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飽き性

彼がお風呂場にもトイレにも携帯を持っていくようになったのが、去年の冬ごろだった。

気にしないようにしようと思っていたけど
気になるし、そんなちいさなことを気にしている自分が嫌いだった。

煙草の銘柄もあれだけ変えなかったくせに、ころっと変わった。それも同じ頃だった。
その時、彼になんとなく聞いたことがある。

「どうして変えたの?」

彼は無愛想な声で答えた。

「飽きたからだよ」

その時、悟った。わたしに向けた言葉だったって。

もうすぐ春が来るってのに
心は虚しいだけで、隙間から北風が吹いている。

彼はわたしと付き合っていることを公にしなかったし、恋人がいることさえ隠していたみたいだった。
それはなんとなく気づいていて、その事実を思い出す夜は眠れなかった。

彼はモテる人だし、わたしとは正反対。
だから毎日不安で仕方がない、
嫉妬しながら生きる毎日は窮屈でしかなかった。

彼の女友達からの連絡でさえ、敏感に反応してしまう。
わたしに飽きたら次があるんだね。
誘われたらすぐに行ってしまいそうな彼の不安定さが悔しかったし、寂しかった。
そんな憎たらしいことを心で思いながら。

別に公にしなくてもいいし、
SNSにあげてほしいわけでもない。
ただ、わたしだけだっていう形が欲しかったのかもしれない。
他の人は入る余地もないんだよ、ってのが欲しかったのかもしれない。
そんなわがままを言えるはずはないから、
一年記念の今日、別れを告げようと思う。

わたしより可愛い人、綺麗な人、性格のいい人、居心地のいい人がいる事実が自分の意味を見出せない理由でもあった。

彼の荷物をまとめながら、
彼の好きなご飯を作って、
彼の嫌いなトマト入りのサラダを盛り付けた。

“最後まで憎たらしくてごめんね。
それなりに気づいてたよ。

素直になれなかったよ、ありがとう。

幸せになるなよ、絶対。”

そう思ったと同時に玄関の鍵を開ける音がした。
それがさよなら、の音だった。

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