乃々果

エッセイ、創作。看護師。読むと、ふわっと軽くなるを目指して。

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#3 記憶を消す呪文「オブリビエイト」が使えたら(私が文章を書く理由)

『ハリーポッターと死の秘宝』の冒頭、ハーマイオニーは家族を危険にさらさないために、記憶を消す呪文「オブリビエイト」を使って、自分に関する記憶を消す。 魔法が使え…

乃々果
2年前
26

周りに流されてそわそわ年度末。

乃々果
3か月前
3

日記についての考察

日記をかれこれ3年ほど書いている。3年といっても、ひと月に一回だけしか書いていないときもあるし、毎日書いているときもある。日記を書くか否かのマイルールは、「気が向…

乃々果
4か月前
8

「ともに現実に塗れて戦うのだ」と決めた日

もともと江國香織(愛をこめて敬称略)が大好きだけれど、その中でも好きな作品の、好きな一節。自身の結婚生活を書いたエッセイ集。パートナー間で「少し距離のある関係の…

乃々果
4か月前
16

今日は辛いから、休もう。の「、」のところに自責の言葉をいれないことが大切。

乃々果
4か月前
3

【創作】ここではないどこかで

大きな川の淵ぎりぎりに、大きな猫を抱えて立っていた。雪が降りしきる中、川は流れを緩めることなく、雪を吸い込んでごうごうと流れていた。私と猫は、それをぼんやりと眺…

乃々果
4か月前
4

胸元には青いアネモネのアップリケ

くしゃっとした加工のかかった綿麻の生地を買った。でこぼこした肌触りと柔らかさが気に入った。たくさんあった色の中から、深い紺色を選んだ。イメージしたのは、いつかテ…

乃々果
5か月前
12

裏庭にうめたBB弾はいま

昔よく通った公園の砂場にたくさんのBB弾が落ちていた。ほとんどが薄いオレンジ色をしているけれど、たまにカラフルな色のついたものがあった。赤とか青とか緑とか。そうい…

乃々果
5か月前
4

【創作】大きな水槽

弱肉強食を、もしくは食物連鎖を教え込む料理店で、食事をした。 そこは、凝った造りをしていた。全体的に明るさを抑えた店内に、丸い木製のテーブルに椅子。高さのある天…

乃々果
5か月前
10

そっくり返って泣くほどの純度の高い欲望を

そっくり返って泣くほどの純度の高い欲望を、最近無視しているような気がして、海へ出た。 快速電車で2時間。目的地に近づくと、車窓から海が見えた。海が見えるというこ…

乃々果
5か月前
23

こんなにも春が待ち遠しい冬は

こんなにも春が待ち遠しい冬は生まれて初めてだ。 正確には、気温が20度を超えるのを、心待ちにしている。 きっかけは何かの帰りにふらりと寄った100円均一だった。種、水…

乃々果
6か月前
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【創作】よく分からないふたり

疲れたとき、へこんだとき、ふと無力感にさいなまれたとき。 自分の中でも、言葉にして、そうと感じていないときでも、悠莉は必ず「スープのむ?」と聞いてくるのだった。 …

乃々果
1年前
12

おっきいじいちゃん最期にハーゲンダッツ食べて死んだって

曽祖父の初盆だった。享年100歳オーバーの大往生。通夜式では最期の様子が語られた。 「おっきいじいちゃん最期にハーゲンダッツ食べて死んだって」 最期にハーゲンダッ…

乃々果
1年前
15

素直さの尺度を誤っていたかもしれない

ボトルの口から溢れ出るコーラを眺めたまま、棒立ちになっていた。慌てたり、声を上げたり、周りを見たりせずに、ただコーラの泡が収まるのを、待っていた。ボトルを握る手…

乃々果
2年前
12

『Dear Evan Hansen』を観たからにはもう後悔はしない

思うように進まなかったこと、もう少し頑張りたかったこと、12月になるとあれもこれもと浮かんできて、ふさぎがち。もっとnoteに記事をあげたかったし、SNSも更新したかっ…

乃々果
2年前
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#5 「あのときの私、強かった」と思うために

マラソンは大嫌いだった。マラソン大会が近づくと、回避するための思いつく限りの理由を並べたりしていた。一度も逃げられたことはないけれど。 この間、散歩の帰りに高校…

乃々果
2年前
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#3 記憶を消す呪文「オブリビエイト」が使えたら(私が文章を書く理由)

#3 記憶を消す呪文「オブリビエイト」が使えたら(私が文章を書く理由)

『ハリーポッターと死の秘宝』の冒頭、ハーマイオニーは家族を危険にさらさないために、記憶を消す呪文「オブリビエイト」を使って、自分に関する記憶を消す。
魔法が使えたらいいのにと思っていた。魔法が使えるなら、私に関する記憶をぜんぶ「オブリビエイト」で消し去って、そしてすぐに死んでしまいたかった。

中学を卒業するときに配られ、そのまま本棚にしまいこんだ卒業文集を、卒業式ぶりに開いた。

当時、どうして

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周りに流されてそわそわ年度末。

日記についての考察

日記についての考察

日記をかれこれ3年ほど書いている。3年といっても、ひと月に一回だけしか書いていないときもあるし、毎日書いているときもある。日記を書くか否かのマイルールは、「気が向いたら書く」それだけだ。日記の内容も決めていないので、日付の下に思い思いに書く。面白かった映画、本の感想、旅行の記録、日常のもやもや、人間関係のあれこれ。とても平穏な日を文章に記すのは難易度が高いので、何か壁にぶつかったり、気分が落ち込ん

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「ともに現実に塗れて戦うのだ」と決めた日

「ともに現実に塗れて戦うのだ」と決めた日

もともと江國香織(愛をこめて敬称略)が大好きだけれど、その中でも好きな作品の、好きな一節。自身の結婚生活を書いたエッセイ集。パートナー間で「少し距離のある関係の方が“comfortable”で素敵だ」というのは本当にその通りだと思う。

近くにいたいと願うのだけれど、近づけば近づくだけ、相手の過去も環境も、今まで触れてこなかった考えも、いろんなことがあらわになる。なにか一つでも欠けていたら、今はな

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今日は辛いから、休もう。の「、」のところに自責の言葉をいれないことが大切。

【創作】ここではないどこかで

【創作】ここではないどこかで

大きな川の淵ぎりぎりに、大きな猫を抱えて立っていた。雪が降りしきる中、川は流れを緩めることなく、雪を吸い込んでごうごうと流れていた。私と猫は、それをぼんやりと眺めていた。寒く、恐ろしく、どうしようもなく心細かった。

「ここではないどこか」へ行きたいという、半ば現実逃避のような理由で家を飛び出し、旅でもすれば休息になり、休息を取ることができれば、諸々の課題も解決されるのではないかと期待を抱いてたど

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胸元には青いアネモネのアップリケ

胸元には青いアネモネのアップリケ

くしゃっとした加工のかかった綿麻の生地を買った。でこぼこした肌触りと柔らかさが気に入った。たくさんあった色の中から、深い紺色を選んだ。イメージしたのは、いつかテレビでみた染色職人。服や指先、爪の間までを真っ青に染めながら、繰り返す作業に向き合う彼らはかっこよかった。

型紙のいらない割烹着の作り方を見ながら、一枚の布を形にしていく。2メートルを超える生地を裁断するのは、難しかった。ずれないように慎

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裏庭にうめたBB弾はいま

裏庭にうめたBB弾はいま

昔よく通った公園の砂場にたくさんのBB弾が落ちていた。ほとんどが薄いオレンジ色をしているけれど、たまにカラフルな色のついたものがあった。赤とか青とか緑とか。そういうのは当たり。ごくたまにクリアのものがあった。そういうのは大当たり。幼い私はせっせとそれらを集めた。そして、集めたBB弾を幼稚園の裏庭にうめた。ひとつひとつ丁寧に。まるで何かの種のように。踏まれないように。それらを毎日見に行った。

なん

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【創作】大きな水槽

【創作】大きな水槽

弱肉強食を、もしくは食物連鎖を教え込む料理店で、食事をした。

そこは、凝った造りをしていた。全体的に明るさを抑えた店内に、丸い木製のテーブルに椅子。高さのある天井からは、オレンジ色のランプが下がっていた。一見すると、シンプルな造り。しかし、どれもこれも、この店内で一番に存在感を放つ、大きな水槽を目立たせるために計算されていると分かる。

入り口と反対側の壁、一面を覆う大きな水槽があった。

青い

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そっくり返って泣くほどの純度の高い欲望を

そっくり返って泣くほどの純度の高い欲望を

そっくり返って泣くほどの純度の高い欲望を、最近無視しているような気がして、海へ出た。

快速電車で2時間。目的地に近づくと、車窓から海が見えた。海が見えるということがすでに特別だった。これから海へ行くのだ、海岸の砂だって踏めるし、波に触れることもできるのだと思うと、沸き立つようだった。電車を降りると慣れない潮の匂いがした。
一直線に海へ向かう。海はもうすぐそこに見えているのに、初めての土地では近道

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こんなにも春が待ち遠しい冬は

こんなにも春が待ち遠しい冬は

こんなにも春が待ち遠しい冬は生まれて初めてだ。
正確には、気温が20度を超えるのを、心待ちにしている。

きっかけは何かの帰りにふらりと寄った100円均一だった。種、水を入れると膨らむ土、説明書が入った栽培キットが売られていた。1つ100円。マグカップや牛乳パックの切ったものへ入れたら芽が出るらしい。これは楽しいかもしれないと、バジルのキットを買って帰った。
さっそく、家に帰って使わないマグカップ

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【創作】よく分からないふたり

【創作】よく分からないふたり

疲れたとき、へこんだとき、ふと無力感にさいなまれたとき。
自分の中でも、言葉にして、そうと感じていないときでも、悠莉は必ず「スープのむ?」と聞いてくるのだった。

悠莉は、スープを毎日のむ。ある日は、卵を溶いたもの。ある日は、ソーセージの端を浮かべたもの。またある日は、コンソメのスープにウオッカを垂らしたものだった。夕飯を終え、その日の雑事を終え、日の変わるころにスープをのむ。悠莉のそれは、なにか

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おっきいじいちゃん最期にハーゲンダッツ食べて死んだって

おっきいじいちゃん最期にハーゲンダッツ食べて死んだって

曽祖父の初盆だった。享年100歳オーバーの大往生。通夜式では最期の様子が語られた。

「おっきいじいちゃん最期にハーゲンダッツ食べて死んだって」

最期にハーゲンダッツ。なかなか粋な選択肢。
小さい頃、曾祖父の部屋に行くと、いつも揺れる木の椅子に座っていた。膝の上にのぼったり、部屋の中を散らかしても笑って、見ていた。胸ポケットにはお金が入っていて、そこからお小遣いをくれた。まだ、お金の価値は分から

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素直さの尺度を誤っていたかもしれない

素直さの尺度を誤っていたかもしれない

ボトルの口から溢れ出るコーラを眺めたまま、棒立ちになっていた。慌てたり、声を上げたり、周りを見たりせずに、ただコーラの泡が収まるのを、待っていた。ボトルを握る手にコーラが伝っていくのを、ただ見ていた、駅のホームに立つひとりのおにいさん。友達と一緒だったらきっと叫んでいたに違いない。「やばい、やばい!」って言いながら。そこまで考えてから、はっとした。あれ、もしかして。

感じたことを感じたときに、そ

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『Dear Evan Hansen』を観たからにはもう後悔はしない

『Dear Evan Hansen』を観たからにはもう後悔はしない

思うように進まなかったこと、もう少し頑張りたかったこと、12月になるとあれもこれもと浮かんできて、ふさぎがち。もっとnoteに記事をあげたかったし、SNSも更新したかったし、積極的な優等生でありたかった。

学校の課題に追われながらも、『Dear Evan Hansen』を観るために映画館へでかけた。電車の中でチケットを取って、駅から映画館まで走って、5分遅刻で滑り込んで。

『Dear Evan

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#5 「あのときの私、強かった」と思うために

#5 「あのときの私、強かった」と思うために

マラソンは大嫌いだった。マラソン大会が近づくと、回避するための思いつく限りの理由を並べたりしていた。一度も逃げられたことはないけれど。

この間、散歩の帰りに高校の前を通った。母校ではなく、縁もゆかりもない高校。だけど、そこの校庭を周回している高校生を見て、マラソン大会を思い出してしまった。

運動は小さい頃から得意な方だった。体を動かすのは好きだし、落ち着きがなくて無駄な動きが多い子どもだったお

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