古森 もの
日々のくぼみとして、思考の記録、日記のようなもの。
ここは、間違いだらけだった————
古森もの のショートショート集です。
拝啓、みずうみへ。 大切なみんなのためにぼくは目とことばを注ぐ 春のみずうみ 桜から伸びる両手を頸にかけ ぼくもぼくとてすこしずつ散る どのように切ってもいいよ…
愛よりも先に、生きるうえでのごく狭量な「正しさ」を学んでしまって、今まで多くの物事を傷つけてきた。それが自覚としてある。妹だったり、かつての親友だったり、相手…
耐えられない、耐えられないと思う。指先が懸命に走る、その原動力がどこにあるのか自分でもわからない。熱い、とにかく熱い。心臓が燃える、頬と額が灯りだす。呼吸が上…
たやすく、たやすくなるために生きてきて、わたしは目ばかりになってしまった。あります、います、ということが恐ろしく、本を読むのは好きだけれど、物語にはなりたくな…
生きていくために、母を縊った。背中から生えた腕が、無意識の海に呼応した、私の強い感情がもたらした、始めての結論だった。その長い指の不思議な膂力のため、母の首は…
人間は、地球が欠けることを知っているのかな、とU-404は思った。打ち上げに失敗したり、金儲けに凝ったり、戦争に夢中になるうちに、彼らはすっかりわたしたちのことを…
空中にふゆうしている僕たちは鳥を鳥だと思わないように 雑踏のなかで寂しい貝になる、それでそれでって続きは言わない 目だけをね、覚ましてしまって僕たちは海岸線にた…
わたしが怖がりなのには理由があって、 それが幼少期の、積み重ねられた経験であることに 違いがないのも知っている。 むしろ、知らないことを恐れるのは いつも大人の方…
真夏を泳いだ先でみつけた、ひとひらの。うるおうことはとめどなく、左右から叩きつける、雨。その中であなたは、お気に入りの歌をくちづさむ。すこし歪んで、調子外れの。…
名前を愛していること。形づくることの麓に、わたしたちは暮らしていて、意識を保つための硬度、それは口に含むと冷たいね。冴えざえとした、はっきりとしたものを自らの光…
つぶさには見えないものに直面するたびに、 自分の見ているものが、信じられなくなることがある。 それは、不安と着地するにはあまりにもおぼつかず、 吐いてしまいそうに…
ほんのりと切った指先から ちいさな金魚がほとばしった 赤黒赤黒とめまぐるしいうずに どきり としながらも 水面が静まるのを つつましやかに 口をあけて待っていた …
ことばに規定されているような気がして、目を覚ました。しろい平野にはもう誰もいらない、「私」すらも。何もつむぐことはできなくて、唯一なし得たことは、つぐまれた口…
空は人の感傷のために 墜落して黄昏やすく 黒猫は不幸にまみれて 魔女に飼われることとなった 自らの肉体にさえラベルを張り ありとあらゆるものが 標本となった わたした…
翡翠の少女が 長髪を涼ませる その 川下に 一輪の花が 咲いた 私がそれを 摘み取り 彼女に見せる と 血色のよい すべらかな舌は 一枚 また一枚 ていねい に 花弁をち…
時折 人はじぶんの影を見つめている そういうとき 人は海のにおいをまとい どこか遠くまで行ってしまいそうな気配に わたしはとても怖くなる 瞳のうちにうろんな火を…
2024年9月8日 16:52
拝啓、みずうみへ。大切なみんなのためにぼくは目とことばを注ぐ 春のみずうみ桜から伸びる両手を頸にかけ ぼくもぼくとてすこしずつ散るどのように切ってもいいよと君が言い ちょきりとずれた夏の遠景おしまいを抱えていつか花束になってしまえる 空が高いねないよりも、あるほうが怖い。わたしたち、だから生きてて夏に似合うね。感情はどうやらぼくを支配したい、頭蓋を脱いで、いま空が高い。
2024年9月8日 15:31
愛よりも先に、生きるうえでのごく狭量な「正しさ」を学んでしまって、今まで多くの物事を傷つけてきた。それが自覚としてある。妹だったり、かつての親友だったり、相手は色々だけれど、生活における弛みのようなもの、横道にそれる不健康さを、かつてのわたしは許してはいけないものだと信じていた。 簡単に言えば、そういう「家庭」だった。必要な話し合いすらうやむやにされてしまうような沈黙による支配、その冷たさ。周
2024年9月7日 20:21
耐えられない、耐えられないと思う。指先が懸命に走る、その原動力がどこにあるのか自分でもわからない。熱い、とにかく熱い。心臓が燃える、頬と額が灯りだす。呼吸が上手くできなくなる。誰が分かってくれなくても、自分はここにいるのだと、ひしひしと伝わってくる。熱を出した時、自分の発する体温で、暖めなおされるようなあの感覚。ああ、わたしは最高に今ひとりだ、この世界はわたしのものだと、白紙を前にしてようやっと
2024年6月16日 23:42
たやすく、たやすくなるために生きてきて、わたしは目ばかりになってしまった。あります、います、ということが恐ろしく、本を読むのは好きだけれど、物語にはなりたくなかった。じゃあどうすればいいの? と考えたとき、もう書く側になるしかないと気が付いた。 そうして、わたしは眼差すことばかりに熱中して、どんどん春みたいに近視が進み、今のこの気持ちだけはせめて、たやすくならないようにしたい、と願っている。
2024年1月26日 10:07
生きていくために、母を縊った。背中から生えた腕が、無意識の海に呼応した、私の強い感情がもたらした、始めての結論だった。その長い指の不思議な膂力のため、母の首は締まるに留まらず、白い壁のせいでずっと無惨に見えた。私の流すものと同じものが、彼女の身体にも流れていたということ。そんな当たり前にようやく気づき、吐き気が止まず仕方なかった。しばらくの嗚咽を、腕は石膏のように聴いていた。慰めるでも、害意をも
2023年10月10日 19:09
人間は、地球が欠けることを知っているのかな、とU-404は思った。打ち上げに失敗したり、金儲けに凝ったり、戦争に夢中になるうちに、彼らはすっかりわたしたちのことを忘れてしまって、音沙汰がない。ただ、果てしない暗闇に放り出された先祖たちの記憶が、時々冷たい水になって耳元に流れてくる。凸凹ばかりの地面に立っていると、それさえも愛おしく思えてくるから不思議だ。彼らはわたしたちを追放し、ここには草の一本
2023年9月3日 22:44
空中にふゆうしている僕たちは鳥を鳥だと思わないように雑踏のなかで寂しい貝になる、それでそれでって続きは言わない目だけをね、覚ましてしまって僕たちは海岸線にたましいを置くけたたましいけたたましさの中にあるたましい掬い取って青いね感情は暴力だよと君が言い、なぞらず崩しているよオリオンむささびが飛んでいる夜に吐いた嘘、今も元気にしてるだろうか黒糖を宝石みたいに食べること羨ましくて
2023年9月2日 08:00
わたしが怖がりなのには理由があって、それが幼少期の、積み重ねられた経験であることに違いがないのも知っている。むしろ、知らないことを恐れるのはいつも大人の方であって、肉体的には抱き留めても心まで、その腕を伸ばしてくれることはなかった。誰かを本当の意味で抱えることは、どんなに大きくなっても、偉くなっても、そうそう簡単に、できることではなくて。ただ、抱き留めはしなくても無口な壁
2023年8月30日 08:42
真夏を泳いだ先でみつけた、ひとひらの。うるおうことはとめどなく、左右から叩きつける、雨。その中であなたは、お気に入りの歌をくちづさむ。すこし歪んで、調子外れの。踵が浮いて、日傘を差す。真新しい音が浮かぶたびに、舌の上でるりが割れる。ぱちり。涙は、白亜紀からやってきた、むかし馴染みの旅人です。
2023年8月29日 06:39
名前を愛していること。形づくることの麓に、わたしたちは暮らしていて、意識を保つための硬度、それは口に含むと冷たいね。冴えざえとした、はっきりとしたものを自らの光として、血流を回している。わたしは風になる。背景としたものが、その他すべてにとっての拠り所だとしても構わない。構わないからなり得た、この体を、今静かに折り畳む。
2023年8月29日 00:25
つぶさには見えないものに直面するたびに、自分の見ているものが、信じられなくなることがある。それは、不安と着地するにはあまりにもおぼつかず、吐いてしまいそうになる言葉をこらえてようやっと、携えられるような。体は、たゆまぬ行進だ。意に反することが出会いの過半数を占めるのに、狂わずにいられるのは安易な意味と、抱きとめるような諦念を覚えてしまったからなのか。潰えてしまいたい夜には
2022年11月17日 20:22
ほんのりと切った指先からちいさな金魚がほとばしった赤黒赤黒とめまぐるしいうずにどきりとしながらも水面が静まるのをつつましやかに口をあけて待っていた * 連日の雨により部屋をぱんぱんに満たしていた空気わたしは眼球をもてあそびぬるい泥にくるまれながら傾斜していくわたし自身を天井にもぐりこんで息をひそめて見送っていた (つとつととそのときだ) つやや
2022年10月22日 21:28
ことばに規定されているような気がして、目を覚ました。しろい平野にはもう誰もいらない、「私」すらも。何もつむぐことはできなくて、唯一なし得たことは、つぐまれた口のなかでつややかな乳歯をあたためること。そしてただ、目の当たりにしている今を。永遠を流れてゆける時が、薄ら笑いを浮かべながら行っては来てを繰り返している。何も知らない代わりに、全てを視ている。爪のフチから透明になっていくのをお終いだなんて錯
2022年7月29日 18:38
空は人の感傷のために墜落して黄昏やすく黒猫は不幸にまみれて魔女に飼われることとなった自らの肉体にさえラベルを張りありとあらゆるものが標本となったわたしたちの世界 人のまなざす瞳はしきりに額縁を持ちより一瞬の意味を撮りたがるそして真実は途端に諧謔的になってしまった このひねくれた少年を手放しに愛で続ける底なしの歓心に退路はなくそれ故に誤ってしまうわたしたちはちょ
2022年6月30日 21:32
翡翠の少女が長髪を涼ませるその 川下に一輪の花が 咲いた私がそれを摘み取り彼女に見せる と血色のよいすべらかな舌は一枚 また一枚ていねい に花弁をちぎっては喉の奥へ しまい込む刹那心臓へ頬の血潮 が燃え移るのを知覚 したどくどく と止まないせせらぎは驟雨の ようで私は血生臭い世界の裏側 をざらついた感触と ともに垣間見た花弁を失く
2022年5月5日 17:56
時折人はじぶんの影を見つめているそういうとき人は海のにおいをまといどこか遠くまで行ってしまいそうな気配にわたしはとても怖くなる瞳のうちにうろんな火を燃やし星を墓標として汽車に乗った少年たちがいたあの子たちの哀切はどこから訪ね来るのかわたしたちを通り過ぎてなおホームには潮騒が響いてその風を通すのは胸にあいた硝子窓どうしようもなく光が透ってゆくのでわたしたちの感傷は