月ウサギは耳で飛べるか?
人間は、地球が欠けることを知っているのかな、とU-404は思った。打ち上げに失敗したり、金儲けに凝ったり、戦争に夢中になるうちに、彼らはすっかりわたしたちのことを忘れてしまって、音沙汰がない。ただ、果てしない暗闇に放り出された先祖たちの記憶が、時々冷たい水になって耳元に流れてくる。凸凹ばかりの地面に立っていると、それさえも愛おしく思えてくるから不思議だ。彼らはわたしたちを追放し、ここには草の一本もない。宙に投げ出され、息をすることもままならなかった同胞は、一瞬のうちに萎んで小さな綿になってしまったと聞く。そんな恐ろしい目に逢ってきたはずなのに、わたしたちは夢見ることを捨てきれなくてここにいる。
初めは、黒いスープの中で呼吸する方法を身につけた。次に、草がなくても飢えない仕組み、外圧に負けない骨格と被毛。そしてついに、体を覆うばかりの耳を大きく拡げ、欠けた「青い月」を眼差している。冬よりも冷たく重たい大気が、わたしたちを包み込んでいる。行ってらっしゃい、と誰かの声が遠くから聞こえてくる、あれはU-502だろうか。無事に着いたらまずはしたいことがあって、それは肺いっぱいに新鮮な空気を取り入れること、そして数列ではない、わたしだけの名を貰うこと。
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