マガジンのカバー画像

【小小説】ナノノベル

326
短いお話はいかがでしょうか
運営しているクリエイター

2020年10月の記事一覧

弟のミッション(森のパズル)

弟のミッション(森のパズル)

「森はみんなあんたに任せるから」
 任せるという言葉の響きに僕はだまされてしまう。
 こんなことは前にもあったぞ。

チャカチャンチャンチャン♪

 任務があるのはわるくないものだ。
 任せなさい。
「こういうのあんた得意でしょ」
 流石はよくわかっている。
 姉は人との交流が得意分野。
 僕は目の前のミッションに向き合うまでだ。

チャカチャンチャンチャン♪

 深い緑に淡い緑。
 とは言え緑ば

もっとみる
猫の目の404

猫の目の404

 noteを開こうとする度に、繰り返し問題が発生していた。ジョギングに行き、お風呂に入り、アイスを食べて、改めてアクセスを試みる。時間をずらせば、多くの問題は解決する。
「繰り返し問題が起きたためジャンプします」
 飛ばされた先は庭だった。猫がいる。
(ちょうどよかった)
 404美術館に出展する絵を考えていたところだ。

 猫は動かない。僕はまだ筆を取らない。まだ今ではない。猫はじっとこちらを見

もっとみる
十月の旅人

十月の旅人

 包まれたいのか、解かれたいのか、どちらなのか。昨日とは違う今日の中をずっと歩いていた。夕べとは違う朝の中に戸惑い、昼間とは違う夜の中をさまよった。他の人はどう? 丈の長いものを纏う者、まだ広く肌を晒している者。じっと様子をうかがう者、どこまでもしがみつこうとする者。指を絡ませ合っている者、独り立つ者。あの人は? 道行く人の姿が気になる時ほど、自分の心が定まっていないのだ。わからない。何もかも自分

もっとみる
株コーディネーター(善と悪の闘い)

株コーディネーター(善と悪の闘い)

 悪はこの世からなくならない。(いいえ。この私の中からさえも決してなくなることはないだろう)だけど、悪によってこの身を滅ぼされるのはごめんだ。私にできることは少しでも善の力を引き出すこと。そうして何とか世界のバランスを保ち、自分という存在を維持するのだ。
 善なる蓄えを増やすため、私は限られた資金をかき集め株のコーディネーターを頼った。

 彼女は注意深く私の顔色を観察した。それから腹の中を探るた

もっとみる
コースを飛ばせ

コースを飛ばせ

「前菜のサラダ、秋風添えでございます」
「いただきます。ごちそうさん。
おーい、食べたでー!」

チャカチャンチャンチャン♪

「前菜のポタージュ、秋の虫の哀愁添えでございます」
「いただきます。ごちそうさん。
おーい、食べたでー!」

チャカチャンチャンチャン♪

「前菜のフォカッチャ、秋の企みを込めてでございます」
 順々に出しやがって
 プログラムか!
「おーい! おーい!」

チャカチャン

もっとみる
夏の残像

夏の残像

 麦藁帽が並んでいた商品棚は、今はもうかぼちゃのオブジェであふれていた。熱狂の蝉たちはもういない。替わって到着した虫たちが秋のクラシックを奏でている。十月の旅人が、クーポンを握りしめて街をさまよい歩いている。
 素麺の包装がキッチンの隅で泣いていた。買い溜めした蒟蒻ゼリーも、まだたくさん余っている。「もっと夏は続くもの…」(夏は暑く長いもの)と思っていたが、気づいたら終わっている。何度終わりを経験

もっとみる
大河ドロップ

大河ドロップ

 自然はどこまでも美しい。
 人の手が加わってなおも美しくなるようであり、飽きることはない。ずっと見ていられるということは、そこに幸福が備わっているということだ。ならば、それ以上に求めるものは何もない。主体的に何かを生み出すこともなく、偉大な人たちの作ったもう一つの現実の中に自分の魂を投じてしまえばいい。その時、私は私でなくてもいい。(そもそも私などちっぽけな存在にすぎないのだった)物語の中に凝縮

もっとみる
新桃太郎仮説

新桃太郎仮説

「桃太郎を覚えてる?」
「勿論。昔話の名作だよ」
「実は桃太郎は半分以上子守歌なんだ」
「歌なんかあったかな」
「最初に桃が流れてくる。
テーマソングに乗って
どんぶらこ♪ どんぶらこ♪
この節がメインなんだ」
「そうだっけ」

「どんぶらこ♪ どんぶらこ♪
どんぶらこ♪ どんぶらこ♪
どんじゃらけ♪ どんじゃらけ♪
どんぱんぱん♪ どんぱんぱん♪
どんぶらこ♪ どんぶらこ♪
どんびゅらこっこっこ

もっとみる
若者の復活

若者の復活

「地球に帰れない?」
 事情ははっきりとは説明しにくいようだった。アナウンスは次の目的地へと私たちの意識を向けようと努めた。
 火星は常にウェルカムな星だ。そして、いずれは私たちが向かうべき場所ということはわかっていた。それでも私が地球ですごしてきた時間のことを思えば、少なくとも自分は無関係なのではと思っていた。帰らないという現実を簡単に割り切ることは難しい。置いてきた友、約束、絆があまりに多く感

もっとみる
モダン蒲鉾

モダン蒲鉾

 前から現代人が歩いてくる。手の中の蒲鉾をフューチャーしながら、こちらに向かっている。世界をぎゅっと詰め込んだ最新の蒲鉾。見知らぬ通行人なんかより、その蒲鉾はずっとずっと大事だ。風が吹いても、道が折れても、蝶が舞っても、月が揺れても、現代人の関心は、ずっと蒲鉾の光に釘付けにされている。

(死んでも離さない)

 ぶつからないように予め進路を読んで安全な距離を取る。けれども、読みの範囲にない怪しい

もっとみる
ナノ・スペース(猫の飛び入り)

ナノ・スペース(猫の飛び入り)

 夕暮れの観戦記者のあとについて猫は対局室に紛れ込んだ。極限の集中が高まる室内では野生の息吹が見過ごされることがある。人間の日常にあって見落とされがちなスペースの中に優れた心地を見出すこと。それが猫に託された新感覚なのだろう。
 堂々と配置された本榧の将棋盤に隣接された小さな塔に猫は狙いを定めた。ちょうど人間の指が動いて金銀をそっと寄せた後だった。

「ここ空いてますね」
「そこはちょっと……」

もっとみる
幽霊階段

幽霊階段

 階段の下で幽霊は腰を下ろしていた。一年かけて入念なメイクを重ねてきたのに、一度も出ない間に夏は終わってしまったという。昨年の夏、出た瞬間に笑われてしまったことがよほど堪えたらしい。現れるに足りないとみられた自分には価値がなく、まずは第一印象からの再考を迫られたのだと言う。「結局、トラウマに打ち勝てなかった」意気込みすぎて出るべきところで出られなかったと言う。夏の終わりは、自分が一番よくわかってい

もっとみる
麒麟を描く(伝説のペン)

麒麟を描く(伝説のペン)

 多くの人間を描いてきた。数え切れないほどの猫を。世界中の野生動物をずっと描き続けてきた。そろそろ次のステップに踏み出してもいいかも……。そんな野心が私の中に芽生え始めると日に日に膨らんでいき、ついには抑えきれなくなった。無数の猫を描いた経験があっても、麒麟を描くとなると話はまるで違ってくる。同じような姿勢ではその輪郭さえも捉えることはできないのだ。
 私は噂を頼りに伝説の洞窟へ足を運んだ。
(す

もっとみる
スロー・ノベル(AIライター)

スロー・ノベル(AIライター)

 僕は現代小説家。数年前から、ほとんど書くことはなくなった。僕はまず自分の頭の中で書きたいもののイメージを膨らませる。ここにほとんどの精力を傾ける。そして、AIライターに伝える。あとは少し待てば作品ができあがる。僕はそれをざっと見て気になるところに付箋を貼る。それから、イメージのズレを伝え書き直してもらう。その工程は何度か繰り返され、だんだんと自分のイメージに近づいていく。AIライターとの粘り強い

もっとみる