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【小小説】ナノノベル

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短いお話はいかがでしょうか
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#小説

イレギュラー・ミッション

イレギュラー・ミッション

「アテンションプリーズ。個別のインスピレーションをコネクションしてジェネレーションを正常にセットした後、可燃性フラストレーションをポゼッションによってシミュレーションを完了させてください」

 要求が高いな。僕にはそこまで理解できない。ビニール傘は未開封のまま整列している。スポティファイはエラーなく再生されている。しかしこのままでは行き詰まることは想像できる。やるべきことはとても多い。わかってはい

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哲学がいっぱい

 私たちはそれぞれに好きなものを注文した。
「中華そば」
「私も」
「ご注文を掘り起こします。あなたは塩ラーメン、あなたは味噌ラーメン。自分と何かを結びつけることは生きる基本です。あなた方は正しい。だけど、あなたは中華そば。そして、あなたも。あなたも? 待ちなさい今何と言ったの? まさかあなたも中華そばと? あなた! あなたとあなた、全く同じであることはできないわ。ここで生きていくためにはそれぞれ

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天国への道

天国への道

 僕を置いて誰の幸せも来ないだろう。だから、僕は何としても加わる必要があった。世界よ見るがよい。僕の働きを見届けるのだ。

「銀よ動くな! 今更遅い」

 角さんが進み出ようとする僕の動きを止めた。君がいなくても世界は回る。そのようなことを言い残して、敵陣に飛び込んでいった。一足で向こう側へ渡れる角さんのことが羨ましかった。だけど、言う通りにしよう。現在地は、世界の中心からあまりに遠くかけ離れてい

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きき感覚

きき感覚

「一口に酒類と申しましても、これはもう皆さんも十分ご承知のように、ワインから始まりまして、と言ってもこれは始まりは他にあるという声もあるところですが、また種々の酒類がもたらす効果についても自由研究の枠を超えて、これまた世界中から様々な知見を集めてそれに当たっているところと聞いております。いずれにしろ、そうしたことをミックスして得られる快楽や危機的な状況へとつながる高揚感を持ったカウンターを注視して

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パラレル・ユニフォーム

 おりこうにしていると予定より早く世間に出られることになった。久しぶりに歩く街はまるで未来社会のように感じられる。世の中の動きにすっかり乗り遅れてしまったようである。おじさんがサッカーの試合につれていってくれた。今は2021年だった。

チャカチャンチャンチャン♪

「えっ? なんでオリンピックなの? 奇数年なのに」
「黙ってみんかい」
「なんでなんでちゃんと説明してよ」
「何もわかっとらんようだ

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逃げる王様

逃げる王様

「王手!」
 おじいちゃんは耳が遠かった。ちゃんと大きな声で言わないと王手を手抜いて攻めてくるから大変だ。

「王手!」
「ふー」
 おじいちゃんが苦しそうに息を吐いている。だけどなかなか捕まらない。おじいちゃんの王様は大きく見える。

「王手!」
 ずっと僕の攻めのターンだ。王手は追う手だと言う人もいる。だけど王手の誘惑にはかなわない。玉は包むように寄せよという格言もある。そんな風呂敷みたいな真

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風の棋士の拾い将棋

風の棋士の拾い将棋

「もういいや」
 また勝利の女神に振られてしまった。駒を投じるのも腹立たしい。しかし、私の力ではもはや挽回不可能。私は局面をまるまる道に投げ捨てた。棋理にもマナーにも反することはわかっていた。つまり、私はどうかしていたのだ。横たわる人間でさえも容易く見過ごされる街なのに、誰かが私の負け将棋を拾い上げた。

「まだ指せる」
 風の棋士は言った。道の上で指し継ぐ内に対戦者も戻ってきた。私はもはや助言で

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モブ&ピース

 大工が釘を打てば猫が駆けてくる。先生が「レ」を弾けばレモンを持った子供たち。花屋さん、八百屋さん、牛に、狢に、桃太郎。猿はライオンに乗ってやってきた。演技指導はいらないよって。不思議とみんなの呼吸が合っている。キリンがくる。シマウマがきた。馬はレースを抜け出して。みんな陽気に歌っている。みんな素敵に踊っている。

「あの二人の幸福のために」
(二人の幸福を中心に平和が築かれる)
 歌と踊りの力は

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ピュア・マスター

 初恋が成就することは希だ。若さ故の未熟さ、思い上がり、空間と感情のすれ違いに阻まれて、純粋であったはずのものはいつしか無惨に砕かれてしまうのが世の常だ。すれ違いは世の中の至る所に存在する。街のちっぽけな酒場だって例外じゃない。

どうして自分だけ……。多くの者が同じように思う。思うものは思う時に手に入らないものなのだ。本命はかなわなくてもそれに似たものならまだ存在する。笑顔で迎え入れれば上手く事

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人生レポート(ゆらぎ星)

 誰にでもできる簡単な作業だった。単純な謎解きと確認。軽くレポートを書き上げるくらいのこと。ちょっと行って帰るくらいのこと。
 ほとんどは予想の範囲を超えるものはないだろう。当たり前のことを当たり前に報告するまでだ。ある意味これはつまらない仕事だった。つまらないとわかったものを、つまらないと確かめるだけなのだから。
 レポートは順調だ。時々、ペンの運びが重く感じられる。この星の重力に少し戸惑いを覚

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和食レストラン(肉じゃがと四間飛車)

和食レストラン(肉じゃがと四間飛車)

 久しぶりに和食が食べたい気分だった。普段なら行き当たりばったり飛び込むような真似はしない。スマホを持ち始めてからというものすっかり冒険心をなくしてしまった。予め近くの店を検索してそれなりの評価を集めるものに狙いを定め、あらゆる条件を確認してから実際に足を運ぶ。確かにそれなら大きな失敗は少ない。しかし、昔はもっと違った楽しみがあったようにも思う。(ハラハラしたりときめいたりわからないからこその出会

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真夏の逃亡者

 店内に流れるJポップにうっとりとして足を止めた。漫画本を手に取ろうとすると透明なフィルムに包まれて開けないようになっていた。チョコレートとラーメン(ニッポンに来る時から楽しみにしていた)を手にしてレジに急ぐ。5人ほど並んでいたが、スタッフの見事な連携プレーによって瞬く間にさばけた。レジ前に置かれた奇妙な一品に思わず手が伸びる。

「ありがとうございます!」

 どこまでも行き届いたおもてなしの精

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ポッポ店長スタイル

 あまたなる店長が店を守ってきました。お店の歴史は店長の歴史でもありました。皆様覚えておいででしょうか。あの口笛吹きの店長を。あの土下座の店長を。どうぞお忘れくださって結構でございます。主役はあくまでも皆様お客様方なのですから。

 いらっしゃい、いらっしゃい、いらっしゃい、いらっしゃい、いらっしゃい、いらっしゃい、いらっしゃい、いらっしゃい、いらっしゃい、いらっしゃい、いらっしゃい、はい、皆様よ

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パワハラ・ラーメン体験記

 あれは私が働き始めて間もない頃でした。お昼休みに会社の人に連れられてラーメン屋さんに行きました。近所では割と有名な豚骨ラーメンの店でしたが、私はその時が初めての来店でした。席に着いてゆっくりメニューを見ようとしていると、せっかちな部長がぽんぽんと勝手に皆の注文をしてしまいました。強面の部長ということもあって、誰も文句も言えず従うしかありませんでした。

「お待たせしました。豚骨ラーメン全のせ特盛

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