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『忘れもの』 【最終話】 「忘れもの」
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森の入り口を案内するように、シロツメクサが元気よく咲いている。
子供の頃、春の森が好きだった。
花の匂い、鳥の声、風に吹かれて草木が揺れる音。
その全てに色があり、華やかだった。
「変わんないなぁ」
アシナガの森に立ちながら、葉山ヒカルはひとりつぶやいた。
森には春の陽が放射線状に差し込み、まるで光のシャワーのように草木に降り注いでいる。
その昔、神武天皇がこの
『忘れもの』 【第8話】 「仮面」
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「葉山さんは八王子のお生まれですかぁ。わしも若い時にはしょっちゅう東京に遊びに行きよったとですよぉ。八王子いうたら、北島のさぶちゃんが住んどるっちゅうてねぇ。わしも一度は住んでみたかぁって思いよったことがあったとですよ。都会は面白か場所がたくさんあるっちゃもんねぇ。うらやましかとですよぉ」
岡崎産業の社長、岡崎勤は肩を上下に揺らし、大笑いしながら、葉山ヒカルと支店長代理の飯塚にお
『忘れもの』 【第7話】 「光と影」
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顔をゆっくりあげると、涙がレンズのように瞳を覆った。
絵の具を水に垂らした時にできるマーブル模様のように変形した空が見える。
まるで水の中から眺めているようだとノエルは思った。
しばらくこのまま眺めていたいと思ったが、まばたきすると、涙はポロポロと粒になって落ちていった。
スギゴケがノエルから流れ落ちたしずくをキャッチしたらしく、かすかに葉っぱのタップする音が聞こえた。
『忘れもの』 【第6話】 「追憶」
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駅舎がだんだんと大きく近づいてきた。小刻みに揺れていた電車は、ポイント切替のところで一瞬上下に跳ねた後、ゆっくりとプラットホームに向かって徐行をはじめた。
車窓からは街のずっと遠くまで、立ち並ぶ建物の全体を見渡すことができる。
高層ビルの隙間を縫うように走る首都圏の電車から見える景色とはあきらかに違うものがそこには広がっていた。
青く澄んだ空の先は、弧を描きながら視線の遠く
『忘れもの』 【第5話】 「芽吹き」
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足元はぺんぺん草の緑と白でにぎわっている。
アシナガの森も新たな季節の到来に心が踊っているようだとノエルは思った。
切り株の椅子の周りを覆うスギゴケの絨毯にも色とりどりの模様がそれぞれの芽吹きに合わせて頭を出した。
冬の寒さを耐え抜いた植物たちは、春になると勢いよくその芽を伸ばし、太陽の光を身体いっぱいに浴びる。押さえていた感情をぱっと開放するように咲く花々には、待ってまし