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好きな小説

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お気に入りの小説コレクション 複数話あるものは、そのうちひとつを収録させて頂いております
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#短編

【小説】うたかたも続けば同じ夢

【小説】うたかたも続けば同じ夢

終電間近の心斎橋で境田爽とすれ違った。
四年ぶりだった。
ビルの煌めきが本当は果てしないはずの暗闇に勝っていて、その谷間を土曜の開放感たちが行き交う。
なんとなく視界に入ってきた。三度目のチラ見で確信した。咄嗟に「爽ちゃん!」と呼びたくなって、蓬莱夏樹は閉口する。あの頃の境田が身に付けていたものなど、もうどこにも残っていないように見えた。キミの知らない時間を生きてきました、と言わんばかりに前を向い

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【小説】推しは浮気を許容する

【小説】推しは浮気を許容する

 ある日突然、家賃と光熱費などを折半する同居人が “中退” を宣言した。
「実は最近、付き合い始めた彼女がいるんだよ。だから正直言うと、もう今までみたいに活動できない」
 なんたる腑抜け野郎か。推しが卒業するまでと誓い合った覚悟を忘れたのか。僕は内心、めらめらと激怒した。
「そっか。良かったな」
 表面上はにこにこと承諾した。喧嘩のできない気弱な性格が幸いしたと言える。怒りを露わにすれば、嫉妬して

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短篇小説|ギはギルティのギ

短篇小説|ギはギルティのギ

 ギルがゆるやかにハンドルを切ると、目の前に青い海が広がった。ネモフィラの花畑を思い出す色彩。セリは息を呑み、わずかな時間、苦悩を忘れた。
「ほんとうに、私の頼みもきいてくれるの」
「もちろん」
 約束だからねと、彼は前方を見たまま答えた。車内にはミントの香りが漂っている。
「どこへ行くの。そろそろ教えてくれてもいいんじゃない?」
「もうすぐ着くよ。それに」
「私は知る必要がない、でしょ」
 セリ

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[読切] ジェームス・モルガンのゲーム

[読切] ジェームス・モルガンのゲーム

 ジェームス・モルガンはラザトニア5番通りの古いアパートに暮らす学生だった。

 もうすぐ18歳。
 そうなると義務教育が終わり、そろそろ次なる進路を決めなくてはいけない。

 ジェームス・モルガンの足取りは重かった。

 彼は未だ自分が何をしたいのかまるでわからなかったのだ。

 今日は学生生活最後の “天分試験” の日であり、たった今、その試験を終えて帰宅の途へついたばかりである。

 クラス

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赤と黒 〜僕らが決別した理由

赤と黒 〜僕らが決別した理由

 編集者の中にはベストセラー作家よりも有名なものがいる。いわゆるカリスマ編集者と言われている連中だ。彼らは本を売るために作家の原稿に手を入れ、時としてベストセラー作家に対してさえ書き直させる。そしてそういう連中の編集した本は話題となり、連中はベストセラー本の編集者として本の著者よりも持て囃された。だが、作家としては自分の原稿に手を入れられ、また直接ダメ出しされるのはかなり屈辱的なものだろう。しかし

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【短編小説】涙くんと涙ちゃん

【短編小説】涙くんと涙ちゃん

「見ててな」

藤野は上目で俺を見ながら、人差し指で自分の目頭を差した。そこから、ツー、と涙が溢れ出す。鼻筋を通って、口元まで垂れてきたところで、涙を手で拭う。

俺は、急に泣き出した友人をまじまじと見る。

「まあ、びっくりするよね。これが俺の特技というか、特殊能力」

藤野はテーブルの紙ナプキンで涙を拭き取っている。

「自在に涙を流せる・・ってこと?」

藤野は頷く。

テレビで見るような、

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Isolation、夏の入り口、屋上にて。【2000字改訂版】

Isolation、夏の入り口、屋上にて。【2000字改訂版】

あれは、僕が大学に入りたてで、まだ「学生寮」に入っていた頃のことだ。
田舎の大学だったけど学生寮はさらに田舎にあった。
夜のアルバイト上がり、終バスまでに乗って帰るというプランはほぼ絶望的で、夜遅くに人のいない田舎道をとぼとぼ歩いて帰るのが日課になるようなところだった。
当時、寮にはエアコンがなく、夏になると暑すぎる部屋を出て屋上で風に当たっていたのだけど、周りは山と田んぼばかりだったのでそれでな

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