつも立ち寄る店で貰ってきたという古いカメラ。部品取り用として片隅に積んであった

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【ショート・ショート】くちなわ

【ショート・ショート】くちなわ

「ねぇ、信じられる」
 いきなりそう言われても、何のことだか皆目わからない。黙って味噌汁を啜っていると、
「今日、子供達を連れて近所の催しに行ったのね。動物もいるからって、聞いて。そしたら、蛇よ蛇。これくらいの。ニシキヘビって言ったかしら。あの子達、それを首に巻いてもらっても平気なのよ。私、見てるだけで背中がゾクゾクして、鳥肌がたったわよ」
 妻は両手を一杯に広げて、蛇の大きさを強調する。説明しな

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【ショート・ショート】雨だれ

【ショート・ショート】雨だれ

「あら、嫌だ!」
 梅雨になる前にと思い立ってリフォームした台所。私が上げた不満の声に、夫が顔を覗かせた。
「どうした?」
「庇が短いの。ガラスに汚れが付きやすいわ」
 リフォームに当たっては、事前に十分にショールームで実際の商品を見て、流しの高さや色や形、この際ついでにと新しくする出窓もと細かにチェックした。工務店との打ち合わせも細部に至るまで念入りに行った……つもりだった。だが出窓の庇の長さと

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【ショート・ショート】僕たちの夏

【ショート・ショート】僕たちの夏

 コーン。コーン。ぎゃっ、ぎゃっ。
 昼でも薄暗い林の中。遠くで何かが鳴く声が響いて、それが頭の上で渦を巻く。僕は思わず後ろを振り返る。かなり奥まで入り込んで来たようだ。

 おばあちゃんの家は、裏がすぐ山に繋がっている。「探検に行くぞ」と言う兄に渋々付いてきたが、だんだん不安が膨らんできた。
「もう帰ろうよ」
「まだだ」
「もう、疲れたよ」
 喉はカラカラに乾いていたし、僕はその場にしゃがみ込ん

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