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短編

25
まとまりのない言葉たち。
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秋

夏がいつの間にやら去っていた。
秋はすぐそこってよりかは、
もうそこに、いつの間にか在った。

ちょっぴり寒いだけの夜に、
大好きだったあの人はいない。
涼しそうな風鈴の音は
誰にも必要とされてなくて、
まるでわたしみたい。

おしゃれをしたって、
秋色の爪にしたって、
髪型を変えたって、
好きな人ができたって、

大好きだったあの人には
関係ない話。

あなたが良いと言ってくれた花も
もう枯れて

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後ろ髪

後ろ髪

春が足踏みをしている。

平成が終わるらしい。
新しい元号が発表された四月の頭、
僕たちは新しい道を歩く決意をした。

「元気でね」
とも
「幸せになってね」
とも言わなかった。

なんとなく、もうすぐそこに別れがあったことを僕たちは察していたのだ。

それを恐れて、それより前に僕たちは綺麗な言葉で離れ離れになることを約束した。

左手の薬指には、
彼女が好きな無名ブランドの指環がくすんだ光を反射

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四月

四月

東京はもう葉桜だよ、

そんなことはどうでもよかった。

最終列車に乗り込むのを諦めた。
乗りたくなかった。帰りたくなかった。
明日が休みだからなのか
家に一人だからなのかは考えないようにした。

コンビニで買った缶チューハイはもうぬるくなっている。
大好きな人が恋人がだったころ、
僕は幸せだったかな。
僕は笑っていたかな。
不安はなかったかな。

見ないふりをお互いに続けて、
すれ違いは平行線上

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ごみの日

ごみの日

懐かしい匂いが通り過ぎる。

23歳になって17日が経った。

煙に巻かれた人生の右端で煙草に火を付ける。

ゆらゆら落ちていく現実と灰が革靴を汚したもんだから、舌打ちをして泣いてみたりもした。

春が迫ってくる、
大嫌いな春がじりじりと。

深呼吸、空気をいっぱい肺に取り込んだ。嫌な記憶だけがむせかえるように溢れ出た。

嫌いな人参、
揺れるイヤリング、
葉でいっぱいの桜、
泣き虫なあの子。

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喩

「別れよう」

チェダーチーズの挟まったサンドイッチを頬張りながら彼女はそう言った。

一瞬、内耳でそれが止まったわけだけど
“別れ”を切り出されたことを僕は理解した。

何も言えないまま、緩い時間が過ぎていくのを左手首で感じながらお揃いの指輪を眺めていた。

理由も聞けないままでいると
彼女はサンドイッチを食べきって、おもむろに小説を取り出す。

お皿に落ちた萎れたレタスが僕のようで、
情けない

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トランジット

トランジット

空虚な心の最上階には
漠然とした不安が住み着いていた。

まるで冷え切ったトマト缶をぶちまけたみたいな感情だけ。

赤が散らばって、
酸っぱい匂いが充満する。

専ら、人生は楽しくない。

強かな弱さ、
カビの生えたドーナツの穴。

そんな感じだった。
よく分からないけど、多分そんな感じだった。

“人生とは”、そんなことを考えながら生きる毎日は充実だけが正義みたいだし、丁寧な暮らしとやらは心を殺

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2019年、寒い春。

2019年、寒い春。

踵を潰した。
枯れてゆく花を数えて、
公園の砂場に落ちた寂しいスコップを見つめる。
そんな人生を送っているのが主人公の僕である。

泣き腫らした目と
赤い鼻、
下を向いたまま声を殺していた彼女を
思い出すたびに心がずきずきと痛む。
それでも尚、飄々としながら息をしていた。
なかなか かさぶたにならないこの傷は、
一生治らないんだろうなと、どこかで諦めがついていたのだ。

アイスを買いにコンビニへ

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(仮)の生活

(仮)の生活

懐かしい匂いを辿った、
なんの匂いだったかなんて思い出せないまま、
虚しさだけが心に残る金曜日。

ベランダにはカビの生えたサンダルが腰を曲げて佇んでいた。

「あんたもあたしと一緒ね」

独り言がこぼれ落ち、それと同時にヤカンがうるさくあたしを呼ぶ。
急いで台所に向かい、ガスを止めた。

気取った生活が息苦しそうに喉元を押さえていた。
味もわからないコーヒーを入れながら、
少し焦げたトーストにバ

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飽き性

飽き性

彼がお風呂場にもトイレにも携帯を持っていくようになったのが、去年の冬ごろだった。

気にしないようにしようと思っていたけど
気になるし、そんなちいさなことを気にしている自分が嫌いだった。

煙草の銘柄もあれだけ変えなかったくせに、ころっと変わった。それも同じ頃だった。
その時、彼になんとなく聞いたことがある。

「どうして変えたの?」

彼は無愛想な声で答えた。

「飽きたからだよ」

その時、悟

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日向ぼっこ

日向ぼっこ

暑いアスファルトに転がった光が、
夏を飽和させた。

ビルの隙間を生ぬるい風が横切って、彼女の髪を揺らしてみせる。
僕のほうに振り返った彼女の目は赤くなっていて、僕の人生はそこで焦点が合わなくなったのだ。

あれから3年と2ヶ月、それから17日経過。
何一つ変わらないぼやけた人生に君はいない。

「なんかいいことないかな」

それが口癖になってから、失ったものは多くなったと思った。
それに加えて、

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打撲citypop

打撲citypop

「シティーガールでいたいの」

ティースプーンでレモンティーを搔きまわしながら彼女は呟いた。

そう言った彼女の目は死んでいて、
揺れる目の奥に光は届かない。

気取った喫茶店で
気取ったお洋服たち、
気取った大ぶりアクセサリーに
気取った会話。

20歳らしい青くささが愛おしい。

「へぇ、どうしてなの?」

くだらない返事をしてみたのは同い年の僕だった。

「特に理由はないのよ」

僕の目を睨

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しゅうちゃく

しゅうちゃく

終着した。

ベッドの隅に落ちた情けない姿の下着を履いて、欠伸を1つ。

虚しい朝、シャワーを浴びながら昨夜のことを思い出していた。

彼の左手の薬指に光る指輪を見て見ぬ振りしては、身体を何度も重ねた。
目を瞑る彼が誰を想像してるかなんて考えたくもない。

「先に出るね」

事後、愛を一つも残さずにネクタイを締めながら出ていく彼のシャツには、綺麗にアイロンをかけた跡がついていた。

優しい柔軟剤の

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