見出し画像

邪道作家三巻 聖者の愛を売り捌け 分割版その2

新規用一巻横書き記事

縦書きファイル(グーグルプレイブックス対応・栞機能付き)全巻及びまとめ記事


   3

 権力者について。
 世間的な「立派さ」のようなものは、個人の自己顕示欲を肥大化させ、そのためだけに生きる生き物に変える。
 その点は、安心して良い。アンドロイドが自我を持つこの時代ですら、不変の法則だ。
 権力なんて一定以上持てば気苦労が増え、仕事も増え、あまり良い事はないに決まっているものだが、しかし見栄や知ったかぶり、あるいは先ほど記述した自己顕示欲。ある意味彼らは自分を認めることが出来ないのだ。あの陰気な男とは違って、つまり金や立派さがあれば自分を肯定できるのだろう。
 それを剥いでしまえば、薄っぺらな自分たちには何もないと、無意識下で恐怖しているのかもしれない・・・・・・・・・・・・宗教も同じというわけだ。
 聖人。
 ある意味、いや間違いなく戦略兵器よりも国や組織といったモノは、こういうモノを欲しがる。 信心を集め、金を集め、自己満足を深める。
 私は神なんているかどうかはともかく、いたところで私を助けてくれるわけではないことは明白なので、そんな赤の他人に何かを期待することはない。
 しかし聖人は奇跡の象徴だ。
 その奇跡があれば、自分たち無関係な人間、信者である自分たちも、救ってくれるのではないのかという欲望。それが人々が聖人を求める心の正体だ。大体が、そうでないのなら聖人が何人国の墓に納められたところで、関係のない話だろう。 死した聖人が自分たちを救ってくれる、おこぼれを欲しがる心構えだからこそ、死んだ立派な人間に奇跡なんてモノを求める。
 聖人だろうが何であろうが、遺体を後生大事に特別扱いして、奇跡を祈り、一度も話したことのない人間に救いを求める。
 これが欲望でなくて何が欲望か。
 自分たちは都合良く救われたいだけなのだと素直に言えば良さそうなものだが・・・・・・組織であれば体面上、そうできない。
 大昔から自分たちの宗派の聖人を集め、容認できない宗派は弾圧し、それでいて神の愛を説き、民衆の心を一つにする。
 質の悪い洗脳儀式だ。勘違いするな、私はその神の教えとやらを否定しているわけではない。信仰は個人の勝手だ、しかしその個人の勝手を組織単位で脚色し、利益を求め、それでいて自分たちは清廉潔白な「良い人間」出あろうとする輩に関しては、不潔で汚らしいとしか思わない。
 そう言う意味では、あの修道女は本物なのだろう。私は宗教に関して詳しいわけでも何でもないが、ああいう人間が、前述したような腐った組織から民衆を解放してきたのだろうな、と私にしては割と素直にそう思った。
 さて。
 問題は、その聖人本人の意思を周りが一切汲み取らないところにある。聖人であることを、あの女がこれから先も聖人であることを望むのは勝手だが、そのためにあれこれ清廉潔白でいさせるためだけに恋路に口を出し、愛を神への一方通行で済ませようとするのは、ただの悪行だ。
 自覚するつもりも彼ら彼女らにはないのかも知れないが、ただの鬱陶しい嫌がらせでしかないだろう。聖人であることが仮にだが、絶対的に正しいとしても、その聖人になれるわけでもないその他大勢があれこれ言うのは見ていて醜悪だ。
 宗教とは、あくまで個人のためにある。
 神を信じる心も、神を崇める心も、神を見捨てる心も、全て当人の選択で選ばれるモノだ。
 他人の意思で決定づけられては、本当にただの洗脳でしかない。したとして、それは無理矢理教え込んだ人間の自己満足でしかないものだ。信者を増やすのは勝手だが、信じるモノが自発的にやるものであって、街頭で人を捜すのは、自分たちの所に信者が増えてほしいという、欲望でしかないだろう。
 私はそんなことを考えつつ、ホテルのシャワーを浴び、モーニングを食べていた。納豆ご飯に味噌汁、あとは卵焼きと食後のチョコレートだ。質素ではあるが、朝から贅沢なモノなど食べたところで胃が疲れる。
 シンプルなモノは良いものだ。
 私には人間の欲望が本質的には感じられないからかも知れないが、しかしブランド品や高級車を買いあさったところでどうせ捨てるのだから、見栄や自己顕示に金を使わなければ、基本的に人間金に困窮することはない。無論、多くあった方が安心は出来るので、私は多めに欲しいが。
 何にせよ人間は見栄や自己顕示で人生を無駄にする輩が多いと言うことだ。今回の件も下らない自己満足につきあわされたという所から始まっているのだしな。
「先生よ」
 テーブルに置いてあった携帯端末から、そう呼びかけられた。人工知能には「朝の作家に声をかける」という気遣いの出来ないやり方しか、今のバージョンでは出来ないらしい。
「何を悩んでいるんだい? さっさと殺しちまえばいい。依頼は聖人の破壊だろう?」
「破壊であって、殺人ではないさ」
「またそんなことを言う。手に入らないモノを眺めるのは良いが、彼らのしょうもない恋愛物語なんて、眺める側は空しいだけだぜ」
「そうも行くまい。私は作家なのでな・・・・・・・・・・・・売れる作品を要求されるのは当然だ。そして編集部というのは売れれば何でも良いものだ。金融が人類の判断基準になって以来、科学も技術も発展したが、何事も「金融」が中心である限り、そこに「幸福」は存在し得ない。しかし、「金融」がそこにあればそれは大きな力になる。つまり人類は中身よりも実利を求めているのさ」
「そんなことを気にする人間でも、ないだろうに・・・・・・ただ憧れているだけだろう?」
「いいや、憧れは無い。一切な。憧れを感じる心がないのだから当然だ。しかし、そうさな、
強いて言えば」
「強いて言えば?」
「見ていて面白くはある。暇つぶしには丁度良い娯楽だ」
「けど、その娯楽が手に入らなくて、遠くから眺めている子供とかわらねぇな」
 口の達者な人工頭脳だ。
 自分で自分をアップデート(違法だ)する人工知能は、どうやら私よりも人間らしさらしきものの獲得を、容易としているらしかった。
「だから何だ? 無い物ねだりをしても仕方あるまい。あるもので勝負をし、満足行くまで求め続ける。人間に出来るのはそれくらいだ」
「やれやれ素直じゃねぇなぁ。あいつらの輪の中に混ざりたいって、言えばいいじゃねぇか」
「普段から言っているだろう。それを仮に手にしたところで、私はやはり何も感じない。どころかそれらをあっさり、実利のために捨てるかも知れない。手に入らぬモノを無理して手にしたところでやはり、私が得るものは何もない」
「家庭を持ったり、幸せな人間関係を結んだところで、先生は満足できないのか」
「しないだろうな。するにしても、今更遅い話だろう。何にせよ手に入らぬモノに関してあれこれ言っても何も変わらない。なら、せめて実利はキチッと確保しておくのが豊かな人生のためだ・・・・・・・・・・・・ところで、お前はどうなんだ?」
 私は椅子に座って、コーヒーを煎れることにした。執筆用の文房具(もはや骨董品だろう)を開き、右手側にコーヒーを置いて、飲みながら執筆するのだ。人間一つのことに集中した方が効率が良さそうなものだが、私はアイデアに困ったり、執筆速度が落ちることも一切無いので、コーヒーを飲んでチョコを摘みつつ、オールディーズのSPレコーダーを回しながら、大体2〜3時間で10ページを書く。無論私は真面目な人間ではないので、書けるからといって無理はしないが。
 理屈の上では3日で一冊位だろうか・・・・・・とはいえ実際にやれば間違いなく指が痛むだろう。
 最近は徐々に早くなってきているので、その内半日くらいで書けるペースを手に入れられそうではある。早ければよいわけではないが、私は馬車馬のようにこき使われるのも御免なので、ある程度豊かな生活を送りつつ、作家業を続けていきたいモノだ。
 ジャックはくつろぐ私に向かって、
「俺が? 何のことだ?」
 と、意外そうな声を上げた。無論、携帯端末の合成音声ではあるが。何気に有名映画のハードボイルド主人公の吹き替え声である。変なところに見栄を張る奴だ。
「お前から見て、今回の騒ぎはどう見える」
 機械には宗教はないのだろうか? いや、アンドロイド達の活動にも宗教じみたモノや、そう呼べる活動は存在する。なら、機械は神を信じるのか、気になる話だ。
 だが、
「どうもないさ。俺たちにはそういう概念がない。だから今回の騒ぎも、異民族の風習って感じさ」
「神や悪魔は存在しないか」
「実際にいるかどうか知らないが、けれど人間の言う「神」って奴は、人間にとって都合の良い神や悪魔でしかないだろう? 都合が悪い存在もあるように見えるが、それだって人間が望んで分かりやすく責任転嫁する対象を求めただけだ」
「自然災害を神の仕業として、納得するようなものだな」
「mさにその通りだ。人間は物質世界に生きている。俺たちみたいに平面じゃない分、自分たちの想像も及ばない世界、理解を超えた存在の助けや災いがあって欲しいと、そう願った」
 干ばつがあれば、恵みの神がいて欲しいと願うのは必定だ。そしてその干ばつの原因も「理不尽」という一言ではなく、そういう神がいるのだと結論づけることで納得した、ということか。
「勿論本当に神なんて存在がいる可能性もあるだろう。だが、人間にとって都合の良い、人間が望むような神ではないだろうさ。神は全能かも知れないが、別に人間のために全能になったわけではないだろう」
 確かに。
 私は、宗教というモノに懐疑的だが、神の存在に関しては(実際に取り引きしているし)懐疑的ではない。ただ、彼らが人間のためだけに救いを出して、人間のことをもっとも愛してくれていると思いこむのは、傲慢も良いところだろう。
 神の愛はあるかもしれない。
 だが、別に人間に向いているとは限るまい。
 そもそも人間ほど惑星の資源を食いつぶし、殺し、裏切り、悪魔も真っ青な悪行を成し続けて敵国を食い物にし、自分たちのことは棚に上げ、特に反省もせず、そのくせ悲劇があったら祈りを捧げて救いを求める生き物だ。正直、神がいたとしてもこんな生物を無償で愛するというのは、それはそれで悪だと思わざるを得ない。
 人間などを愛する時点で罪悪だ。
 というのは飛躍しすぎでもあるまい。まぁ、罪悪の基準を決めるのは私ではないので、当人達が満足しているのであれば、そしてそれが法で許されるのであればこの世に悪は存在しない。
 なんて、戯れ言も良いところだが。
「俺たちには願うモノがそもそも無い。電子の海には手に入らないモノはないからだ」
「お前、以前生身の肉体で酒を飲みたいとか言っていたじゃないか」
「それはある。ただ、不足はしないだろう? 電子の世界の偽物でも、まぁ明日を恐怖するくらい何かが欠乏することはない。宗教は不安の中から生まれ、不安を安らぎに変えるために存在するものだ。然るに、不安がなければ神を信じようがないのさ。祈りとは、「明日が良くなるように」祈るものだ。結局は皆それを祈っている。だが、明日も何もない俺や先生には、そもそも祈りを抱くことすら許されない」
「勝手に私を巻き込むな」
「だが、事実だろう? 俺や先生に祈りはない。先生は祈る心が、俺には祈る理由がないからだ。だから俺達は救われないし、救われたところでそれを認識できない。だが、その分人生を人並み以上に謳歌することが出来るんだから、まぁおあいこって所だろうぜ」
「金に余裕があればな」
 コーヒーを飲んでいるときにいつも思うのだが何故、いつも気がついたら中身が減っているんだ・・・・・・それこそ神様とやらが、勝手に飲んでいるんじゃないだろうな。
 科学の恩恵があれば、人間は不自由しない。
 不自由しなければ不安もない。
 雑だが、まとめとしてはこんなところか。
「それにだ。人間は科学の力でこの世に楽園を作りつつある。いつの日か、あの世にある天国とこの世にある天国との違いは、なくなるだろうぜ」「私には、そうは思えないが」
「へぇ、どうしてだい先生?」
「科学の歴史は支配の歴史 支配することで人間は技術を高めてきたが、支配した先には、ダイエットを無理矢理こなした女にくるリバウンドのような理不尽な形で、自然災害が待ちかまえているだろう。我々は毎回そうだ。素晴らしい発明を作り上げる度にそれの繰り返し。あるままで満足できないのが人間の性ではあるが、あるままでなければならないのがこの世の摂理と言うものだ。摂理に意思はないが、容赦もない」
「そういえば、レーザー技術で天候を操作していた国が、今朝のニュースで凄いことになっていたぜ。なんでも、雨を集中させすぎて、オゾン層が薄くなった部分から放射能が降り注いだらしい」「何事にも反動はある。科学は便利だが、無理を利かせ続けると、大昔にコーンベルト、科学の力を過信して小麦を生産していた国が、そのしっぺ返しで滅んだのと理由は同じだろう。どんな経済大国、惑星すらも、自分たちの宿命からの取り立てには無力、ということだ」
 我々二人はむしろ、宿命から取り立てる側と言えるのだろう。宿命からの取り立てからは逃げられる人間はいないのに、宿命への取り立てはあっさり無視されるところを見ると、この世の摂理というのも人間と同じで無責任なのかもしれないが・・・・・・少なくとも歴史上、過ちを見なかった振りをして繁栄を押し進めた国は、例外なく滅んでいるのだ。
 歴史が進んだところで、やはり克服できない、いや克服してはいけない摂理のようなものか。
「何の話だったか、そうそう、宗教の概念は無いんだったな。なら、聖人の遺体、になる予定の女は、どう見えるんだ?」
 そうだな、とジャックは言って、
「遺体はエネルギー問題を集約したもの。わかりやすい「権威」「力関係の証明書類」みたいなものさ。それに、権威のある宗教組織の鑑別であれば聖人認定のゴマカシは容易だろう。鑑識ではなく鑑別だ」
「ずいぶんな言いようだな」
「だが、それを信じる信者次第だろうぜ。真贋よりも尊敬して祈りを捧げ、そして結果救われれば本物と違いないからな」
 成る程、確かにそうだろう。
 ルビーのように「鑑別」するという言い回しが正しいかどうかは関係ないのだ。この場合、多くの人間が尊敬の念を注げば、それが聖人になれるからだろう。
 聖人だから尊敬されるのではない。
 尊敬されるからこそ聖人になるのだ。
 そう言う意味では、やはりあの女はイレギュラーだ。死ぬ前から聖人になれる可能性を持つ少女・・・・・・それに目を付ける教会も教会だが、あの女が自分の意志を主張しなかった時点で、この結末は決まっていたのかもしれない。何にせよ私にはあまり関係のない話だ。
 私が興味あるのは彼らの人間関係や、愛と世間体という問題に対してどういう答えを出すのかであって、作家である私に彼ら彼女らを救う義務など無いのだから。
 それこそ聖人だ。まぁ、私なら現実的に金の力で人を救うだろうが。
「思うのは、聖人の遺体に素晴らしい力があったとして、成功し続けることが至難であるように、何事も上向きに向かい続けることは難しい」
 不可能ではないが。
 事実それを可能にした人間は多く、存在するのだから。
 ジャックは「どういうことだ?」と聞いた。
 私は、
「いや、聖人の遺体がどれだけ凄い力を持っていようがだ。それだけで全てが上手く行き続ける、なんてそんな、都合の良いことがあるものか?」「別に上手く行かなくても良いんだ。いや、救われなくたって意味はあるのさ」
 救われなくても意味はある。
 救いを求める信者を裏切るような存在ではないのだろうか?・・・・・・しかしジャックはそれでも意味はあると言った。
 どういうことだろう。
「神とは心のより所だ。そして聖人の遺体は「人間でも神と同じ清らかな存在になれる」という希望を人々に与えることが使命なのさ」
「そんな、誰でもなれたら聖人などと、呼ばれないんじゃないのか?」
「仮に聖人がどれだけパワーを持っていようが、人間を完全に幸せにするなんて不可能も良いところだろう? 生きていれば貧困があり、豊かであれば競争があり、競争に勝てば恨みが残る」
「救われないなら、信仰を捨てそうなものだが」「それは神を信じた、いや神にすがったことのない人間の台詞だな。神にもすがるほどの絶望の淵に置いて、人間はただ祈るしかない。無論解決できるなら自身でやるべきではあるが、だが手に負えないと判断すれば、そして事実人間の手で解決できない悩みであれば、人間は神に祈る」
 人工知能の癖に口も経験も達者な奴だ。人工知能差別だとか言われそうだが、相手が何であれ私は基本的に穿った目でしか見れはしない。
 こいつはそれ以上かもしれないが。
 ジャックは続けた。
「だが、完全に強い、祈りもせずに己の弱さと向き合える人間など、そうはいない。いたとして、それを人間と呼べるのかは怪しいものだ」
「・・・・・・・・・・・・」
 あえてコメントはしない。
 雄弁は銀、沈黙は金だ。
「だが、神というのは人間からすればだが、遠い存在だ。聖人は元が人間だからな。ああ成りたいと思うことが許される」
「相手が神では、ああなりたいどころか、そんなことは不敬でしかないということか」
 一呼吸置いて、ジャックは続けた。
「そもそも、神々の権能は絶対的だ。どうあがいても人間にはなれないからこその神々だ。そう言う存在を神として求めたのだから、なれるなれないではなく崇める対象にしかなり得ない。全知全能の神に欠点があるとすれば、そこだろうな」
 教えるという道に終わりはないらしいが、しかし神ですらその道は極めていないと言うことか。 人間は神になれない。
 神が素晴らしいのかどうかは知らないが、神の思う良い方向に人間を導きたいのであれば、最終的には人間が神と同じ存在になるしかない。だが人間は神にはなれない。
「成る程な、崇拝する対象と言う時点で、人間はそれが何であれ「越える」事は出来ないからな。確かにそれでは神を引き立てるためにも、人間は神に近く、神に届かない存在でなければならないわけだ」
「その通り」
 それが答えか。
「私からすれば、だが。人間も聖人も神ですらも当人の「個性」でしかない。全能の神は確かに凄いのかもしれないが、人間のように娯楽は作れまい。優れているとか、どちらが凄いかではなく、どちらも必要だと思うがな」
 何より神に物語は書けまい。
 これは重要なことだ。
 どれだけ全能でも物語のない生活など、退屈で仕方がない気もするが・・・・・・それとも神も悪魔も人間の物語を呼んだりするのだろうか?
 だとすれば金を支払って欲しいものだ。
 相手が何であれ、タダで読むのはどう考えても善行とは言えまい。神だから許されるはずもないだろう。
「人間はそれで満足できないから人間なのさ」
 話が長くなってきたので、私はコーヒーを煎れ直し、そしてまたソファに座った。
「人間は、簡単に言えば「自分よりも優れた存在に憧れて嫉妬する」生き物だ」
「・・・・・・? それなら「神に成りたい」と願うのは当然じゃないのか?」
「権力者とかならそうだろうが、信者は違う。彼ら彼女らは神の全能性をよく知っている。そして人間は、ここが重要なんだが、差がありすぎると追い越すことよりも、憧れて遠くから眺め、追い越そうという意思を無くすのさ」
 作家である私には、理解し難い話だ。
 しかしそれが仮にスポーツだとすればどうだろう。100メートルを0・1秒で走る相手に、50秒かかる奴が「ああなれればな」と憧れや嫉妬は抱いても「あれを追い越す」とは確かに、考えそうにもない話だ。
 尊敬も崇拝も同じだ。度が過ぎると追い越すことは頭から消えて、どう物真似するかになってしまう。聖人の遺体にしてもそうだが、結局の所は自分たちがそうならなければ(私は聖人になるつもりはないが、彼らはそうだろう)意味はないのに、「神に近づいた」聖人の遺体にすり寄ることで満足してしまう。
 価値観は随分、歴史と共に変わったものだ。
「それこそ西部劇の時代じゃないが、そういった困難を乗り越えることに、意義や価値を見いだそうとした時代もあっただろうにな」
「男の価値観は時代によって変わるが、信仰や拝金主義はほぼ不変だ。残った法が優先される。現代は科学で物事を済ませる時代だ。男の価値観や困難を望む姿勢よりも、科学は実利や数字、あるいは宗教なら分かりやすい救いなのさ。宗教もそうだが、皆がやっているからという流されて行動する人間が向かう先を決める。宗教は保守的な考えが多い、そうでなければ何千年も続きはしないだろうが・・・・・・・・・・・・いずれにせよ、聖書に頼っている内は、ダメだろうな」
「何がダメなんだ?」
「聖書はあくまでも神の指針だ。それに従っているだけでは永遠に自立しない。人間が、人間の目線で、人間が幸せに成るための方法を模索し、それでいて失敗を繰り返しながら、当人だけの「聖書」を自分で作らなければならないだろうな」
 私の場合、その聖書には「まず金、それから思想を抱け」とでも書いていそうだが。
 しかし、ジャックの言い分はおおむね事実だろう。しかし事実よりも優先されるのは人間の見栄だったりするのだ。力のある存在は何をやっても良いという「事実」が黙認され続けてきた人類の歴史の中で、そういう言い分はまず通らない。
 いずれにせよ神を信じる前にまず己を信じなければ、立ち行かないということか。それをどう取るかは当人次第だろうが。
 そろそろ待ち合わせの時間だ。
 私はコートを羽織り、外に出た。
 小うるさい携帯端末は放っておくことで解決した。

   4

 我々はレストランにいた。
 とはいえ、寒いので当然暖房の効いた店内だ・・・・・・しかし、相手が男であると、どうにも気分が盛り下がるというか、目の前のマルゲリータを摘みながら、気分を解消するのだった。
「美味いねぇ、これ。俺はイタリア料理ってあんまり食べたこと無かったんだけど、大昔の国でも料理はわりかし良かったんだねぇ」
 そこは失われた地球産の料理を再現する場所でもあった。しかし全てを機械任せで栽培した野菜を、アンドロイドが調理して昔の人間が食べていたとは考えづらい話だ。人間が作ったからどうという事はないのだが、しかしパスタの巻き具合からして全く同じ料理が並ぶ様は、はなはだ不気味であった。
 男は太っていて、カジュアルと言うよりはくたびれた古い衣服(恐らく、地球産の衣服の売れ残りだ。誰かが着ていたのかもしれない)オレンジの趣味の悪いジャケットに、ジーンズという古ければ古いほど良いらしいズボンを身につけていた・・・・・・・・・・・・サイズは合っていなかったが。
「縁結びの神としては、こういう料理とも縁を深くしておきたいもんだよ。でも、俺の専門は人と人だからね」
 断っておくが、この男が本当に神なのかどうかなんて、私は知らない。
 ただ、依頼があり、金が振り込まれれば私の客にはなる。たとえ少年少女のくだらない恋愛の応援でもだ。
「で、どうだい。順調かい?」
「相変わらず両者とも強情だ。男は勇気がなくて素直になれず、女は周りを気遣いすぎて自分らしさを忘れつつある」
「成る程ねぇ。いや参ったよ。彼らがどんな神を信仰しているのかは知らないが、俺みたいな下っ端が何を言っても無駄だろうからね」
「その「彼らが信仰している神」とやらに直談判したらどうなんだ?」
「無茶言うなよ、人間だって大統領に挨拶は出来ないだろう。神も同じさ。階級があり、権威の差があり、基本は人間とあまり変わらないかな」
「そうなのか?」
 意外だった。この男が本物だとするならだが。しかし人間と神がやっていることが同じというのは、どういうことなのか。
 私は作家であり、別に義侠心に導かれてここまで来たわけではない。あくまで取材になりそうな依頼だったからだ。そう言う意味では、私個人が得ることの出来る情報、作品のネタになりそうな言葉をこの男から引き出せなければ、仮にあの二人を救えたところで、本末転倒だ。
 だから聞くことにした。
「なら、神と人間には違いはないのか?」
「さぁね、長生きしていて権能は人知を越える。でも君も言っていたようにそんなモノは能力の差であって、あまり意味はない。考え方だって各地の神話を省みれば分かるだろう? 基本は夫婦喧嘩で国を滅ぼしそうになったり、権力争いで戦争をしたり、そら、神も人間も同じだ。やってることの規模が違うだけさ」
 そう言う考え方もあるか。
 神を盲信的に信じている人間が聞けば、怒り出しそうではあるが、しかし確かに各地の神話(宗教の聖地も地球ごと環境破壊でおしゃかになったため、データしか残ってはいないが)を見れば、神はそういう、よく分からない理由で行動していることが多い。
 世のため人のためよりも、単純に怒りだとか、諍いだとか、あるいは神の都合で人間に干渉する逸話は結構あるのだ。
 それが正しいのかは知らないが。
 私は運ばれてきたチーズを摘み、カプチーノを口に含みながら考える。
 神から見て人間はどう写っているのだろうか。 人間からすれば大概は、崇拝の対象であったりするが、それも全員ではないし、神の目線から見た風景も、種類があるのではないだろうか。
 少なくとも破壊神の見る光景と縁結びの神の見る光景では、違いがあってしかるべきだ。
「規模が違う、か。なら、その規模の大きい神から見れば、我々人間はどう写る?」
「そうだな」
 と、コーヒーを口にして考え込み、うなってから彼は言った。
「最初は。まぁ全員を俺が代弁するのはどうかと思うが、ともかく、小さくてよく分からない奴らだったんじゃないのかな。何せ、自分たちが作った世界にいて、自分たちには遙か及ばないのだから、最初から興味はなかったと思うぜ」
「それで」
 催促するのは気が引けるが、しかしこの話を聞かなければ、繰り返すが何のためにいらない苦労を背負ったのか分からない。
 縁結びの神か何か知らないが、洗いざらい話して貰うとしよう。
「でも、まぁ少しづつではあるが、彼らは進化していった。考えても見ろよ、人間の作り出した最新テクノロジーの数々、そうでなくとも戦争を繰り返し文化を新しくし、それでいて懲りずに同じ事を繰り返しつつも、少しづつ、進化する。テクノロジーに関して言えば、あんなもの神にだって作れはしなかったモノばかりだ。君が書く物語というジャンルにしたって、それを愛読する天使はいるし、物語という概念を作り出せない神や天使は、人間の作品を読むしかないんだぜ」
「そうなのか?」
「逸話は結構あるぜ。本当かは知らないが。物語に限らず、人間の作り出すモノは、神には作り出せないモノばかりだ。中にはろくでもないモノもあるが、娯楽も食事も文化にしたって、神や天使だけではどうにもならなかっただろうな。もし人間がいなければ、我々は相変わらず文化ごとに質素な食事のみで、いやそもそもそう言う文化も人間が作り出したんだから、天の楽園で花を見るくらいしか、やることはなかっただろうな」
「本当とは思えないな」
「なら、物語を書くなんて奇っ怪な役割を持つ神様の話を、あんたは知っているのか?」
 知らない、いくら何でもいないと思う。
 大体が神が行うのは規模が大きいことや人間には不可能なことばかりで、人間が普通に出来ることを真似する神なんて、いるはずがない。
 いたとして、物語を書く神、なんて奴が尊敬の念を集められるとは、到底思えない。なんだ作品を作る神って。見た目が芸術的だとかならありそうではあるが、新しいものを作り出すのは、基本的に神の役割ではないだろう。彼ら彼女ら? は基本的に秩序を重んじ、それを守るために存在するように見える。
 紙に嘘を並び立てる作家業なんて、間違ってもしそうにない。
「聞く限りでは、人間そのものよりも、人間が作り出す文化に興味があるように見えるな」
「確かにな。実際、人間の文化は認めても、人間そのものを評価する神なんて、少数派だろう」
 食べながら話すな。
 パスタを食べながら口を動かし、それでいて喋るとは器用な奴だ。これも神の能力なのか?
「人間そのものに評価を出来ない理由は単純だろう。言ったろ? 神も人間と根は同じ・・・・・・・・・・・・自分たちより「下」だと思っていた連中を、ごく限られた分野とは言え、認めるのはプライドが許さないのさ」
「生々しい話だな」
「実状は何事であれ、そういうものさ」
 言って、彼はパスタを口に放り込む。
 世界広しといえど、神にまで取材を申し込むのは私くらいだろう事を考えると、中々貴重な体験だった。もっとも、神にでもはぐれものはいて、そのはぐれものの意見と言うことを考えると、果たして他の神々がどう捉えるのかは、定かではないのだが。
「ところで、ここにはポルチーニ茸は?」
「あるんじゃないのか? もっとも、全てプラント保全技術で種子保存されたモノから、培養された養殖品だろうがな」
「嫌なこと言うなぁ。でも実際、人間って奴は極端だな。農業一つとっても、合理性をこじらせて大切なところを見逃している」
「大切なところ?」
「自然の恵みで神も人間も生きているって事さ。自然がなければ神だって息苦しくて倒れちまうと思うがね」
「自然と神は、別物なのか?」
 概念として同じ様なモノと考えていたが、どうやら違うらしかった。
「当然だろう? 自然は神よりも古くある。というかだ。神にだって歴史はあり、生まれる前はあるさ。人間からしたら大昔だが、でも最初からいたモノなんていないだろう。何もないこの宇宙に神々が生まれ、世のバランスを取ってきたとしても、自然は、宇宙が誕生する前からある概念だ。世界という概念がある時点でそこにある。何もない空間でもそれはそれで「自然」だからな。それを「摂理」と呼んでいる。世界のルールだな。我々は優れた存在ではあるが、しかしそれだけだ。世界は神がどうこうする前からすでにある。神の逸話に歴史がある以上、当然だろう?」
「だが、宇宙を作ったりしたのは神じゃないのか・・・・・・私はよく知らないが、創世神話とか、どの宗教でもあるだろう」
「それ以前から世界はあるじゃないか。もしそうでなければ、それ以前から世界がなければ、世界がないんだから神だって存在しようがない。別の次元に住んでいたとしても、それはそれで一つの「自然の存在する世界」だ。摂理ってのは誰が決めるわけでもないし、神なら変えられるだろう。事実いままで変えてきたのかもしれない。しかしだ、侮ってはいけないのさ。自然というのは誰に対しても平等であり、それは神でも同じだ。神だって神話の中でよく死ぬだろう? 死から復活する奇跡で摂理を跳ね返す奴もいる。だが、逆に言えばそれだけだ。神ですら死ねば蘇る奇跡が必要だ。奇跡、そう奇跡という名前の力でで神は摂理を克服できる。だからこその神だ。しかしそれでも摂理を無視は出来ない。神にも愛があり、愛があれば憎悪があり、憎悪があれば同胞と争い、そして死があれば復活し、復活すれば殺す方法を考え、そら、こういう心の動きこそが、世を動かしてきた摂理そのものだ」
「心の動きか」
 私にはよく分からない話だ。
 とはいえ、あちこちの神話をみる限りでは、確かにそう言った逸話は多い。少なくとも「争い」という一つの摂理からは、彼らが全能であり全治だと崇める神ですら、防げなかったし、防いで良いものでもないだろう。
 争いがなければ学習もないし進歩もない。
 争いを完全に無くすとはそういうことだ。全能であったところで、争いを完全に無くすのであれば、そんなもの究極的には自身以外を完全に消すしかなくなってしまうだろう。
 徐々に、進めるしかないのだ。
 そう考えてみると、神というのは意外と歯がゆい存在なのかもしれなかった。全能であればあるほど、干渉は出来ない。すれば、干渉して争いや問題を解決しても、それはそれで問題になる。
 まぁ、私のような人間からすれば楽ならそれで良いんじゃないのか? と思わざるを得ないが、私のように身軽ではなく、あれこれ人類の命運を背負っているのだとすれば、肩身の狭そうな職種だと感じた。
「このポルチーニ茸、本来の深みが無いな」
「無茶言うな、再現したにすぎない。昔食ったことがあるのかはしらないが、人間が身の程を知りわきまえた上で、地球にまた降りたち、質素な暮らしで満足できるようになるまで我慢しろ」
「それはいつだ?」
「永遠にこない」
「くそ」
 苛立っているようだった。・・・・・・そんなに美味しいモノなのか? 失われたとすれば、悲しいニュースだ。
「人間の農業はどうなっているんだ?」

「どうもないさ、便利になっただけだ」
「具体的には?」
「同じさ。まず外注、請負の仕事が多くなっている。それも星単位での外注だ・・・・・・危険な仕事は何処か遠くの惑星の奴隷に任せて、自分たちはクリーンさみたいな・・・・・・外面的な善良さを保っている」
「おかしくないか?」
 言って、彼は言うのだった。
「奴隷制度なんて、もう大昔に廃止されているだろう?」
「名前が変わっただけだ。「発展途上惑星」だとかそれらしい名前を付けて、経済力を盾にそういう仕事を振れば、誰も断れない。それに、どうせ民衆は自分たちに関係ない何処か遠くであれば、特に気にとめないだろうしな」
「それが、「奴隷」かい?」
「ああ、実際平和な惑星の殺人事件より、そういう環境下での過労死の方が数は多そうなものだが・・・・・・善良な一般市民っていうのはそういうものだ。倫理観、みたいなものさえ守れれば、何一つとして省みることはないし、自分たちは素晴らしい善良な人間だと思っているから、そういうのは政治家とか、現地の悪人とかのせいであって、関係はないと考える」
「事実、関係ないのじゃないのかい?」
「まぁな。だが、それらの生活を支えている労働・・・・・・いや奴隷たちの苦難のおかげで豊かな生活を享受していて、それなのにそういう人間たちがまるでいないかのように生きていける人間が、所謂善良さみたいなモノの象徴になる。みていて気味が悪くて仕方ないが、まぁ私が思うのはそんな都合のよい方法が、力さえあれば押し通し続けられるというのが、心配でならないな」
「でも、よくニュースとかでそういう、労働問題について取り上げられているじゃないか」
 最近の神はテレビも見るらしい。
 時代は変わったな。
 感想は的外れだったが。
「それが一番の問題だろうな。私は善人ではないのでこんな事を言う義理もないんだが、事実だけ言うと、だ。メディアで取り上げられれば、見ている人間は解決した気分になるんだよ」
「・・・・・・どういうことだい?」
 私は運ばれてきたサラミサンドをほおばり、小休止した。会話を食事中にするのは体力を使う。 味と言うより、歯ごたえがいける。
 新感覚だった。
 コーヒーを啜って落ち着いてから、私は話を続けた。
「高言った問題に我々は取り組んでいくべきですみたいなことを、メディアの人間が言うと、あたかも自分たちの意識が変わり、それに取り組んでいて、実践しているかのような気分になる。それで満足してしまって、他人とのおしゃべりで話したり、伝えたりすればそれでやりきった満足感を得てしまう」
「それの何が問題かな? このよは自己満足なんだろう?」
「そうだと思う。だが、この行動の流れには本人の意思が介在しないではないか。空気感、とでも言えばよいのか、それを人類全体が持って、解決していなくても解決した気になっている。これは事実だ。人権問題にせよ貧富の差にせよ、実際には未だかつて解決は一度もされていないが、革命が成功したり、貧困地帯の可哀想な差別されていた人間が保護され、本になったりしたモノを読んだりするだけで、そういう気分になる。それはいいがそれをずっと、有史以来ずっとそんなことを繰り返している気がしてならないな。人権問題も貧富の差も根底は人の意識の問題だ。意識が変わってないのに表向き変わったように受け止められて、それだけで、そんな薄っぺらい方法だけでやりきった気になってしまうから、人権も貧富も問題であり続ける。身勝手なのは勝手なのだが、こんな調子で人類の未来は大丈夫なのかと心配になるな。私は私個人がよければ他はどうでも良いがしかしだ。こんな解決の仕方ではしっぺ返しがくるのは当然で、あろうことかずっとそのしっぺ返しを金や権力で解決し続けている。なら、金や権力があれば別にいいのか? 殺しても奪っても事実彼らに罰はない。それとも、重要なのは人間の意思で、結果はそれについて回るものなのか?  どちらが正しいかは知ったことではない。だがどちらが正しいのか分からなければ方針に迷うと言うものだ。私は実利さえあえれば満足だが、しかし法則が不明なままでは、生きる「指針」を決める上で「邪魔」にしかならない」
 意外とよくしゃべるなぁ、君」
「まとめるのが下手なだけさ。で、おまえはどう思う?」
「そうだな、ええと、要は君は、世間一般の倫理観が、本当にそうなのか、悪行は結局「報いを受る」のか、それとも「金や権力という事実の前では、道徳は本当に何の意味もない」のか、詳しく知りたいという事かな?」
「そうだ」
「回りくどいがそうだな・・・・・・もし、俺にも計りかねることだから仮定で話を進めるけど、そうだな、そういったものに善も悪もなく、それこそ君の普段考えていることが単純に事実立ったのならば、君はどうする?」
「その場合、事実として金があれば何をしようが困らない。殺しても奪っても倫理観そのものを書き換えられて、それを事実どこの国も繰り返してきているのだろうしな」
「では、今回君が関わった信仰の方が正しく事実であり、因果応報、善行は報われ人の意思に価値があり、それこそが人間の正しい「道」だった場合はどうだい?」
「同じだろう。私は私個人の幸福を第一に置いている。どんな思想を持つにしろ、まずはそれがなければ話にならない。神の教えとやらに引っかからない程度に金を儲け、豊かで平穏な日々を送り平和に暮らしたい」
「君はぶれないねぇ」
「そうかな」
 あまり自覚はないが。いや、あったかな。
 事実として、金や権力がモノを言わせてきたことは「変えようのない事実」だ。どれだけ神の教えが素晴らしいのか知らないが、事実として世の中はそう回っている。
 金があれば、あるいはそれは権力と言うべきか・・・・・・殺人は国民を守るための戦争における勇者たちの行動となり、異国の地で殺人を侵し続けるという事実は兵隊としての「仕事」で済まされるというのだから、彼らはどう心の線引きを済ませて自分を騙し、平和な国での殺人事件に敏感になりつつも、兵隊の帰りを喜ぶのかが、不思議でならない話だ。
 道徳。
 倫理観。
 あるいは、法か。
 それらが、世間的なものと折り合いがついていれば「正しく」なったのはいつからだろうか。世間的な正しさと、自分の中にある正しい道は、無理矢理にでも合わさせられるようになった。
 それが「正しさ」となったのだ。
 人間の正しさは自身の心ではなく、そういった世間的な正しさや、あるいは神の教えだったり、大きい組織の意向であったり、あるいは上の人間の指示であったり、自分で自分の道を決める人間は社会悪でしか無くなった。
 人間の意思が管理される時代。
 まさにそんな感じだ・・・・・・人間の往く道は、「全体の意思みたいなもの」で決定され、そしてそれを決めるのは民主主義でも何でもなく、ただ上に立つ人間が決めていく。
 これで安心しろと言うのは無理な話だ。
 少なくとも、私のように作家などと言う因果な商売を生まれたときから決められていた、いや宿命づけられていた人間からすれば。
 そして、信じておきながら彼らはあっさり捨てられる・・・・・・危機の時に神の救いがなかったときに、あるいは組織に使い捨てにされたときに、あるいは法律が、社会が、自身の味方をしてくれなかったときに。
 そんな、当たり前のことに、気づかないまま。 神も法も組織も社会も、信じたからと言って助けてくれるとは限らない。仮に全能の神がいたところでそれは同じだ。神からすれば善意なのかもしれないが、善意という名の試練を与えられ苦悩する人間に、そんな話は通じないだろう。
 苦難を乗り越えれば幸福になれる、と神が思っていたとして、苦難を与えられる人間が挫折して自害してしまえば、それは自害した人間が悪いのか? だから勝手に苦難を与えて置いても神自身は罰せられず、自害は悪であると、地獄に落とされたりするのだろうか?
 私は神なんてあってもなくても別に信仰したりはしないが、気にはなる。
 もし全能の神がいたとして、じゃあ神自身は一体誰が裁くんだ? 誰も裁けないほど高みにいるとするならば、独裁者みたいなものだ。
 誰も逆らえない。
 誰も裁けない。
 誰も追い越せない。
 少なくとも、宗教における神はそういうモノが多いだろう。だが、そんな高いところから偉そうにあれこれ口だけ出して、現実には人間自身が何とかしなければならないのだろう。
 宗教を信じる人間だって、直接神に何か救われたという人間は少数派なのだ。当然だ。しかしだからこそ「聖人」だか知らないが、そんな一部の人間にしか恩恵を与えないのは、独裁者の与える勲章と変わらないではないか。信じるのは勝手だが、信じて結果を残した人間だけ愛すると言うことなのだろうか?
 少なくとも事実として、神に直接救われた人間なんて「聖人」くらいのものだろう。
「君はさ」
 彼は口を開いて、言った。どうでもいいが、曲がりなりにも、縁結びとは言え「神」を自称する奴が、口にソースを付けるんじゃない。
 威厳がないぞ。
「理不尽が許せないんだね」
 理不尽に憤る。まぁ正しい。
「許せないも何も、理不尽を許していたらキリがないだろう。何か理不尽な目に遭う度に、我慢しろと言うことか?」
「いや、そうじゃない。理不尽を笑って許せって事じゃないさ。ただ、彼らの説く「隣人愛」はそういうモノじゃないかと思ってね」
「理不尽を許容し、それでいて不条理を許し、成長しろとでも? 聞こえは良いが、それこそ邪悪そのものだ」
「なぜだい?」
「そうだな、仮にだが、聖人がその極みだとしよう。聖人が信者の分まで理不尽を許容しているとしてだ・・・・・・しかし、史実にある「聖人」はどれも悲惨な死を迎えている。それでいて死んだ後まで顔も知らない信者のためにこき使われ、結果が出せなければ「偽物」呼ばわりされるのだろう・・・・・・一人の人間に他の人間が嫌なことを押しつけているだけだ。例え彼らに聖人としての宿命があったところで、彼ら彼女らが人間らしい営みを手に出来なかった理由にはならん。相手が神でも同じ事だ」
 考えようによっては、それこそ神なんて、人間という生き物を作っただけなのに「救うのが当然」だと、信仰を押しつけられているともとれなくはない。
 神に救いを求める人間は数多いそうだが、神を気遣い救おうとする人間は、そうそういないだろうという事実もある。
 例え当人たちが満足していようが、そんな都合の良い、相手の善意に付け込んだ「救い」なんてものに、価値があるのか?
「君は優しいんだね」
「・・・・・・何が、だ?」
 意味が分からない。
 私には優しさなんて微塵もない。だが、不条理な思いをしてへたを掴まされ続けるのは、我慢がならないだけだ。
 私自身が、散々そういう思いをして堪忍袋を引きちぎってきたからだろう。
 虫酸が走る。要は好き嫌いの問題だ。
 好き嫌いで動くのは、男も女も神も悪魔も同じ事だろう。
「気持ちの悪い勘違いをするな。ただ、虫酸が走るだけだ。私は神経質なんでな。こういう世の中の仕組みも、キッチリ分かりやすくしていなければ、落ち着かないからな」
「そうかい。なら俺に言えることは依頼通り、俺があの二人をくっつける手伝いをして欲しいと言うだけだ。他はなんて言うか知らないが、俺は縁を結ぶ神として「役割」を持っている。正しいかどうかよりも、俺も自信の役割を果たしたいからな」
「なら、心配はいらない。とはいえ、いまはまだ材料が足りないがな」
「材料?」
「いや、なんでもない」
 今はまだ、使えるかどうかも分からない策だ。 案外、あの女を死んだことにして、遺体はバラバラになったとでも伝え歩いた方が、簡単かもしれないしな。
 何にせよ、私は基本行き当たりばったりだ。と言うのも綿密に策を練り、行動したところで、上手く行った試しがない。
「じゃあ頼むよ。ああそうそう、会計は済ませておくね」
 言って、私の依頼人は立ち去っていった。
 さて、どうするか。
 何事も根底にあるのは心だとすれば、今回の件もまず二人を素直な気持ちにさせて、上手い具合にくっつける必要がある。くそ、専門外だぞこんな話は。これなら「軍隊を滅ぼして欲しい」とか「軍事惑星を宇宙の塵に変えてくれ」とかの方が簡単そうではある。
 とはいえ、少年少女の恋愛劇。
 興味はある、今の私にはないジャンルだ。是非とも次回作のためにも欲しい。吸収して、作品を書きたい。
 そして言ってしまっては何だが、売れて欲しいものだ。
 私は席を立ち、風に吹かれながら外を歩いた。 世間はクリスマスムードなのか、みんな浮かれていた。美しいデジタル広告、ツリーの偽物、アンドロイドの飲食店、中にはアンドロイドを恋人扱いして歩いている奴もいた。
 私は特に気にせず、例の教会へと向かうのだった。勿論、作品のネタの為、ひいては私の為に。



この記事が参加している募集

例の記事通り「悪運」だけは天下一だ!! サポートした分、非人間の強さが手に入ると思っておけ!! 差別も迫害も孤立も生死も、全て瑣末な「些事」と知れ!!!