見出し画像

SS『夜闇の影』

西日はまだ眩しくて、僕はただ一人でそこに立つのは避けたかった。そそくさと逃げるように少しだけ薄くなった影の中に入る。

八月の中盤に雨が降り続いた時、その寒さに夏の終わりを感じて寂しくなった。

終わられたら困るよ、僕はまだ何も出来ていない。

どうしようも無い夏の孤独感は、冬を感じることでより濃くなった。だけど、夏という季語を使えなくなった日々にまたあの暑さが舞い戻ってきた。暴力的な日差しは、僕の肌をジリジリとという比喩では足りないほど強く焼く。太陽の力を感じて、自分の無力さを感じると共に、クーラーの偉大さにひれ伏す幸せを咀嚼する。

ただ、今ここにその文明の利器はなく、あるのは日陰というささやかな抵抗であった。

太陽が強ければ強いだけ、影はより深くなりブラックホールのように未知へと繋げてくれる。なんて過大評価だ。ただ、彼らはそこにいるだけなのだ。

「夏休み最後に肝試しやろうぜ」
阿呆な誘いに乗るのは夏には必要な事だ。夏にやることは全て少し馬鹿げている。海に行くのも、川に行くのも、少しだけ馬鹿なことをしている気がして、それが楽しく愉快なんだ。

集合場所は誰も用のない神社。ブランコに揺られるのもありだった。だけど、チェーンが焼けるようで僕は退避する。

「アッチッ」

ブランコの方から叫び声が聞こえておかしくなった。笹木の声は境内に響いた。

不貞腐れたようでもあり、怒ったようでもある笹木の表情と声は僕には無いものだった。

「小学生の時ここで毎日遊んでたのになぁ、久しぶりだな」

鳥居から入ってきた富田と朝倉がそう喋っている。高校に入ってからもう2年立った。彼らと会うのも2年ぶりだ。一瞬であのころの空気に包まれる。

「さあいこうか」

一番最後にやってきた寺坂の言葉に僕らは歩き出す。目的地は山の中。神社の横を登ると山は人のためでは無いものとなる。誰も通らないだろう、と思って皆が侵入するその山道はどこに繋がるかわからない。小学生の頃、何度も途中まで行ったけどなんとなく最後まで行かなかった。これが肝試しなのかは正直微妙だけど、ただみんなで騒ぐのが楽しかった。

蚊に噛まれながら歩く。ふざけながら、色んな道を通る。いつの間にか真っ暗になって、光は懐中電灯とスマホの光だけだった。

ゲラゲラとした騒音が山を駆け巡る。

光が見えた。どこかに繋がったのだろう。その先には、墓場がある。みんなして恐る恐る歩き出すのがやっぱり馬鹿で楽しくて仕方がなかった。さっきまではただはしゃいでただけなのに、肝試しらしくなって来て少しだけ恐怖がやってきたのだろう。

やる気の出ない宿題の日記にも書ける良い夏の終わりだった。

墓場に入り、街灯に照らされる笹木たちは闇よりも光が怖いことを知らない。

僕は、そちらへは行けない。
明るいね。明るいな。

君たちは歩いて墓場を抜け出す。馬鹿騒ぎをきっと誰かに通報されたのだろう。お巡りさんに声をかけられた寺坂は「4人でちょっと遊んでて」と言った。「早く帰りなさい」と叱られて、しゅんとした顔を作ってすぐに笑い出す君たちを僕は山の暗がりの中から見ている。

明るいんだ。

八月三十一日の夜の徘徊は、あの人たちにとってたまらなく楽しいだけの時間だった。僕にとってもそうだよ。だけど、君たちが今から富田の家で見る心霊映像を僕は見れないんだ。留まるしかない僕は、もう君らには必要ないんでしょう。
半分だけの月は明るかった。僕はその光によって出来た夜闇の中の影に潜んでた。

この記事が参加している募集

#眠れない夜に

69,281件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?