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【短編小説】週3日投稿

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SF・ミステリー・コメディ・ホラー・恋愛・ファンタジー様々なジャンルの短編小説を週に3日(火〜木)執筆投稿しています。 全て5分以内で読めるので、気になるものあればご気軽に読んで…
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#小説

【短編】『僕が入る墓』(おまけ)

【短編】『僕が入る墓』(おまけ)

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僕が入る墓(おまけ)

 月日が経ち、久保田家の屋敷は再び熱帯夜を迎えていた。昼に蝉が鳴く代わりに、夜はカエルが屋敷全体を賑やかにした。真夜中に聞こえる風の音はまるで魔女が薄ら笑いしているように聞こえ不気味だった。

 女は体を返して仰向けになる。暑さのせいかなかなか寝付けずにいた。隣を見ると、先ほどまでぐっすり寝ていたはずの夫の姿がなかった。いつの間にトイレに行ったのだろうか。と

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【短編】『僕が入る墓』(最終章 六)完結

【短編】『僕が入る墓』(最終章 六)完結

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僕が入る墓(最終章 六)

 外はすでに明るくなりつつあった。まるで久保田家が呪いから解かれたことを祝福するかのように遠い山の稜線から濃い橙黄色の陽が顔を出していた。巫女は疲れ切った様子で、少しばかり屋敷の布団の上で休息をとった。僕も昼夜を通していくつものおかしな出来事を目の当たりにして体は疲労困憊していた。明美の布団の上で眠る巫女を隣に、僕も目を閉じた。

 妙な夢を見た。その夢

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【短編】『僕が入る墓』(最終章 五)

【短編】『僕が入る墓』(最終章 五)

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僕が入る墓(最終章 五)

 巫女は正座のまま床に膝をついて一度に立ち上がった。

「屋敷に戻りましょう」

そう言うと、床に落ちていた清乃の赤い簪を手に取って、裾の中にしまった。

「明美はどうするんですか? ここに残して大丈夫なんですか?」

 巫女は視線を眠った明美の方に向けると、放心して立ちすくんでいた外科医に向かって話しかけた。

「あなたには霊が取り憑かないようです。明

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【短編】『僕が入る墓』(最終章 四)

【短編】『僕が入る墓』(最終章 四)

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僕が入る墓(最終章 四)

 義母は明美の手を握って笑みを返した。明美の手は冷たく筋肉も衰えていた。義母は早く娘が目覚めることを願った。

 部屋の奥で倒れていた巫女は目を覚ますと、なぜ自分がここにいるのかと疑問を抱いている様子だった。あたりの状況を把握しようと首を何度も左右に捻っていた。するとようやく察しがついたようで床を見つめて深くため息をついた。

「私としたことが――、とん

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【短編】『僕が入る墓』(最終章 三)

【短編】『僕が入る墓』(最終章 三)

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僕が入る墓(最終章 三)

「ううううああああ」

 途端に女看護師は喚き始めた。その声がまるで悪魔が看護師に取り憑いているかのようだった。外科医は彼女の上に馬乗りになって体の自由を奪った。

 車が病院に到着すると、巫女は駆け足で病院の中へと入った。僕も義父も義母もその後に続いた。受付に明美のいる手術室の場所を聞くと、三階と返答があった。エレベーターに乗り込むと、三階に近づくにつ

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【短編】『僕が入る墓』(最終章 二)

【短編】『僕が入る墓』(最終章 二)

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僕が入る墓(最終章 二)

 一本道を駆け抜ける白いミニバンの強風によって、穂をつけつつある稲の海が激しく波打つ。あたりはすでに暗く、車の向けるハイビームの先に人の気配は一切ない。そこら中が畑に覆われ、まるで畑を中央突破していくようにミラーに映る。平地に伸びる一本道は永遠と続き、ようやく山道を登り始める頃には全員の緊張は絶頂を超えて徐々に薄れつつあった。義父がハンドルを握り、助手席

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【短編】『僕が入る墓』(最終章 一)

【短編】『僕が入る墓』(最終章 一)

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僕が入る墓(最終章 一)

「そうですか。僕はなんてことを――」

「拓海さんがやったのではありません。実際に手を下したのは太助という男の怨霊です」

「でも――」

 僕は両手をまっすぐ膝に置いて気を落としていると、隣にいる義父が僕の背中にそっと手を置いた。

「君のせいじゃない。ほら、君だって母さんに殺されかけたんだ。悪いのは我々の体に乗り移る霊だ」

 義父の手は暖かかった。

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【短編】『僕が入る墓』(遡及編 十三)

【短編】『僕が入る墓』(遡及編 十三)

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僕が入る墓(遡及編 十三)

 清乃は寝巻きのまま家へと急ぐと、すでに丘の上から天に登る龍のように煙がもくもくと立ちのぼっていた。坂を上がり切ると、家の前には村人たちが大勢集まっていた。そこにはまるで何者かが故意にやったかのように綺麗な円を描いて炎が家を取り囲み闇夜を眩しく照らしていた。

「おとー!おかー!」

 清乃はほとばしる炎を前に膝から崩れ落ち、泣きじゃくりながら叫んだ。

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【短編】『僕が入る墓』(遡及編 十二)

【短編】『僕が入る墓』(遡及編 十二)

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僕が入る墓(遡及編 十二)

 又三郎は家へ戻ると、畠仕事を忘れてそのまま眠ってしまった。目の前にはまた屋敷の光景があった。今度は人混みが多く屋敷の中は活気に満ちていた。自分はその屋敷に住む地主のようだった。おおよそこの村に来る前の記憶が、その過去を忘れさせまいと必死に語りかけているようだった。

 しかし廊下の外から聴こえた叫び声に気を取られ目を離した途端、目の前にいた人間たちは

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【短編】『僕が入る墓』(遡及編 十一)

【短編】『僕が入る墓』(遡及編 十一)

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僕が入る墓(遡及編 十一)

 屋敷での食事は、今までに食べたことのないものばかりが卓に並んだ。奈良漬けの瓜に、マグロとヒラメの刺身。小皿には醤油。そして牛鍋が卓を一層賑やかにさせた。清乃はそれらをどう食べて良いのかわからないまま周りを取り囲む女たちの箸の動きを真似た。

 一人遅れをとって食事を済ませると、皆が一斉に居間からいなくなった。清乃も寝室に戻り、夫の久保田正孝との枕の間

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【短編】『僕が入る墓』(遡及編 十)

【短編】『僕が入る墓』(遡及編 十)

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僕が入る墓(遡及編 十)

 清乃は太助とともに久保田家の屋敷まで来るも、自分が予想だにしなかった現実を受け止めきれずにいた。長い廊下を通り過ぎる間、自分には今まで縁のなかった綺麗な衣服を身につけた女性たちからの冷たい視線が清乃の神経をじわりじわりと蝕んでいった。まるで大勢の面前で裸にされているような心地だった。奥の部屋に通され、しばらくの間用意された椅子にじっと座っていると、太助

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【短編】『僕が入る墓』(遡及編 九)

【短編】『僕が入る墓』(遡及編 九)

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僕が入る墓(遡及編 九)

「娘を?」

 太助は、久保田はんが投げかけた言葉を自分の生ぬるい唾液と共にゆっくりと食道から胃へと流し込むと、そのあまりの腐りように腹痛を起こしそうになった。

「清乃を――、清乃を嫁にもらうっちゅうことですかい?」

「そういうことや」

 たしかに清乃はとうに嫁入りしてもおかしくはない歳ではあった。清乃からは何の色恋も見受けられないために、まだ結婚

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【短編】『僕が入る墓』(遡及編 八)

【短編】『僕が入る墓』(遡及編 八)

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僕が入る墓(遡及編 八)

「この前、京太郎に畠さ買いてえと話したらしいやないか」

「ああ、けど到底おらにゃ払えねえ量やったです」

 太助は恥ずかしそうに久保田はんから目を逸らし軽く口角を上げた。

「あの畠あんたに返そう」

「え? とんでもねえだに――。おら払えねえですよ?」

「わかっとる。あんたからは米も金もいらねえ」

 久保田はんは太助の顔をまじまじと見続けた。

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【短編】『僕が入る墓』(遡及編 七)

【短編】『僕が入る墓』(遡及編 七)

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僕が入る墓(遡及編 七)

 太助の中ではすでに何かを失う覚悟はできていた。それは自分の畠かあるいは、他の者の畠か、はたまた久保田はんとの信頼関係かはわからなかった。しかし婆さんから言われた「家族をのことを考えろ」という言葉に対する太助なりの確固たる答えだった。太助にとって親や子だけでなく、友人や村の住人も家族も同然だった。

 自分の家族の暮らしを良くしたいという思いのもと、村中

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