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小説

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#掌編小説

SS『街路樹と換気扇』

SS『街路樹と換気扇』

 空回りする換気扇を眺めていた。風に吹かれて回るだけの存在はもう何十年もそこにいるらしい。粉のような雪が申し訳程度に降っている。久しぶりにここら辺で降ってみようか、なんて思っているかのように少しずつ、微かに舞っている。
 

雀が小さな鉢に植えられたというのに大きく育ってしまった何らかの木に留まった。私にとってそれがなんの木であるかは関係ない。ただ、そこには木があって、窮屈そうに生えているのが心地

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SS『山は秘密基地』

SS『山は秘密基地』

あたかも入ってくださいかと言っているような木の間を通り抜ける。そこだけは草も生えずただ土がむき出しに、人を誘う。

誰もが自分だけの秘密基地だと思っていた場所は、さすがに荒れ果て自然の占領場となっていた。

もういいよ。

声が聞こえる。それはきっと麓の神社で遊ぶ子供たちの声。立ち止まり、耳をすませばたくさんの音で溢れている。木がぶつかる。草が揺れる。笑い声。飛行機の通過。なにかの唸り、そして、心

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SS『空を飛べ』

SS『空を飛べ』

君は何も分かってない。

望は最後にそう言った。チクチクとした心をそっと怒りで包んで、泣きそうな自分を隠した彼女は、いつものお店でコーヒーを一杯買った。それはいつもより苦く感じたらしく、零して白いブラウスが汚れ舌打ちをしていた。

同時刻、碧は温泉に入っていた。日頃はシャワーで済ますから、熱いものに包まれること自体が新鮮であった。顔が赤くなり、緩く、何も考えていないようだった。サウナに入って、どこ

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SS『この世の支配者』

SS『この世の支配者』

【お題:猫と歯車と宇宙のネックレス】

私の手の中には、猫と歯車と宇宙のネックレスがある。それが何であるか説明が必要だろう。だが先に君の覚悟を聞くべきなのだ。これが何であろうと、君は私の座を受け継ぐ覚悟はあるか?あると言うのなら、私の話を聞け。ないのならば、このまま私を殺して奪い取ればいい。

だけど、それをしたら……、まあそれは自分の目で確認してくれたらいい。

いいか、話を聞く気があるのなら私

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SS『4階トイレから見る空気』

SS『4階トイレから見る空気』

トイレの窓から山を見るのが好きだった。休み時間の初めの5分間は、窓のある一番端の個室に入ってボーッとしてきた。雨の日も、曇りの日も、晴れの日も変わらずルーティンとしてその時間が大切だった。

なんて山かも知らない。隣の県の山かもしれないし、どこにあるのかも知らない。
遠くの山は、気候によって見えたり見えなかったりする。それを毎日、毎時間確認するのだ。

今日は空気が澄んでいるな。

ああ、今日はあ

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SS『彼岸花の秘密』

SS『彼岸花の秘密』

みなさんご存知の通り、彼岸花の時期がやってきました。なので、今日は彼岸花の使い方を教えようと思います。

さて、さすがに君たちが一切の知識がない、とは思ってないのですが、改めて1からお伝えしようと思っています。よろしいですか?

みんなのお父さんお母さんもこの時期は人間の国に3日間ほど滞在しています。

お分かりの通り、彼岸花はあっちの世界との通路なのです。使い方は簡単。それぞれ割り当てられた彼岸

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SS『夜闇の影』

SS『夜闇の影』

西日はまだ眩しくて、僕はただ一人でそこに立つのは避けたかった。そそくさと逃げるように少しだけ薄くなった影の中に入る。

八月の中盤に雨が降り続いた時、その寒さに夏の終わりを感じて寂しくなった。

終わられたら困るよ、僕はまだ何も出来ていない。

どうしようも無い夏の孤独感は、冬を感じることでより濃くなった。だけど、夏という季語を使えなくなった日々にまたあの暑さが舞い戻ってきた。暴力的な日差しは、僕

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SS『朝焼けと目が合う』

SS『朝焼けと目が合う』

 ふと目が覚めた。頭だけではなく、体までも覚醒していて、いつもの憂鬱な目覚めとは何かが違っていた。体にかけていたはずのタオルケットはお腹だけを守ってくれている。夏の焦燥が私を襲うけど、まだ寝ていても許される時間のはずだ。枕もとのスマートフォンをつけて、通知を確認する。そしてそれらを無視してロックをかけた。その時思い出す、私は時間を確認したかったのだと。だからもう一度あけて五時前であることを見つめた

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SS『夏は痛む』

SS『夏は痛む』

 遠い場所からあの騒々しい音が聞こえる。かと思えば、すぐ隣から耳を刺す。大合奏ではなく、各々が勝手に暴れているだけで、心は踊らない。暑さに心がやられ始めた。
 夏はいつだって私を包む。そして、そのまま圧迫して消し去ろうとする。出来る限り抵抗をするのだが、それでもやっぱり痛みが襲う。
 あっちぃ。
 私は一人、学校の最寄り駅とは名ばかりな十五分間の灼熱を歩きやめたところだった。このままでは溶けてなく

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SS『天の川の距離』

SS『天の川の距離』

彼と最後に話した日を私は覚えていない。毎日喧嘩をしていたから、きっと最後の日も喧嘩をしていたのだろう。今も彼のことが好きとかそういう可愛い話はないけれど、七夕の時期になると何故だか彼のことを思い出す。

地上に雨が降り続けるころ、夜空には大きな川が出来上がる。けれど私は一度もそれを見たことがない。その大きな川は、愛し合っていた織姫と彦星のの中を引き裂く。けれど、年に一回、七夕の日に橋が架かり2人は

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SS『七夕の朝は』

SS『七夕の朝は』

 一昨日からずっと雨が降っていたのに、何処までも青い空が私を迎えてくれた。雨の中、学校に行くのは骨が折れる。スカートはびちょ濡れで一日中不愉快だし、ローファーはプールに足をつけたのかってぐらい水がたまるから、絶対に履くべきではない。でもまあ、制服は可愛くて好きだけど。
 やっぱり、私の願いを叶えてくれたのかな。
 去年もその前もずっと七夕の日は土砂降りで、高校近くの神社のお祭りに参加することが出来

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小説『もう醒めない』

小説『もう醒めない』

 視界が赤かった。それは信号の止まれであり、渋滞中の車のテールランプであった。夜の街には赤色が唯一の光のように思えた。
私は屋上にいた。闇の中にいたせいで、ここがどこか分かっていなかった。でも、ここはビル街であり、気付いていなかっただけで明かりはたくさんあった。都会の夜は明るいのだと思った。
室外機の上に座っていると、隣からカップルと思しき二人組の歓声が聞こえた。広い屋上には五組の男女

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SS『私は女子がわからない』

SS『私は女子がわからない』

「なんで無視するの? 私なんかした?」
 私がそういっても尋ねても澪はショートパンツとニーソの間の鳥肌を指先でなぞっているだけだった。
「ねえ、めっちゃ嫌なんだけど。なんかしたんなら納得するから教えてよ」
「いや別に……」
「ちょっと前まで仲良くしてたじゃん? え、仲良かったよね? なんで私だけ仲間外れにすんの? ずっと悪口言って……」
 問題は小学五年生ももう終わるという一月の終わりごろから起こ

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SS『きっといい夏になる』

SS『きっといい夏になる』

夏は少年少女が出会うにはロケーションがよすぎる。入道雲の下の川で出会っても、雨が降り続くバス停で出会っても、結局はエモーショナルで芸がない。だから私は誰も思いつかないような出会いがしたかった。

廃墟。それはそれで小説漫画でありふれた出会いなので却下だ。幽霊と恋に落ちるなんて面白みにかける。

高架下。やはりここもちょっと暗いから、人間以外のものと出会ってしまいそう。もしくはホームレスとか? それ

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