言霊よもやま話 Vol.13 〈百味の飲食(おんじき)〉其の二

原典:『世界維新への進発』(小笠原孝次 著)
編集:新谷 喜輪子 / 監修:杉山 彰

「この御酒は吾が御酒ならず、酒(くし)の上(かみ)、常世(とこよ)にいます、石立(いはた)たす、少名御神(すくなみかみ)の献(まつ)り来し御酒ぞ」(古事記)

酒(くし)はまた薬(くし)であり、石(いは)は五十葉(いは)すなわち五十音言霊であって、石立たすとは特に五母音に立脚したという義である。物とはすなわち事

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やったー!
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誰かのためにするんじゃない

何かをするときにその対象が人であった場合、「その人の為にやる」=「してあげる」という意識を持っている人が多いように思います。誰かの為にやるってことは大切なことだ確かに。そう考えることによって、やろうとする力が増すから。でも、本質的に、というか最終的な目的や到達点を考えて、何のためにやるのかって考えたときに、誰かのためにっていうのは必ずしも正しいものではなくて、動機が変に美化されて優遇されている気が

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ありがとうございます^^
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シュタイン村の意思決定00

シュタイン村のテル、サク、シン。ちょっと石頭なところはあるけれど、いろいろな「意思決定」に取り組んで、柔らか頭の意思決定主体を目指します。

「人称代名詞の有無」は、認知における「主体」と「客体」の違いともいえる。
主体的には自我=世界であり、あえて自己を意識しないので人称が省略される。

「東京が近づいてくる」は良くて、「私に東京が近づいてくる」が変な理由は?|べんとぅー https://note.com/bentomessage/n/nf29499d566dc

今日もツイてる! ✨\(^o^)/✨
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1-1-7 アナロジーと三への虜囚

今回こそは対話を始めようと思ったのですが、前回のアナロジーの行為的存在規定がそのまま全体的規定にも引用されかねないことを発見したので、それらを峻別するところから今回は始めてみましょう。

前回の結論部において、僕は、

同一のものは分裂しながら、その分裂を止揚するという「自己止揚の運動」、すなわち「純粋な自己運動の絶対的に絶え間ない運動」のうちにある。

という、ヘーゲルの文章を引き、「自己止揚の

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疑善者たれ

いま私たちにできることは、みんながみんな善人になるのではなくて、命を命として見いだすことのできなかった社会を作り上げた一人として、自らの善人の立場を問うてみることの方が大事なことでないかと思います。
         尾畑文正

危うく、危険運転か煽り運転で捕まりそうになった。

高速の乗り口、

ETCレーン
それも2レーンあるうち
自分が向かう方面にある方へ
(東京方面と九州方面があれば、最初

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ありがとうございます。
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他人事

私を生かしている命、
私を死なせる命は、
その命を生きる主体を必要としている。
その命を生きる
他の誰でもない私自身を必要としている。
しかし、私はそういう命を生きる
主体になっているでしょうか。
他人まかせではありません。
どこまでも一人ひとりの問題です。
          尾畑文正

19になる年に京都市民になった。
おわかりかもしれないが京都の大学に入ったから。

京都は父の出身地であり

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ありがとうございます。
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複数主体/十牛図

ウェルカムレイン☆サヤカ

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十牛図についてのメモ

1 尋牛(じんぎゅう)
2 見跡(けんぜき/けんせき)
3 見牛(けんぎゅう)
4 得牛(とくぎゅう)
5 牧牛(ぼくぎゅう)
6 騎牛帰家(きぎゅうきか)
7 忘牛存人(ぼうぎゅうぞんじん/ぼうぎゅうそんにん)
8 人牛倶忘(じんぎゅうぐぼう/にんぎゅうぐぼう)
9 返本還源(へんぽんかんげん/へんぽんげんげん)
○ 入鄽垂手(にってんすいしゅ)

関連ラジオ
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主体(subject)と対象(object)とは何?〜被写体から〜

主体は撮影者であり、対象は撮影される被写体である。たとえ話として、俺らが対象を棚と仮定すると、対象の性質は棚の引き出しである。対象を人間と仮定すると、人間は棚それ自体に、肌の色や知能は棚の引き出しに対応する。

以下で、俺らは対象が何であるかを見てみよう。

1:主体

 主体とは、自己それ自体である。俺らの肉体は俺らの肉体であり、自己それ自体でない。俺らの視界は俺らの視界であり、自己それ自体でな

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風邪ひかないように