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ゲンバノミライ(仮) 第16話 ケーブル設計者の中松主任

そんなことやって良いのだろうか。どう考えても無茶だ。聞いたことがない。

ロープウェーやケーブルカーを手掛ける企業で設計主任を務める中松陽子は、オーダーを受けた際、そう思った。隣にいた営業部長の高木亘は、十分に吟味せずに何でもすぐに請け負ってしまうタイプで、無理難題の案件を何度やらされたことか。そして、今回もそうなりそうだ。

あの災害で大きな被害を受けた街の復興事業を一手に担うコーポレーティッド・ジョイントベンチャー、いわゆる「CJV」から連絡が来たのは、一昨日のことだ。
平地で復興の街づくりを進めているが、急斜面を上がった先に大きな展望公園を造って、双方を結ぶ交通手段を設けたいという話だった。そこまではよくあること。問題は、その先。CJVは、交通手段を造成工事にも利用したいというのだ。

展望公園の計画地は小さな集落と畑があるが、それだけでは面積が足りないため、大規模に山を切り開く工事を行う。工事期間中は発生土を平地に持って行く運送機械として使って、完成後は人の交通手段に生かしたい。そういう要求だ。

「ベルトコンベアーのメーカーさんにも相談していまして、できるだけ良い提案を採用したいんですよ」

CJVで造成工事のリーダーを務めるという高崎直人からそう言われた。少し挑戦的な物言いが鼻についた。
ライバルの名前を出されると、闘志が燃えてくる。実現可能で合理的な計画を提示するしかない。無理難題に引き込まれる時は、いつもこんな感じだ。でも、技術者としての腕の見せ所でもある。やっぱり面白い。

動く歩道のように人員輸送用のベルトコンベアーがあることはもちろん知っているが、傾斜角に限界がある。3D図面とドローン(小型無人機)映像を使ってAIに自動設計をさせてみた。やはり、あの傾斜を小さい角度で登っていくには相当な延長が必要になる。ベルトコンベアーは有人による誘導などが不要な点は強みだが、緩やかに上ってスイッチバックを繰り返さなければならない。

人を通すためにはそれなりの幅も必要だ。土砂運搬時は下への1方向だけで良いが、公園完成後は、上りと下りの2方向が求められる。最初から2列分を用意しておいて、片方の方向を逆にすれば良いだけかもしれないが、それなりの段取り替えは避けられないだろう。

ロープウェーやケーブルカーで一気に上がった方が効率的で早いし、何よりエンターテインメントとしてのわくわく感も生まれる。

もう一つの要求事項も重要なポイントだ。
あの災害のような緊急時に足が不自由な人や高齢者、幼児などを安全な展望公園に運ぶという役割が課せられる。傾斜がある動く歩道のような仕組みであれば、車椅子の人など1人1人に介助者が必要になる。それよりも、交通弱者はロープウェーを使い、歩ける人は自分の足で散策路を上がってきてもらうように動線を分けておいた方がスムーズに進む。
人流シミュレーションでも想定通りに結果が出た。

中松は、今回の案件は自分たちに勝算があるという気持ちを強めていた。
ベルトコンベヤーなんかに負けてたまるか。

同じ頃、ベルトコンベアーメーカーに勤める仁田紀夫は、条件に合う計画プランを何とか立てようと頭をひねっていた。CJVの要求は、施工時の円滑な土砂運搬と、基本的な設備を人の輸送時にも利用できること。やろうと思えば簡単だ。土砂で汚れた設備をきれいにすれば良い。ベルト部分の交換は必要だが、そもそも一定期間使用すればメンテナンスで交換しているので通常と同じことだ。ゆっくりと丘を登っていく動く歩道は過去にも事例があり、眼下を見渡しながらのんびり見渡せるのは観光客にとっても良いはずだ。

災害時はどうなるだろうか。皆が急いで登ろうとするはずだが、高齢者など足が不自由な人もいる。さまざまな人が殺到した時に事故が起きる懸念がある。被災地は寒い地域だ。雪のことも考えておかなければいけない。人の輸送はどう考えてもこちらの分が悪い。

だが、土砂の方は違う。ロープウェーやケーブルカーに大量の土を乗せて運ぶことは可能だが、そのためには巨大な設備が必要になる。巨大遊園地があって毎年何百万人も訪れる観光地であれば良いが、そういうプランではない。過大な設備投資になると採算ベースに乗りづらい。土砂であれば、それほど重たくない一定量を連続的に運べるベルトコンベアーの方が有利だ。


中松は、悩んでいた。CJVから提示された土砂の運搬ペースと、展望公園オープン後の輸送計画にかい離がありすぎるのだ。土砂運搬時には1日当たり相当量の土を運ぶ必要があるが、そちらに合わせてロープウェーやケーブルカーを整備すると、人の輸送時には能力が過剰になり採算性が下がる。あまりにガラガラでは寂しい雰囲気を醸し出してしまい、集客面で悪影響を及ぼしかねない。

途中から結論は分かっていた。認めたくはないが、その方法がベストだろう。
中松は決意して、CJVの高崎に連絡した。

「いろいろと検討したのですが、利用方法の変化を考えると、一つのやり方では無くハイブリッドが最適という結論に達しました。観光運用時には、見栄えやわくわく感のあるロープウェーやケーブルカーが好ましいです。別途、歩道も整備するでしょうから、災害時の緊急避難時に交通弱者と健常者を分離した動線で運ぶことができる点もメリットと考えます。

ただ、工事期間中の土砂運搬には正直なところ、向いているとは言えません。提示された運搬料を確保するには、過剰な設備が必要になります。

若干開発が必要になると思いますが、ロープウェーやケーブルカーの基盤を用いたベルトコンベアーを導入して、それほど多くない量を連続的に運べば二重投資のような部分を極力減らせると思います。そのベルコン設備を残して資材搬送に生かしても良いですしね。

CJVさんの方から許可が得られれば、ベルトコンベアーメーカーさんに呼び掛けて検討したいのですが、いかがでしょうか?」

「分かりました。そういう手があったのですね。その案で行きましょう。

被災して復興事業を進める平地の場所にも、展望公園を造る場所にも、これまで住んでいた人、時を経て移り住む人、これから街に来る人、いろいろな方の物語があると思うのです。
だから、二つの場所を結ぶラインにも、物語があればいいなと考えていました。もちろん、コストパフォーマンスは必要ですけどね。

余談なのですが、土砂を運ぶ物って、仮設じゃないですか。使い終わったら解体されて別の場所に向かいます。それはそれで良いのですが、復興を遂げた街では、上から土を運んでくれた設備が下から人を運んできて、もしもの時には命を救ってくれる。そういうストーリーがあった方が皆さんが大事に思ってくれるような気がするんです。

私はゼネコンの技術者だから、仮設物のありがたさってすごく身にしみているんです。
本設を扱う方から、仮設に歩み寄るようなご提案をいただけるのは何だか嬉しいです。

短い時間で根を詰めてご検討いただいた結果だとお察しします。本当にありがとうございます」

「そんなことありません。私たちも、あの復興にお手伝いできる場面がないかと思っていたところでした。けれども、被災地では我々のような観光ベースの人間の出番はまだまだありません。だから、復興に取りかかるこのタイミングでのお話はとてもやりがいがあります。まだ構想段階ですので、しっかりと詰めて設計上も事業採算上も期待を上回る物に仕上げてみせます」

「心強いです。是非ともお願いします」

「早速ですが、CJVさんがご連絡しているベルトコンベアーメーカーさんの担当の方をご紹介いただけますか? こちらの構想をご説明してご納得いただかなければなりませんので」

「それなんですが、大丈夫です。実は先ほど同じようなご提案をベルトコンベアーメーカーの方からいただいたのです。
やはり、トップクラスのお二方ですね。これほどタイミングが重なるとは驚きました」

「そうなんですか!? ちなみに相手のお名前は?」

中松は嫌な予感がした。
「仁田さん、ですか?」

「そうです! 仁田さんです。ご存じでしたら、話が早いですね。この先のご検討はお任せしますので、両社で固めたプランをご提示ください」

やっぱり、仁田さんか…。
業界は少し違うが、垣根を越えた団体の集まりを通じて知り合い、何度も激論を交わしたことがある。こちらが技術開発を進めると、違う攻め方から向こうも水準を上げてくる。嫌な相手だ。でも、そういうライバルがいるから業界内だけでの競争では無く、社会が求めるより良い提案を主眼に置いて開発を進めるようになった。

ライバル業界に負けたくない。だが実現せずに終わる方がもっと嫌だ。
利用者の皆さんが一番大事。それはお互い同じだった。

今回は先を越された。本当に悔しい。

連絡したら、「そのアイデア、すごく良いですね! 先ほど、私の方からも提案しましたが」とか言われそうだ。

ああ、むかつく。


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