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(仮)の生活

懐かしい匂いを辿った、
なんの匂いだったかなんて思い出せないまま、
虚しさだけが心に残る金曜日。

ベランダにはカビの生えたサンダルが腰を曲げて佇んでいた。

「あんたもあたしと一緒ね」

独り言がこぼれ落ち、それと同時にヤカンがうるさくあたしを呼ぶ。
急いで台所に向かい、ガスを止めた。

気取った生活が息苦しそうに喉元を押さえていた。
味もわからないコーヒーを入れながら、
少し焦げたトーストにバターを落とした。

オレンジのジャムがバターと混ざり合い、朝の光を反射している。
きらきらと輝いていて、あたしとは正反対のそれがなんだかちょっと憎らしくも思えた。

すっぴんぼさぼさのあたしは
苦いコーヒーと食べかけのトーストの
写真を一枚撮った。

フィルターをかけて、ストーリーにあげる。
白いペンでgood morningと筆記体で書いた。

“丁寧な暮らし”とやらを私はしている。
そんなの嘘でしかないけど。
偽りの生活でしかないけど。
それでも幸せだった。
みんなから貰ういいねが
あたしの心を満たしてくれるし、
綺麗に切り取った部分だけがあたしの本当の姿だと思い込みたかった。

「苦しいなぁ。」

なんとなく出た言葉に涙腺が揺らされて、
それから涙が落ちた。

何もなくても楽しかったあの頃とか
大好きだった恋人がいた頃とか、
そういうの。
どこに忘れてきたのかは分からない。
知りたくもない。

隣には寂しさしか居てくれないし、
夜、どんだけ虚しい時間が続いても電話をする相手もいない。

インスタを覗くと楽しそうに生きている人ばかりで、悔しくなったり悲しくなったりしたけど、それと同時に私もそうでありたいと思った。
だから、だから行きたくないカフェにも行くし、見てもつまらない展示会にも行く。

充実した自分を写真で切り取るだけで満たされていく薄っぺらい私は今日もせっせと人生を消費する。

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