反論

多くの反論に耐えることが科学

実は科学だけでなく、何にでも言えることかも知れません。例えば最近気になるのが「野党は批判ばかり」という"批判"です。それでも今日、「批判されるようなことばかりしているから」との主張を読んで、少しすっきりしました。批判を受け止め、多くの人が納得できるように内容を改め、説明を尽くす。今はこのプロセスが軽視されているのではないか。説明するだけではだめ。それは単なる言い訳です。何も改めません、という意思表示です。より良い社会を目指そうとしたら、立場の違う人の意見も取り入れる。これこそ

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【寄稿】THE NEW COOL NOTERグループに対するご懸念へのご回答(審査委員Norikoさんより)

皆様、お世話になっています。 THE NEW COOL NOTERの一奥です。 当コンテスト審査委員である、Norikoさんより、近日皆様をご心配させている件について、お考えをいただきました。 たっての希望で、寄稿としていただき、公式にここに記させていただくものです。 以下は、私どもの活動に懸念を抱かれているk_maru027氏に対しての、審査委員一丸となっての総意としての回答である、と受け止めていただければ幸いです。 =========================

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今日の新聞[2021.11.3]

「ディスられる」 恥ずかしながら、初めて見る表現だった。ウィキペディアによると、「」ディスる」とは、英語のディスリスペクトに由来する言葉で、「「けなす,否定する」という意味」。 編集者・西村吉世江さんの「自分らしく生きる権利 出発点; 「法教育」の可能性」と題する記事の中で使われていました。 「日本人の多くは議論下手だと思います。反論をディスられていると感じたり。堂々と自分の意見を言い、他人の意見を冷静に聞いて話し合うための訓練が必要です。」(朝日新聞「学びを語る」20

議論の進め方の入口 (vol 169)

どう反論すればわかってくれるだろう 手に力が入ったり、手のひらに汗をかき始めたりする自分。 人は「自分の聞きたい事だけを聞く」傾向があるそうです。 自分が主張をした時は、ポジティブな反応を期待しています。 相手の反応が「批判」から始まった時、もうその人の話は聞いていません。 反論を準備する思考が始まります。相手の話を聴くことはやめています。 自分自身の胸に手を当てて、記憶の中にある議論の応酬を思い浮かべてみると、「人の話を聞いていない自分」に気がつきます。 反論を繰り

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読書は直接反映されづらい

おはようございます。毎日投稿26日目になりました。 読書に意味はないのか?   もう切り抜きでお馴染みのひろゆきが、これまたある切り抜きで、こんなことを話していました。   「自己啓発とかビジネス書とかの読書で成功している人を見たことがない」      僕はなるべく切り抜きは見ないように思っているのですが、僕の好きな本についてだったので思わず見てしまいました。。そこで話していたことなのですが、未熟な僕でもちょっと違うんじゃないかなぁと思いました。いくつか理由があります。

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訴訟における当方の主張に対して相手方が反論できなくなることがあります。当方の主張が的を得たものであるからです。その場合、相手方は正面からは何も反論できないのでまた別の方向からの反論を試みます。しかし、もう正面玄関は守り切っている状態なので、反論として強いものにはなりません。

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伊是名夏子氏の件についてTwitterで反論があったので

その1 「社民党の幹部だから非難していい」という発想は、「自民党だから法を超えた人格否定や攻撃をしてもいい」「反日無罪」とまったく同じことだ。 謝罪をしなければ非難し続けていいだなんて、人の思想を強制する中国共産党のやり口とまったく同じだ。 支持政党なしの立場から一言だけ。 知らんがな その2 私がTwitterの返信設定をフォロワー限定しているのは、捨てアカや見ず知らずの無責任な人に、くだらない指摘をされたくないからである。 ここでもそうだが、基本的に返信はし

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「話を聞きながらメモをとらない」が理解できない

グレーゾーンと診断された際に「聴覚情報の記憶保持が弱い特性がある」と言われました。 電話応対や口頭指示等で頑張って聞いていても、情報を視覚化させないと脳内処理が難しく、記憶の欠損が起こってしまうのです。 本業ではそれを補うため、何かしらメモするように心がけています。 いろいろな方のnoteを読んでいた際、ちょっとこれはないんじゃないの?と思った記事がありました。 「人の話を聞きながらメモをとるな」 相手への心象を悪くさせないように、目や鼻を見てじっくり聞くことは悪いことで

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反論もどきが多いと実感しました

反論は意外に難しいのではないか、という話です。きちんと反論するには、相手のロジックを理解し、どこに弱点があるかを見つけ、その矛盾などをつくことが必要です。 しかし反論になっていない、論点からずれても反論したつもりになる場合もあるようです。例えば、「私の犬は白い」に対する「俺のも白いぜー」とか「お前の猫は三毛だぁ」とか。「私はペットを大事にしています」に対して「お前の家にはゴキブリも家にいるじゃないか」とか。まあこんなことを言っても反論になっていないことは、すぐにわかると思い

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坊主憎けりゃ坊主だけを憎む

現金は安心というけれど他人が所有すると危ない・・・というSMBCのCM 冤罪だと取り返しがつかない・・・という死刑反対の意見、など。 その事象固有ではない理由を反論根拠にしている場合、正面から否定するのはよろしくない。なぜなら固有でない理由への反論は、固有ではない事象全てへの反論となってしまい、要らぬ争いを増やし、敵を作ることになるからだ。 反論にも流儀がある。「そもそもそれって固有の理由じゃないから的外れだよね」というのが正確な反論となる。 坊主憎けりゃ袈裟まで憎いは

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