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【きまぐれ更新】Leony letter

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こんにちは、親愛なるnote住人のみなさん。 きまぐれ更新のLeony letterです。 宛名のないお手紙を書くような気持ちで書いています。よかったら覗いてみてくださいね。
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2022年2月の記事一覧

言の葉の栞

言の葉の栞

ことのはのしおり。
漢字で書くと、なんだか文様のように見える。葉と栞の下はどちらも「木」が入っているし、漢字と漢字の間に「の」が挟んでいる規則性が、文様に見える。

そんな話はおいといて。



私の人生を一冊の本に見立てたとき、ところどころのページには、きっと何百枚もの言の葉の栞が挟まっていることだろう。

言の葉の栞。誰かからもらった印象的な言葉。

何気なく言われて、ずっと心に残っている大

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ベストポジションで

ベストポジションで

戦争がはじまった。SNSのタイムラインがロシアとウクライナと戦争という3つの言葉で埋め尽くされている。

ただでさえコロナで人はぼろぼろに傷ついているというのに、なんで今また戦争を、と思う。政治が〜とか、国際関係が〜という論理的な理由を考えるまでもなく、戦争をはじめたリーダーはもう、通常の思考ができないほどくるっているとしか思えない。

こういう一大事のときには、同じ世界に住んでいるとは思えないほ

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卒業がきまった:さよなら、私の勉強コンプ

卒業がきまった:さよなら、私の勉強コンプ

4年間通ったわせだを、無事卒業できることが決まった。
それも今朝。

今日という日は、私の中でとても感慨深い日になると思う。
だから今日はすこしだけ、あまり好きではないタイプの内容を書いてみたい。感情記録として、今の私を、どうしてもここに残しておきたいと思った。



「おめでとう!今決まるんだね!意外とおそいね〜!」と言われまくった今日1日。この確定時期の遅さはひとえに私の不真面目が原因だ。他

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でも、書く。

でも、書く。

そう言ったのはライターの師匠である古賀史健氏だったか。よく覚えていないが、そんなニュアンスのことをたしか講義の中で言っていたような気がする。

今、ライターの授業ノートをさらっと見返しても見当たらなかった。多分どこかで言っていたと思う。

数日前にふと頭に思い浮かんできたこの「でも、書く。」という言葉が、今も私の中で力強く、なんども響いている。そして助けられている。
とくに冒頭部分の「でも」という

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かわいいひとたち

かわいいひとたち

よく晴れた祝日のきょう、電車の中でかわいいひとたちを見た。いずれもおそらく高校生だ。

1組目は、男女。どちらもノースフェイスのような厚めのダウンジャケットを着ていた。男の子も女の子もベージュダウンだったけれど、女の子が着ているものはラコステのものだった。胸元にワニがみえた。いいなあ、と思ったのは、どちらもかばんを持っていなかったこと。ポケットから携帯をひょいと出して、電車を降りる時もどちらもポケ

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「人生は死ぬまでの暇つぶし」がわかってきた気がする

「人生は死ぬまでの暇つぶし」がわかってきた気がする

「人生は死ぬまでの暇つぶし」という言葉をはじめて目にしたとき、「なんて受け身的で、消極的な考えをするんだ!!!」と思ってすぐにその本か何かを閉じた。腹立たしいと感じたのをよく覚えている。
まるで死を待ち望んでいるかのような、生をつまらないものだと諦めているような、そんなの、生に対する冒涜ではないか!と思ったのだ。

でもなぜか今になって、その言葉の意味がなんとなくわかるような気がしてきた。死を待ち

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夜は短し、SNSに載せない時間を過ごせよ乙女

夜は短し、SNSに載せない時間を過ごせよ乙女

『夜は短し歩けよ乙女』の著者、森見登美彦ではない。誰だっけ、どこかで誰かが言っているのをみたことがある。

「SNSにアップできない夜をいくつ過ごしたかで、その人の人生の深みが決まるんだよ」と。

うろ覚えなので、細かいニュアンスはちがうかもしれない。

ふりかえってみると、客観的に見て「たのしそうな」夜はいくらでもあった。

男女を含めた大勢で集まり、大衆居酒屋を転々としながら朝までお酒をのんで

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カラオケの憂鬱

カラオケの憂鬱

ひとりでカラオケに行くのは好きだ。でもそれが2人以上になると話はまた別。複数人でいくカラオケボックスは、私には権力闘争の場に見える。多分私は歌うことに向いてない。

中高からの幼なじみで、しかも同じ嵐好きの友人と行くカラオケは全く問題ない。歌詞を見ずとも歌える嵐の曲ばかりを、何にも考えずに「一緒に」歌えるからだ。しょっぱなからA・RA・SHIとかHapinessを入れて、ぶち上げればいいだけ。

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あずき飴じゃなくて

あずき飴じゃなくて

あずき飴じゃなくて、シンプルなつぶあんをつくりたかった。ただそれだけなのだ。

3週間くらいずっと、朝からあずきを炊いておだやかな1日をむかえるという計画を立てていた。

あんバタートーストをつくりたくてつくりたくてしょうがなかったのだ。

理由はこの動画を見てからだ。

ナチュラル系なモデル・安藤百花さんのVlog『台所日和』。
百花さんの声といい、お料理といい、お部屋に流れている気のようなもの

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近づけば近づくほど、きらいになる

近づけば近づくほど、きらいになる

この世のかなしい摂理だ。
魅力的なもの、大好きなものを見つけると、限りなく近づき、触れてみたくなること。
そして近づけば近づくほど、だんだん嫌いになっていくこと。「美しいものは遠くにあるから美しい」とはよく言ったものだ。ほんとにその通りだと思う。好きになるために近づいたのか、嫌いになるために近づいたのか、わからなくなっていくあの憂鬱な感じを、何度経験しても慣れない。

私のつたない人生経験から言え

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入れかわり、立ちかわり

入れかわり、立ちかわり

あなたは運命というものを信じるだろうか。

私は信じる。
運命というとなんだか胡散くさいけれど、カジュアルにいえば「縁」。

言葉はなんでもいい。
どんな人生でも、出会うべき人は道の途中でそれぞれに用意されている。人は然るべき時に人と出会い、然るべき時、つまりその人との用事が済んだ時にきちんと別れる。そうなっていると思う。

どんなに求めても、逆にどんなに拒んでも、私たちにその流れを止めることはで

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あぶなっかしいは愛おしい

あぶなっかしいは愛おしい

あぶなっかしい人を、はたから見るのが好きだ。
もはやフェチなのかもしれない。

あぶなっかしい人とは人生の白線の上を歩いているような人だ。天国か地獄かを分けるような、闇と光の境目をギリギリで歩いている人。気が緩めばすぐにネガティブな世界に落ちていきそうなんだけど、なんとなく、この人だったらこれからも闇に落ちていかずに歩いていけるんだろうなあ、と思わせるような人。落ちそうで落ちなくて、ひょんなきっか

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生きることは、踊ること?

生きることは、踊ること?

女性作家の文章が読みたくて、韓国の書き手イ・ランのエッセイ『悲しくてかっこいい人』を読み返している。

はじめて読んだ2年前は、書いている内容に理由のよくわからない嫌悪感をもってしまい、途中で読むのを諦めていた。それ以来、ほこりをかぶって開かれるのをまっていた本だ。

吉本ばなな以外に自分の本棚にある女性の書き手といえば、山田詠美か唯川恵(本当に好きじゃない)しかほぼない。数少ない女性作家の中で気

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高校時代の写真を100枚もらった

高校時代の写真を100枚もらった

韓ドラの『その年、私たちは』をみてから、わたしも高校時代の記録を手元に残しておきたくなった。ドラマの中で、主人公の男女2人は高校時代のドキュメンタリーをテレビ局に撮られていた。
話はその10年後、大人になった彼らの日常を再び追いかけることになるというストーリーだった。

自分のドキュメンタリーを持つ彼らとちがって、わたしの手元には高校時代に撮った写真が全くない。ひとつもない。
受験期に入るタイミン

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