#エッセイ
「いってらっしゃい」に添えるもの
「いってらっしゃい。気をつけてね」
母は私が出かける時は必ずそう言って、私を見送ってくれた。私は角を曲がる時、絶対に振り返ると決めていた。
だって母は、私が見えなくなるまで、手を振ってくれていたから。
🚶
「なんで、昨日のうちに準備しとかんと?」
「うるさい」
「ギリギリになったらお母さん遅刻するやん。早くして〜」
「ちょっと待って! すぐ終わる〜」
「頼みますよ。早くしてくださ〜い」
子育ての成功とか失敗とかかんたんにいわないでほしいから
「とてもいい学校に受かったと聞きました。
いい子育てをされたからの結果だと思います」
そんなSNSのコメントを見て、強烈な違和感を持った。
違和感は二重にあった。
ひとつは、「いい子育てをされたから」「いい学校に入った」。
それは「いい学校に入ったから、いい子育てをした」ということ?
いい子育てはいい学校に入ったら、できたことになるのか・・・という違和感。
もうひとつは、その書き込みをした
人生を変えた「鉄の棒」
「今までの人生の中で一番のターニングポイントとなった出来事はなんですか?」
ともしも誰かに聞かれたら、私は迷わず、
「鉄棒です」
と答える。
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小学1年生のある日、体育の授業で鉄棒をすることとなった。横一列に並ぶ鉄棒を前に生徒が並ぶ。順番に、「つばめ」という技から練習に入る。鉄棒を両手で持って、自分の体を持ち上げ、上体をやや前傾に保ち、まるで燕が飛んでいるかのような格好をすること
まるちゃんとアン-#思い出のマンガの一言
朝一の白湯が日課の私。
寝ている家族を起こさないよう
そーっとお湯を沸かし。
間仕切りを外してワンルームにしてしまった
厳しい我が家の住宅事情ゆえ
暗闇の中、心カウントで熱湯を注ぎ
さ、運ぼ、と思ったら
・・・あ”っつ!!!!!!!!!😳
知らぬ間にぎりぎりまで攻めていた熱湯。
ボーダーライン超えて、指を奇襲。
必死の形相で、絶叫をかみ殺しました。
そんな朝の食卓。
私「もーほんまに
別れるとき、さくらは流れた
冬は、リビングに駆け込むと、いつも石油ストーブのムッとするような独特の香りが漂っていていて、わたしはこれが特別に好きだった。
実家で過ごしていた頃の話だ。
母は働きに出てはおらず、1日のほとんどをこのリビングで過ごしていた。
娘のわたしが帰ると、必ず玄関まで迎えに来てくれる。
「寒い!寒い!!」
と慌てて靴を脱ぐわたしに、
「おかえり。お部屋あったかいよ」
といつもリビングの扉を開けて招き入れて