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映画『アナログ』をみる。

タカハタ秀太監督、話題の最新作。今季ベスト候補。ヤバいのが来ました。

ビートたけし初の同名恋愛小説が原作。後にピース・又吉直樹との対談企画「笑いと純愛」の中で、本作が芥川賞作『火花』に感化されて生まれたものだったこともわかった。そういうたけしさんの青くてメラメラしてるとこ、嫌いじゃないですよ。実はこれがラブストーリー初主演作となる二宮和也。近年では軍服を身に纏うイメージの強かった彼が、現代劇へ堂々の帰還。

デザイン会社に勤める主人公・水島悟はある日、高校時代から幼馴染である高木・山下と自身のデザインした喫茶店で待ち合わせることに。そこで彼はみゆき(波瑠)と名乗る女性と知り合う。携帯電話を持たない彼女とは、毎週木曜日に、この店でだけ会うことを許された。二人は次第に惹かれ合い仲を深めていく。遂にプロポーズを決めた水島はいつもの店で、彼女を待った。

ところがいくら経っても、みゆきは店に姿を見せない。たちまち大阪転勤が決まり、すっかり肩を落としていた水島の元へ高木と山下がある重大な事実を手に駆け付けて…絵に描いたような"想定外"も"大ドンデン返し"もない。ただただ、純愛を貫く男女の姿を真正面から描く120分間。鑑賞当日の男女比は1:99。泣き虫おじさん単騎。ニノのファンは後ろの席から詰めて座る。

やはりニノの真骨頂といえば純愛モノ。倉本聰原作『優しい時間』(2005)が脳裏に焼き付いて離れません。北野武ではなくビートたけし像を追求したと語る役作りの部分にも、随所で才能が光っていた。喋り方がもうたけしさんそのものなんですよね。特にお酒の入ったシークエンスは脅威のシンクロ率で、もう思わず首を傾げながら笑ってしまった。たいへん恐れ入りました。

実はもの凄く照れ屋で、恥ずかしそうに遠回しに、プラトニックな愛情表現を貫く。でいてごくごく自然に女性を立てることができる人。主宰の考えるたけし像がこれでもかと凝縮されていた。キスシーンの一切ない純愛映画、「寒いから帰ろうか」がI love you.に聞こえてくる不思議。言葉少なに七色の涙で観客へ訴え掛ける終盤の流れは壮絶、啜り泣きくらいじゃ済みません。

たけし映画に対する深い敬意が感じられる点も、今作の純度を高めている。例えば淀川長治がその昔『その男、凶暴につき』を"足で、足で、足で、走り回る映画だ"と評したのを思い出す。都会のビル群を敢えて「人工物」として縮小模型さながらに描く演出もニクい、非常に温かい質感でした。主人公・水島の大阪転勤が決まっても、飛行機や新幹線に乗り込む場面は一切ない。

とことん足で歩く映画。だからこそタクシーが重要な伏線として機能した。

夜の浜辺に佇むシーンには『あの夏、いちばん静かな海』でみた湯河原海水浴場がオーバーラップしましたし、昼と夜で内装が変わる新店舗のデザインを絵の具塗りで表現したのはきっとアレ『HANA-BI』なんだと思いますよ。長回し即興芝居で話題の焼き鳥屋のシーンにさりげなく「芝浜」のワードを忍び込ませたのも恐らく『赤めだか』オマージュだったのではと想像する。

また通り一辺倒なアナログ至上主義/デジタル批判に終始せず、両者が溶け合える世界線を探していたのも◎。喫茶店「Piano」の名前もまた白鍵と黒鍵が折り合うことで調和を生み出しているのだという含意だったか。至る所に「青基調」の色遣いがみえたのはそうした冷静さを促すため、あるいは北野ブルーへの敬意からか。色んな想像を膨らませながら複数回鑑賞させる1本。

スマホも登場しますが、あくまで通話ツールとして用いられていて印象的。

どら焼き=月のメタファーという読み筋は果たしてどうでしょう。それともドラえもん?たけしさんはお気にのどら焼きをよく現場に差し入れるそう。 一口食べると欠ける=つまり「満ち欠けする/不完全なもの」の象徴かも。
あるいは太陽の光を反射し、誰かを照らし、また照らされるというメタ?? どうやらクリスマスツリーのシーンにも繋がってくる部分がありそうです。

あるいは賛否渦巻く"Vlog風"なぶつ切り編集に関して。若い世代の観客達を取り込んでいこう的な試み、みたいな片面的な考察ばかり並んでいますので何かこう違った角度から横槍入れときますね。つまり映画がまだ「アナログテープ」だった時代にはこうして継ぎ接ぎしながら編集したもの。幸せな水島とみゆきの時間をホームビデオみたいに温かく映し出そうとしたのでは。

波瑠さんって実はイタズラ好きな面をお持ちなのでは、と感じさせる非常にナチュラルな表情が魅力の"手打ち蕎麦屋を探す"シーンを今回はオススメ。とにかく脇役まで完璧なキャスティングなので、なんちゃって演技論なんぞ語り出すとホントキリがないのですけれど。特に原作ファンを公言していた板谷由夏さんのお芝居は、ずば抜けて解像度の高さを感じました。

冒頭の食事シーンから心掴まれてください。ぬか漬けがめっちゃ美味そう。 

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