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ゲンバノミライ(仮)

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被災した街の復興プロジェクトを舞台に、現場を取り巻く人たちや工事につながっている人たちの日常や思いを短く綴っていきます。※完全なるフィクションです。実在の人物や組織、場所、技術な…
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2021年2月の記事一覧

ゲンバノミライ(仮) 第18話 経理の三輪部長

ゲンバノミライ(仮) 第18話 経理の三輪部長

負けて良いのか。なるほど。それは思いつかなかった。
CJVで経理第1部長を務める三輪孝二郎は、メンバーたちの頭の柔らかさに驚いていた。

何はともあれ、自分たちの行政が損をしないことが第一。
誰かに言われた訳ではないが、行政職員時代には、そうした感覚が染みついていた気がする。

だが、いったん離れてみると、そんな器の小さい考え方では最適解にたどり着けないのがよく分かる。自分たちが勝たなくても、プロ

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ゲンバノミライ(仮) 第17話 開発部の佐竹部長代理

ゲンバノミライ(仮) 第17話 開発部の佐竹部長代理

中央エリアの商業施設の事業計画ですら検討途上にも関わらず、新しいプロジェクトが降りかかってきた。丘の中腹にある集落を起点に土地を切り開いて展望公園を整備して、観光客らを呼び込むような集客施設も作りたいという。

この街の復興事業を一手に担うコーポレーティッド・ジョイントベンチャー(CJV)の開発部で部長代理を務める佐竹幸太は、デベロッパーからの出向組だ。都会の工場跡地での大型複合開発や郊外部のショ

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ゲンバノミライ(仮) 第16話 ケーブル設計者の中松主任

ゲンバノミライ(仮) 第16話 ケーブル設計者の中松主任

そんなことやって良いのだろうか。どう考えても無茶だ。聞いたことがない。

ロープウェーやケーブルカーを手掛ける企業で設計主任を務める中松陽子は、オーダーを受けた際、そう思った。隣にいた営業部長の高木亘は、十分に吟味せずに何でもすぐに請け負ってしまうタイプで、無理難題の案件を何度やらされたことか。そして、今回もそうなりそうだ。

あの災害で大きな被害を受けた街の復興事業を一手に担うコーポレーティッド

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ゲンバノミライ(仮) 第15話 望郷のトヨさん

ゲンバノミライ(仮) 第15話 望郷のトヨさん

市川トヨが丘の中腹にある今の場所に住んで長い年月が経った。

学生時代までは、見下ろした先にある平地の部分に一家で暮らしていた。大きな災害があって街全体が被災し、多くの犠牲が出て、命が助かった人たちも家を失った。トヨたちも借りていた家が被災して復旧のめどがたたない中で、中腹に暮らしていた知り合いの吉沢家を頼って、丘を上がった。トヨの父や兄は吉沢家の協力を得ながら畑を切り開き、生活を立て直していった

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ゲンバノミライ(仮) 第14話 都市プランナーの内藤課長

ゲンバノミライ(仮) 第14話 都市プランナーの内藤課長

「はい。分かりました。いえいえ、仕方ありません。どっちつかずのままよりは、早めに決断して、この条件に沿って前に進める方が賢明です。早急に代替案を考えましょう」

復興街づくりの構想立案から調査・設計、施工、その後の運営までを一手に担うコーポレーティッド・ジョイントベンチャー、いわゆる「CJV」で計画課長を務める内藤巧巳は、隣の西野忠夫所長の話しぶりで、中身がだいたい想像がついた。
プランを練り直す

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ゲンバノミライ(仮) 第13話 二世の柳本首長

ゲンバノミライ(仮) 第13話 二世の柳本首長

「それはガバ部屋で話しましょう」

あの災害後の選挙で首長になった柳本統義の口癖だ。

柳本の父の昌義は前々首長を務めた地元の名士だ。その長男として育った。都会の大きな自治体で職員として経験を積み、国会議員秘書を経た後、父の引退に合わせて地盤を引き継ぎ地方議員になった。
あの災害が起きたのは、議員2期目の途中だった。街の多くの人とともに行政職員にも犠牲が出て、ただでさえ脆弱だった組織は混乱の中で機

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ゲンバノミライ(仮) 第12話 地質調査の東尾主任

ゲンバノミライ(仮) 第12話 地質調査の東尾主任

映画のセットで出てきそうな大型トレーラーが現場に入ってくると、見学会に参加している子どもたちから歓声が沸き上がった。これからトレーラーの荷台部分が大きく開き、宇宙ロケットのような照射器が姿を現す。発射台のようにゆっくりと立ち上がっていき地面近くまでゆっくりと下ろされる。

ジオテレパシーと呼んでいる照射型地質調査機は、X線を用いたCTスキャンとレーザー測量をベースに開発された。地面に向けてレーザー

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ゲンバノミライ(仮) 第11話 総務・人事担当の今永さん

ゲンバノミライ(仮) 第11話 総務・人事担当の今永さん

ゼネコンの支店で総務・人事を担当する今永智代は、頭を抱えていた。

被災地があまりに広く、どの現場もまったく人が足りない。
支店内だけでのやりくりでは全く間に合わないため、全国から支援人員を募っている。

現場からは、現在の人員体制と各メンバーの年齢や経験の構成、これからの想定作業量に関するメモなどを管理システムに入力してもらっている。支店幹部が現地を回ってきた感触も加味して各現場の厳しさ度合いを

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ゲンバノミライ(仮) 第10話 型枠工の鉄ちん

ゲンバノミライ(仮) 第10話 型枠工の鉄ちん

型枠大工の田中鉄郎は、初めて取り仕切りを任された。手元として手伝って、コンクリート型枠用合板、いわゆるコンパネを加工したり組み立てたりしたことは何度もある。だが、図面を基に計画を考えて、自分が職人を使う立場になって仕上げていくという全体を一人で取り仕切ったことはない。嬉しいが、緊張する。

「分かりました!」といつものように大きな声で返事した田中に対して、親方の古里典助は妙なことを言ってきた。

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ゲンバノミライ(仮) 第9話 コンビニ店長の木村さん

ゲンバノミライ(仮) 第9話 コンビニ店長の木村さん

「そうです。弁当類の発注量をもう少し増やしたいんです。隣の工事現場が予定通り大きな作業があるみたいなので。そうです。いつもの3倍です。そうなんですが、人数からすると、大丈夫だと思います」

木村さやかは電話を切ると、ふうっと大きく息を吸って気持ちを整えた。
被災した建物を復旧してコンビニエンスストアとしての営業を再開してから、最大の発注量になる。

「母さん、本当に大丈夫なの?」
学校に通いながら

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ゲンバノミライ(仮) 第8話 迷い人の俊さん

ゲンバノミライ(仮) 第8話 迷い人の俊さん

佐伯俊は、海と山に囲まれた小さな平野を中心に、せせこましく昔ながらの暮らしが続くこの街が嫌いだった。先祖の後を引き継ぎ、夜明け前から動き出し、汗水流してあくせく働き、大して高く売れない野菜を作っている父の一郎にも、疑問を抱いていた。親を嫌っていた訳ではない。すごいと思っていた。だが、自分が大人になって同じようになりたいとは、どうしても思えなかった。

この街から出ることばかりを考えていた。学校の図

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ゲンバノミライ(仮) 第7話 復興担当の近藤君

ゲンバノミライ(仮) 第7話 復興担当の近藤君

「役所が言っていることも分かります。理由はもっともで、違うと反論するつもりはありません。でも、じゃあ手放すかというと、そうじゃないんです。申し訳ないのですが、何度いらしても、事業には参加しません」

超高層ビルにあるカフェのオープンテラスで、少し世間話をしてから、事業への参画を改めて投げかけた近藤和彦に返ってきたのは、何度も耳にした素っ気ない言葉だった。

災害が起きて、近藤が勤務する役所は、今ま

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ゲンバノミライ(仮) 第6話 鳶の石川親方

ゲンバノミライ(仮) 第6話 鳶の石川親方

朝は晴れ間が見えてきたが、昼前からだんだんと空が暗くなり、先ほどからぱらぱらと雪が降ってきた。
こんな寒い中、ほんと嫌だよな・・・
石川浩介の周りから、そんなぼやき声が耳に入ってきた。

確かに寒いけれど、もっと北にある石川の故郷で、この程度でしばれるなんて言ったら、「何言ってるんだ!」と馬鹿にされる。だが、この子たちは、南の地域から応援に来ていた。感覚が違うのは致し方ない。

「おい、午後の作業

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ゲンバノミライ(仮) 第5話 重機土工会社の根元社長

ゲンバノミライ(仮) 第5話 重機土工会社の根元社長

「そろそろお昼にしましょう。ラーメンを持ってくるね」
「うん。ありがとう」

根元若斗は、妻の根元藍美から声を掛けられて、笑顔で応えた。
重機はもう動いていないが、午後からの作業のことを考えるために360度カメラで周囲の状況を確認していた。もうすぐ自動巡回のレーザードローンが現場全体を撮影して回って、根元の担当エリアを含めて計画通りに掘削が進んでいるかをチェックする。根元の扱うバックホウの車載カメ

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