乃々果

エッセイ、創作。看護師。読むと、ふわっと軽くなるを目指して。

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#3 記憶を消す呪文「オブリビエイト」が使えたら(私が文章を書く理由)

『ハリーポッターと死の秘宝』の冒頭、ハーマイオニーは家族を危険にさらさないために、記憶を消す呪文「オブリビエイト」を使って、自分に関する記憶を消す。 魔法が使えたらいいのにと思っていた。魔法が使えるなら、私に関する記憶をぜんぶ「オブリビエイト」で消し去って、そしてすぐに死んでしまいたかった。 中学を卒業するときに配られ、そのまま本棚にしまいこんだ卒業文集を、卒業式ぶりに開いた。 当時、どうしても、文章を残したくなかった私は、どうにかして卒業文集を提出せずに卒業しようとして

    • 周りに流されてそわそわ年度末。

      • 日記についての考察

        日記をかれこれ3年ほど書いている。3年といっても、ひと月に一回だけしか書いていないときもあるし、毎日書いているときもある。日記を書くか否かのマイルールは、「気が向いたら書く」それだけだ。日記の内容も決めていないので、日付の下に思い思いに書く。面白かった映画、本の感想、旅行の記録、日常のもやもや、人間関係のあれこれ。とても平穏な日を文章に記すのは難易度が高いので、何か壁にぶつかったり、気分が落ち込んだり、楽しい日々より鬱々とした日々の方が日記は盛り上がる。日記を毎日書いていると

        • 「ともに現実に塗れて戦うのだ」と決めた日

          もともと江國香織(愛をこめて敬称略)が大好きだけれど、その中でも好きな作品の、好きな一節。自身の結婚生活を書いたエッセイ集。パートナー間で「少し距離のある関係の方が“comfortable”で素敵だ」というのは本当にその通りだと思う。 近くにいたいと願うのだけれど、近づけば近づくだけ、相手の過去も環境も、今まで触れてこなかった考えも、いろんなことがあらわになる。なにか一つでも欠けていたら、今はないのだから、一部を否定することはできない。それは逆も然りだ。だからどうしたって、

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        #3 記憶を消す呪文「オブリビエイト」が使えたら(私が文章を書く理由)

          今日は辛いから、休もう。の「、」のところに自責の言葉をいれないことが大切。

          今日は辛いから、休もう。の「、」のところに自責の言葉をいれないことが大切。

          【創作】ここではないどこかで

          大きな川の淵ぎりぎりに、大きな猫を抱えて立っていた。雪が降りしきる中、川は流れを緩めることなく、雪を吸い込んでごうごうと流れていた。私と猫は、それをぼんやりと眺めていた。寒く、恐ろしく、どうしようもなく心細かった。 「ここではないどこか」へ行きたいという、半ば現実逃避のような理由で家を飛び出し、旅でもすれば休息になり、休息を取ることができれば、諸々の課題も解決されるのではないかと期待を抱いてたどり着いた。いつか写真集で見た美しい雪景色の村だった。確かに、雪深く大きな川の流れ

          【創作】ここではないどこかで

          胸元には青いアネモネのアップリケ

          くしゃっとした加工のかかった綿麻の生地を買った。でこぼこした肌触りと柔らかさが気に入った。たくさんあった色の中から、深い紺色を選んだ。イメージしたのは、いつかテレビでみた染色職人。服や指先、爪の間までを真っ青に染めながら、繰り返す作業に向き合う彼らはかっこよかった。 型紙のいらない割烹着の作り方を見ながら、一枚の布を形にしていく。2メートルを超える生地を裁断するのは、難しかった。ずれないように慎重に、毎日使っても壊れないように丁寧に。作り方の動画を少し進めて、止めて、少し戻

          胸元には青いアネモネのアップリケ

          裏庭にうめたBB弾はいま

          昔よく通った公園の砂場にたくさんのBB弾が落ちていた。ほとんどが薄いオレンジ色をしているけれど、たまにカラフルな色のついたものがあった。赤とか青とか緑とか。そういうのは当たり。ごくたまにクリアのものがあった。そういうのは大当たり。幼い私はせっせとそれらを集めた。そして、集めたBB弾を幼稚園の裏庭にうめた。ひとつひとつ丁寧に。まるで何かの種のように。踏まれないように。それらを毎日見に行った。 なんのためであったかさっぱり思い出せない。もしかすると、本当に種のようになにかが芽吹

          裏庭にうめたBB弾はいま

          【創作】大きな水槽

          弱肉強食を、もしくは食物連鎖を教え込む料理店で、食事をした。 そこは、凝った造りをしていた。全体的に明るさを抑えた店内に、丸い木製のテーブルに椅子。高さのある天井からは、オレンジ色のランプが下がっていた。一見すると、シンプルな造り。しかし、どれもこれも、この店内で一番に存在感を放つ、大きな水槽を目立たせるために計算されていると分かる。 入り口と反対側の壁、一面を覆う大きな水槽があった。 青いライトに照らされて、綺麗に浮かびあがっていた。その中を、色のついた小さな魚、ごつ

          【創作】大きな水槽

          そっくり返って泣くほどの純度の高い欲望を

          そっくり返って泣くほどの純度の高い欲望を、最近無視しているような気がして、海へ出た。 快速電車で2時間。目的地に近づくと、車窓から海が見えた。海が見えるということがすでに特別だった。これから海へ行くのだ、海岸の砂だって踏めるし、波に触れることもできるのだと思うと、沸き立つようだった。電車を降りると慣れない潮の匂いがした。 一直線に海へ向かう。海はもうすぐそこに見えているのに、初めての土地では近道も楽な道も分からない。いくつかの坂を上ったり下ったりしながらようやく海岸線へ着い

          そっくり返って泣くほどの純度の高い欲望を

          こんなにも春が待ち遠しい冬は

          こんなにも春が待ち遠しい冬は生まれて初めてだ。 正確には、気温が20度を超えるのを、心待ちにしている。 きっかけは何かの帰りにふらりと寄った100円均一だった。種、水を入れると膨らむ土、説明書が入った栽培キットが売られていた。1つ100円。マグカップや牛乳パックの切ったものへ入れたら芽が出るらしい。これは楽しいかもしれないと、バジルのキットを買って帰った。 さっそく、家に帰って使わないマグカップへ土を入れて種をまいた。土はとても小さくまとめられていたのに、水をやるとふかふか

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          【創作】よく分からないふたり

          疲れたとき、へこんだとき、ふと無力感にさいなまれたとき。 自分の中でも、言葉にして、そうと感じていないときでも、悠莉は必ず「スープのむ?」と聞いてくるのだった。 悠莉は、スープを毎日のむ。ある日は、卵を溶いたもの。ある日は、ソーセージの端を浮かべたもの。またある日は、コンソメのスープにウオッカを垂らしたものだった。夕飯を終え、その日の雑事を終え、日の変わるころにスープをのむ。悠莉のそれは、なにかの儀式のようだった。 そのスープを、こちらが少し元気のないときに勧めてくる。武

          【創作】よく分からないふたり

          おっきいじいちゃん最期にハーゲンダッツ食べて死んだって

          曽祖父の初盆だった。享年100歳オーバーの大往生。通夜式では最期の様子が語られた。 「おっきいじいちゃん最期にハーゲンダッツ食べて死んだって」 最期にハーゲンダッツ。なかなか粋な選択肢。 小さい頃、曾祖父の部屋に行くと、いつも揺れる木の椅子に座っていた。膝の上にのぼったり、部屋の中を散らかしても笑って、見ていた。胸ポケットにはお金が入っていて、そこからお小遣いをくれた。まだ、お金の価値は分からなかったけれど、 「好きなものを買いなさい」と言って渡してくれた。 施設に引っ

          おっきいじいちゃん最期にハーゲンダッツ食べて死んだって

          素直さの尺度を誤っていたかもしれない

          ボトルの口から溢れ出るコーラを眺めたまま、棒立ちになっていた。慌てたり、声を上げたり、周りを見たりせずに、ただコーラの泡が収まるのを、待っていた。ボトルを握る手にコーラが伝っていくのを、ただ見ていた、駅のホームに立つひとりのおにいさん。友達と一緒だったらきっと叫んでいたに違いない。「やばい、やばい!」って言いながら。そこまで考えてから、はっとした。あれ、もしかして。 感じたことを感じたときに、そのまま表現するのが苦手だった。例えば、サプライズでプレゼントをもらってしまうと、

          素直さの尺度を誤っていたかもしれない

          『Dear Evan Hansen』を観たからにはもう後悔はしない

          思うように進まなかったこと、もう少し頑張りたかったこと、12月になるとあれもこれもと浮かんできて、ふさぎがち。もっとnoteに記事をあげたかったし、SNSも更新したかったし、積極的な優等生でありたかった。 学校の課題に追われながらも、『Dear Evan Hansen』を観るために映画館へでかけた。電車の中でチケットを取って、駅から映画館まで走って、5分遅刻で滑り込んで。 『Dear Evan Hansen』はブロードウェイで上演された大人気のミュージカル。そのミュージカ

          『Dear Evan Hansen』を観たからにはもう後悔はしない

          #5 「あのときの私、強かった」と思うために

          マラソンは大嫌いだった。マラソン大会が近づくと、回避するための思いつく限りの理由を並べたりしていた。一度も逃げられたことはないけれど。 この間、散歩の帰りに高校の前を通った。母校ではなく、縁もゆかりもない高校。だけど、そこの校庭を周回している高校生を見て、マラソン大会を思い出してしまった。 運動は小さい頃から得意な方だった。体を動かすのは好きだし、落ち着きがなくて無駄な動きが多い子どもだったおかげで、周りよりも少しだけ速く走れた。それでも、マラソンだけはだめだった。持久力

          #5 「あのときの私、強かった」と思うために