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SS『朝焼けと目が合う』

 ふと目が覚めた。頭だけではなく、体までも覚醒していて、いつもの憂鬱な目覚めとは何かが違っていた。体にかけていたはずのタオルケットはお腹だけを守ってくれている。夏の焦燥が私を襲うけど、まだ寝ていても許される時間のはずだ。枕もとのスマートフォンをつけて、通知を確認する。そしてそれらを無視してロックをかけた。その時思い出す、私は時間を確認したかったのだと。だからもう一度あけて五時前であることを見つめた。昨日は一時前に寝たんだから、まだ四時間しか睡眠をとっていないんだと白い天井に思う。タオルケットを足と手で伸ばして、頭まで埋もれた。赤いそれの抱擁を内側から感じている。自分の小ささは好きじゃなかったけれど、こうやってのびのびと布団にくるまれるのは心の余裕に繋がる。

 なんとなく私は立ち上がる。なんとなくだった。このまま眠ってもいいと思っていたのに、体は屋上に出ようとしている。窓から入ってくる光がどことなく優しい太陽を感じたからかもしれない。

 部屋を出て、私は屋上へとつながる階段を登る。空気は私を無抵抗に包み込むだけで、世界の心はここにないのだと思う。それがちょっとうれしかった。私に世界は無関心でいてくれる。攻撃も苦痛も私に加えない。外はもっと私に優しくて、声が出た。呼吸。電信柱も屋根も全てが黒く浮き上がり、そのすべてに触れる大気は、私のタオルケットぐらいやわらかく色を重ねていた。私はあの色たちの名前を知らない。慈悲に溢れた人の涙のようなその彩りはたまにくすんだ雲を抱きしめている。そこにいていいと。

 私はその悲恋を思いながら、山を見ようと歩く。山は闇だ。この世で一番深い闇はそこにある。それにもあの愛は注ぎ込まれて、空間を炎の先端のような強さで守り抜く。山の輪郭がはっきりと私の瞳の中に像を結び、鉄塔から街へとつながる黒い線を撫でたくなった。きっと温かい。

 目が合った。山の向こう側から現れた目の大きいそれは、街を覗いている。オレンジ色の光を背中に背負い、それはただ眺めているだけだ。私はそれに一礼をして、部屋に戻っていく。九時まで寝れるのだから布団に身を任せよう。

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