ばしゃうま亭 残務|小説とエッセイ

短い小説(ショートショート)、エッセイなど ◆しがない広告プランナー ◆note公式コ…

ばしゃうま亭 残務|小説とエッセイ

短い小説(ショートショート)、エッセイなど ◆しがない広告プランナー ◆note公式コンテスト「私らしい働き方」「2000字のドラマ」受賞 有難ぇ! ◆ぼくの文章が、どこかで意味をなしますように

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【短編小説】涙くんと涙ちゃん

「見ててな」 藤野は上目で俺を見ながら、人差し指で自分の目頭を差した。そこから、ツー、と涙が溢れ出す。鼻筋を通って、口元まで垂れてきたところで、涙を手で拭う。 俺は、急に泣き出した友人をまじまじと見る。 「まあ、びっくりするよね。これが俺の特技というか、特殊能力」 藤野はテーブルの紙ナプキンで涙を拭き取っている。 「自在に涙を流せる・・ってこと?」 藤野は頷く。 テレビで見るような、役者さんが役に入り込んで泣くのとはワケが違う。2秒ほどで、蛇口を捻るように藤野は

    • 【超短編小説】 校庭の犬

      朝起きたら、犬になっていた。 小麦色の、痩せた柴犬になっていた。 しばらく困惑して、いったん諦めて、その後にあることを思いつく。 「そうだ、授業中の小学校の校庭に紛れ込んでみよう」 犬になる前の僕は、地味で目立たない三十路男だった。 地味な服を着て、地味な髪型をして、地味な表情を保った。両親と歯医者さん以外に、自分の身の上について語った記憶もない。 どこかで軌道修正しようと思ってはいたけれど、「行けたら行く」くらいの薄っぺらい決心が行動に移されることなんて当然なく、

      • 【23年振り返り】「何も起こらない」を楽しめはじめた一年

        23年、振り返ってみると、変化の少ない一年でした。 22年の前半にnoteのイベントで朗読劇脚本を書かせていただいたりして、そのあたりには何か人生が変わりそうな、激アツリーチに掛かったようなヒリヒリ感がありました。 だけど扉は開ききらず、機会は通り過ぎ、その後は銀玉が繰り返しガラガラ回り続ける日々に戻りました。 左打ちの日常。それが23年になってもずっと続いていた感じ。 良くも悪くも、大きな事件は特になし。 ひとつあるとすれば、シナリオスクールに通い始めました。 そし

        • 【超短編小説】賞味期限切れ

          ある夜、ポン酢とごま油が復讐にやってきた。 玄関に立っていたのはふたり。焦茶色の着物を着た文豪のような小男と、山吹色のパーカー姿をした背の高い男。 「我々が誰か、分かりますか?」 焦茶色の男が、落ち着いた声で尋ねる。 僕はふたりにまったく心当たりがなかったから、いや分かりません、と答えた。 すると、山吹色の男が吼えた。 「はっお前っ、なんで分かんないんだっ!」 焦茶色がそれを手で抑える。 「まぁ、分からんでしょう。その無自覚に我々は怒ってるわけだし」 怒ってる?訳

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        【短編小説】涙くんと涙ちゃん

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        • 門外漢のアート享楽
          4本
        • ちょっと変わった主人公たち
          8本

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          【超短編小説】トンビと揚げパン

          カイトが浜辺を歩いていると、一頭のトンビが岩の上に止まっていた。 トンビは、黒豆のような黒く澄んだ目で、カイトをじっと見ていた。 「すみません、あげぱん、って知りませんか?」 トンビに話しかけられて、カイトはギョッとする。 だけど生真面目な彼は、まずトンビの問いかけに答えようと努める。 「あげぱん?あげぱんって、あの、揚げたパンのこと?」 トンビは答える。 「ぼくはどんなものか知らないんです。兄さんが、一度食べたことがあったらしくて、なんどもなんども、その話をします

          【超短編小説】トンビと揚げパン

          【短編小説】百年の鯉

          鯉は、もの覚えがあんまり良くない。 何が食べられて何が食べられないのかさえ、すぐに忘れてしまう。 徳川の時代よりも昔から続く、由緒ある旅館。その庭園に、庵ほどの大きさの、まあるい池があった。 そこが鯉の世界のぜんぶだった。 綿雪が降るある日、お婆さんと小さな女の子がやってくる。 「おっきい」と、女の子。 「鯉だよ」お婆さんが教える。 「こい」 「そう、鯉だよ」 「おっきい」 「おっきいね」 お婆さんは、池の淵にしゃがみ込んで、鯉をじっくり眺める。 「鯉はとっても長生

          【短編小説】電車わらし

          悠々自適なセカンドライフなんて幻想。 残りの人生が懲役刑のようだ。 男はそう思った。 45年勤めた会社を定年退職したとき、妻に言われた。 「私には私の生活がある。これから毎日家にいられるのは困る」 仕事がなくても、せめて週3日は外出してほしい、と妻に懇願された。 いつのまにか錆びていた夫婦の絆に愕然としたが、波風立てる気にもなれず、渋々、月水金は外で過ごすことにした。 といっても行くところはない。お金もない。だけどせめて屋根と空調は欲しい。 彷徨った末に行き着いたの

          【エッセイ】うちの本棚は、調理具ばかりで食材が少ない

          たとえばこんな料理人がいたとする。 「私は食材にはこだわりません。良い調理器具と調理法、それがあれば良いんです」 一流料理人の中でそういう考えの人っているのかな?いるかもしれん。 だけど、あんまりその人のお店に行きたいとは思わないかも。やっぱり、食材にこだわった料理にお金を出したい。 でも、僕の本棚って、「食材へのこだわりが薄い料理人」に近いのかもしれない。 ふと、そう思った。 うちの棚に並んだ本を見ると、アイデア術、文章術、思考法、マーケティングとかとか…… こ

          【エッセイ】うちの本棚は、調理具ばかりで食材が少ない

          【短編小説】ばあちゃん、鳩になる

          鳩になったばあちゃんがベランダにやってきたのは、妻が家を出ていって2週間ほど経った頃だった。 結婚して3年。1LDKの賃貸マンションでの妻とのふたり暮らし。すぐに子どもはつくらず夫婦の時間をしばらく楽しもう、と言ったのは妻。悪くない新婚生活だった。 ずれ始めたのはいつからか。 「たまには、しょうちゃんも凝った料理を作ってよ」と、ある日妻が言った。 負担が偏らないように料理は交互につくっていた。妻に比べると、たしかに俺の料理は幅が狭かった。だいたい見た目は茶色いし、ソース

          【短編小説】ばあちゃん、鳩になる

          【短編小説】カニ食い夜行

          空一面に雲がかかり、夜空には星も月もない。 夜雲の下には、山のかたちの真黒なかたまりがいくつも連なっている。 山間を縫って、高速道路のオレンジの電灯が、ゆるやかにカーブしながら伸びる。 大きなトラックが、夜の静寂を壊しながら高速道路を走っている。10mほどのコンテナを積んだ長距離トラック。ひとつのタイヤは熊ほども大きい。 運転席には、襟のよれた青いポロシャツを着た中年男。髪は短く刈り上げられて、社名が印字された贈答品のタオルを首に巻いている。 隣の助手席には、小綺麗な

          【短編小説】カニ食い夜行

          【短編小説】外野スタンド奇跡待ち

          「これ、なんやと思う?」 教室の前に立った川上君を、クラスの皆が一斉に見る。 突き上げた右手には、野球の硬式球が握られていた。 「土曜にドーム行ったっちゃけど、3塁側の内野席におったらファールボールが飛んできて……」 川上君はボールをポンと投げ上げ、両手で捕る。「え?キャッチしたと?」 「嘘やん、すご!」 男子たちが続々と川上君の元に集まる。 「誰が打ったやつ?」 「柴原」 川上君が答えると、信者と化した男子連中がドッと湧いた。 そんな中で僕は、自分の席に座ったまま唇を

          【短編小説】外野スタンド奇跡待ち

          【エッセイ】良い文章なんて書こうとするから

          数週間、新しい記事を投稿できていなかった。 2月の投稿はたったの2記事。本格的にnoteを書き始めた一昨年の8月以降で、ワーストの数字。 でも、noteに飽きたわけじゃないんです。 むしろ、「書かなきゃ」も「書きたい」も、依然きちんとあって、なにも書いていなかったわけでもない。 だけどそのほとんどが完成に至らず、noteの下書きフォルダ、あるいはiPhoneメモの中に、歪なかたちのまま放棄されている。 どうやら僕はこのところ、文章を書くことのハードルを勝手にあげてしま

          【エッセイ】良い文章なんて書こうとするから

          【短編小説】配膳ロボの一生

          広島と山口の県境付近、南北に伸びる県道から少し逸れたところに、ロボットが暮らす村がある。 人間のいない、16体のロボットたちが生活する小さな村。 かつて盛り上がったAI産業は、「技術より倫理」という世論の強まりに押されて、2030年頃をピークに下降していった。 そして2100年現在、人の手を借りずに自生するAIロボットは、世界でもこの村の16体のみとなる。 欲を持たず、村から出ることもなく、自然を愛して過ごす優しいロボットたち。 その村と彼らのルーツは、一体の配膳ロ

          【短編小説】配膳ロボの一生

          【短編小説】灯油5.0

          良太は母の言葉を疑い、思わず「えっ」と聞きなおした。 「だからね、灯油、入れてきてくれない?今から」 こたつに入って夕方のスペシャル直前特番を観ていた良太は、赤色の灯油タンクを持った母をまじまじと見た。 「ストーブの灯油がもうないの。お母さん夜ご飯作らないとだし、お父さんもお兄ちゃんも出掛けてるし、りょうくん入れてきてほしいの。むり?」と母。 良太は顔のパーツをぜんぶ中央に寄せて、不快感を露わにした。 灯油というものがどういうものか、10歳になる良太は最近テレビドラ

          【短編小説】月を食べる

          宿屋のドニは、ゴムパチンコのゴムを力の限り引いて、手を離す。飛び出した石は夜空の闇に吸い込まれ、一拍おいて、パシッという小さな音が遠くで鳴った。 「––––たぶん落ちたね」 ドニは、白い顎ひげをさすりながら得意げに笑った。 「え、今ので落ちたんですか?」 目を細めて夜の闇を凝視していたクレールが驚く。 「どれ、見に行ってみようかい」 ふたりはランタンを持って夜の雑木林を進んだ。クレールは、光に寄ってくる羽虫を払いながらドニの大きな背中についていった。 「あったぞ」

          【短編小説】三本の流星

          2026年 男は東の夜空を指差す。 星々の間を縫って、糸のような白線が、右から左へ真横に伸びる。 その少し下に、平行してもう一本。さらにもう一本。 星空にあらわれた三本の流星。 男は、隣に座る女のほうを向く。 「横に平行する三本の線は、"合同"をあらわす数学記号です。僕は貴方と、同じになりたい。同じことで同じように喜んで、同じように悲しんで、同じように幸せを感じたい。この先ずっと。」 葉先の朝露のように女の目頭に涙がたまり、その中に星空が映りこむ。涙の中の星たちは