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後ろ髪

春が足踏みをしている。

平成が終わるらしい。
新しい元号が発表された四月の頭、
僕たちは新しい道を歩く決意をした。

「元気でね」
とも
「幸せになってね」
とも言わなかった。

なんとなく、もうすぐそこに別れがあったことを僕たちは察していたのだ。

それを恐れて、それより前に僕たちは綺麗な言葉で離れ離れになることを約束した。

左手の薬指には、
彼女が好きな無名ブランドの指環がくすんだ光を反射している。

2人で買った本や雑貨、2人で作った食器。
彼女の好きだった料理の本には醤油のシミができていた。

無理をして一緒にいたわけじゃないし、
特別嫌な理由があるわけでもない。
それなのに2人とも別れを察していた。

きらきらした未来が見えなくなったのはいつからだろう。
僕の好きなあの小説家は引退した。
僕の気持ちを代弁してくれてた言葉たちが散らばった気がしていた。

「これ、もらっていってもいい?」

荷物を片付けながらふいに彼女が呟いた。

彼女が手に持っていたのは、僕の煙草だった。
大嫌いだと煙たがっていた33番の煙草。

「あんなに嫌いだって言ってたのに」

と僕が笑うと彼女は言った、

「この煙草を吸い切るころに、あたし あなたを忘れるから」

カーテンが揺れた、
春風が僕らを一気に寂しさの淵に追いやる。

彼女の目から涙がこぼれるのを僕は_______

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