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生き死に・世の中・哲学・心理

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2018年9月の記事一覧

「他者をどれだけ気にするべきか」中高生と話し合った

「他者をどれだけ気にするべきか」中高生と話し合った

「他者をどれだけ気にするべきか?」

今日、福岡県のみやこ町で5年間開催している「三四郎の学校」に参加した。私は第1回目から参加し続けていて、いつも脳から湯気を出している。「三四郎の学校」は、中高生と大人が答えのない問について話し合うワークショップだ。
今回は、「対話について」考えを深め、「何を話し合いたいか」テーマをみんなで挙げた。

そして出てきたのが、「他者をどれだけ気にするべきか」

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プツンと糸が切れるとき

プツンと糸が切れるとき

がむしゃらに頑張って頑張って頑張って頑張って頑張り続けた人が、ある日 急にプツンと糸が切れたように"もう無理だ"となる。心が折れたとも言うような、そんな状態。

頑張れども頑張れども、周りの期待に応えられないと感じたり、自分の理想に届かなかったり、結果に繋がらなかったり…。

もっと頑張らなくちゃとか、自分は○○みたいに頑張れていないとか、そんな思いが、自分をどんどん追い詰めていく。そうしてある日

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学校に居場所なんてなくていい。高校生のきみへ

学校に居場所なんてなくていい。高校生のきみへ

高校生のとき、私は生きるのが苦しくて苦しくて仕方なかった。特に、いじめられていたわけでも、勉強が極めてできなかったわけでもなかったが、学校がしっくりこなかった。
友達のことも、先生のことも、好きではなかった。ただ便宜上、私は学校にいた。

もしかしたら、私と同じようにそんな不具合を感じながら通い続けている高校生がいるかもしれない。そんなことを思って、「#8月31日の夜に 悩める10代ヘの投稿を募集

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SOSを出してくれて、ありがとう

SOSを出してくれて、ありがとう

「死にたい」と思ったことがある人は、どのくらいいるのでしょうか?

そういった感情を抱いたとき、精神科へ行くのはもちろん有効な手段のひとつです。しかし、それだけでは改善されない生きづらさもあります。

そんな生きづらさと向き合う活動をしているDr.ゆうすけさんにお話を伺いました。

誰かの「死にたい」に向き合うのがライフワークDr.ゆうすけさんの本業は内科医ですが、ライフワークとして、顔と本名を公

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幸せって、
自己実現することではなく
自己一致することだ。
自分の中のいい部分も醜い部分もひっくるめて
自分の言葉で語ることができれば
幸せだ。
刻一刻、成長したり、しくじったりしながら
どんな人間なんだって自分に問い続けることが
自己一致ではないかな。

生きることってめんどいよね

寝てばっかりもいられないし

動いてばっかじゃ疲れちまう

時間は止まってくれないし

なんか食わなきゃ倒れちまう

病気になりゃ痛いし苦しい

歳ばかりくってなんの進歩もない

でも生きてることしか知らないんだよね

俺たちゃ生きることしか能が無い

人生を上手く生きるために①

人生を上手く生きるために①

何が正しいのかは分からない

ただ、同じパターンで生活を繰り返し、人生を過ごすことには注意をする必要があるかもしれない。

昔の友人に会うことも無駄ではない。
他職種の人と交流することも重要かもしれない。

人は、なかなか自分の位置を正確に把握することが難しい。
もしかすると不利な労働条件で働かされているかもしれないし、かなり狭い領域でしか活躍していないのかもしれない。
恋人をつくったり、結婚する

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ひとりよがりのポンコツ野郎

ひとりよがりのポンコツ野郎

それは
「ちゃんとしなくちゃ」といった、ごく当たり前のような自覚がキッカケでした

結婚して父親になり、子育てをしていく上でどう生きて行くべきか?

家族のために、そして社会のために、どういった振る舞いをするべきなのか?

自分にとっての大した正義も見つからず、また今までの"体たらく"とも言える生活の反動で僕は「正しいこと」、もとい「正しいであろう事」を心がけるようになります

よし、そのついでに

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