哲学がいっぱい

 私たちはそれぞれに好きなものを注文した。
「中華そば」
「私も」
「ご注文を掘り起こします。あなたは塩ラーメン、あなたは味噌ラーメン。自分と何かを結びつけることは生きる基本です。あなた方は正しい。だけど、あなたは中華そば。そして、あなたも。あなたも? 待ちなさい今何と言ったの? まさかあなたも中華そばと? あなた! あなたとあなた、全く同じであることはできないわ。ここで生きていくためにはそれぞれに別の主張が必要になります。私はこれだ!というものがなければ生き抜くことはできないのです」
 私たちは店を追い出され、それぞれに独りになった。

 誰も傘をささずに歩いていた。それなりに感じられる雨が降っているのに。数だけではない。人間はAIとは違い流れを重視する。街の様子から思うに、これは上がりかけた雨なのではないだろうか。散々降った後では、もはや傘をさすほどの雨ではなくなったのだ。(みんなさしていないのだから)それに同調傘力が入り交じって、みんな濡れながら歩いて行くのだ。私は逆らうことができるだろうか。細い雨に打たれて歩く内に、だんだん私もこの街に抱き込まれて、チャンスは少なくなっていくようだ。もしも、これが今降り始めた雨だったなら、誰だって傘を開くはずだ。上がりかけた雨は、ずっと上がり切らずに力を保っている。

どれほどの雨ならばあなたを止めてくれただろう
何も持たずにあなたは出て行ってしまった

 落下する気配を感じた。咄嗟に伸ばした手が微かにタッパーに触れる。つかみ切れずに逃した。その直後に高い音がした。流し台にあった茶碗が割れた。茶碗はずっとその場にいただけで、完全に被害者だった。落ちてきたタッパーとの衝突によって割れたのだ。けれども、一連の事故に私の手は関与したのではないか。受け止めようと伸ばした手が微かに触れることによって、勢いは増したのではないか。角度がついて方向が変化したのではないか。もしも、私が手を出さなければどうなっていただろう……。
 よくあることさとグラスは澄んだ口調で言い、また別のを買えばいいとナイフは夜をさすように言った。

「茶碗でよかった」
 お玉が他人事のように言うので私は少し腹が立った。




#哲学 #ラーメン #雨 #小説

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