臨床心理士 箪笥【from Container Counseling Spot】

元気があれば、何でもできる。 臨床心理士です。 主に子どもや親へのカウンセリングを…

臨床心理士 箪笥【from Container Counseling Spot】

元気があれば、何でもできる。 臨床心理士です。 主に子どもや親へのカウンセリングをしています。

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たんすの本棚〜マガジンラインナップ〜

マガジンについてテーマ別に連載の形式でマガジンを作成しています。 いくつかのマガジンを同時並行で連載しておりますが、クライエントとカウンセラーのやりとりが登場す…

手作りの相談室

自分が小さい頃から使ってきた古い棚に、祖母の家からもらってきたミニチュアを並べる。 その棚には、その時々で、さまざまなものが置かれた。 家族の写真や、ぬいぐるみ…

外の世界に出ることでの傷つきと気づき

これまで、心理臨床の世界で生きてきた。 クライエントのメリットになるよう、さまざまな職種がそれぞれの専門性を活かして協力するという「多職種連携」をしなさいと叫ば…

開くことで安心する

開くことで安心するというのは、本当なのだろうか。 閉じこもることで安心するというのは、なんとなくイメージが湧く。 外界は何があるかわからない未知の世界だから、と…

自分のことについて聞かれたとき

自分のことについて聞かれるとき、如何ようにも答えられるなあと感じて、いつも何も答えられない。 全く思っていないことをでっちあげて答えることはないにしても、ぼんや…

グループ箱庭考察〜その1

最近よく、グループ箱庭を提供させてもらう機会をいただく。 同じ箱庭を使うにしても、1対1で行う個別の箱庭とは別物だなあと感じる。 でもそれはそれでおもしろい動き…

AIにカウンセリングはできるか

「AIにカウンセリングができるようになるのか」というのは、多くのカウンセラーの気になることのひとつだろう。 AIがものすごいスピードで発展するなか、自分の仕事が奪わ…

誰にも伝わらない言葉

自分の感じていることを人にわかってもらうというのは、すごく大変なことである。 自分ですら、自分の感じていることを正確にわかっているかどうかもわからない。 それを…

間合い

間合いについて考えることがある。 戦闘などでの間合いではなく、話をするときの間合い。 少し前に、雑談力なんていう言葉が流行ったことがあったけれど、雑談の間合いと…

閉ざされたカウンセリングルームと開かれたカフェ

カフェでのカウンセリングは成立しないと言われる。 誰が聞いているかもわからない場で、自分の個人的な話はできない。 そのことについては、自分も納得できる部分はある…

成長か、今ここか

ほとんどの人は、「成長することは良きことである」と信じて疑わない。 そしてまたほとんどの人は、「人は成長すべきであるし、成長できる」と信じて疑わない。 別にそれ…

「日常」と「非日常」

非日常の世界に行くことで、日常も頑張れる。 夢の国に行ったり、好きなアーティストのライブに行ったり、自己啓発のワークショップに行ったりして、精神的なエネルギーを…

現代の子どもたちが求めているもの

現代の社会におけるつながりとは、どういうものなのだろう。 春、新たな出会いがある。 特に、若い人たちと話すと、新たな気づきがある。 最近驚いたのは、「地元」や「…

箱庭を制作した後のやりとり

箱庭は、言葉では表現できないことが表れると言われる。 だから、それを無理やり言葉にすることは、あまり好ましいことではないのかもしれないけれど、実際の臨床では、箱…

何も変わっていないけれど、明日もなんとか生きていける

人間の悩みというのはほとんどすべて人間関係の悩みである、というようなことを、アドラー先生が言っていたような気がするけれど、たしかにそうだよなあと思うことがある。…

とらわれのことが少し気にならなくなる

頭を空っぽにするための方法を考えることがある。 頭が空っぽになりさえすれば、物事のほとんどはうまくいくような気がしている。 ほとんど全ての人は、何かにとらわれて…

たんすの本棚〜マガジンラインナップ〜

たんすの本棚〜マガジンラインナップ〜

マガジンについてテーマ別に連載の形式でマガジンを作成しています。

いくつかのマガジンを同時並行で連載しておりますが、クライエントとカウンセラーのやりとりが登場するものに関しては、有料での公開としています。
やりとりの流れを公開することに対しては、クライエントの方々に了承いただいており、また個人が特定できないようにかなりの加工を施してはいます。
ただ、やはり不特定多数の人がいつでもアクセスできる状

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手作りの相談室

手作りの相談室

自分が小さい頃から使ってきた古い棚に、祖母の家からもらってきたミニチュアを並べる。

その棚には、その時々で、さまざまなものが置かれた。

家族の写真や、ぬいぐるみや、サッカーボールや、子どもの紙オムツが置かれたりした。

その棚は今、塗装が剥がれていたり、扉が外れていたりして、形は少し変わってしまった。

ミニチュアは祖母の家にあったもので、そのミニチュアの多くは、20年ほど前に死んだ祖父が集め

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外の世界に出ることでの傷つきと気づき

外の世界に出ることでの傷つきと気づき

これまで、心理臨床の世界で生きてきた。

クライエントのメリットになるよう、さまざまな職種がそれぞれの専門性を活かして協力するという「多職種連携」をしなさいと叫ばれるようになって久しいけれど、やっぱりうまくいくこともあればうまくいかないこともあった。

「なんでこいつらはこんなに話が伝わらないんだ」とヤキモキすることは少なくなかったけれど、とは言え自分が身を置いていた福祉分野や医療現場では、「クラ

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開くことで安心する

開くことで安心する

開くことで安心するというのは、本当なのだろうか。

閉じこもることで安心するというのは、なんとなくイメージが湧く。

外界は何があるかわからない未知の世界だから、とりあえず安心できそうなところに閉じこもってみる。

しかし、危険から切り離されて、そこで一旦は安心したとしても、その安心は長くは続かない。

きっと不安が立ち上がってくる。

それはきっと、人間が、人とのつながりの中でしか安心できない動

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自分のことについて聞かれたとき

自分のことについて聞かれたとき

自分のことについて聞かれるとき、如何ようにも答えられるなあと感じて、いつも何も答えられない。

全く思っていないことをでっちあげて答えることはないにしても、ぼんやりと感じているものを表す言葉は、ほぼ無限にあるような気がする。

言葉にしてみて、やっぱりこれは違ったなあ、なんてことはしょっちゅうあるし、ぴったり表現できたと思っても、1ヶ月後にはなんだか違っているように思えてきたりもする。

そんな日

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グループ箱庭考察〜その1

グループ箱庭考察〜その1

最近よく、グループ箱庭を提供させてもらう機会をいただく。

同じ箱庭を使うにしても、1対1で行う個別の箱庭とは別物だなあと感じる。

でもそれはそれでおもしろい動きも出てきたりして、サブテーマの一つとして追及していきたいという思いはある。

グループ箱庭については、岡田(1991)の論文が出ており、そこでは以下のような手順が示されている。
①4~5人でひとつのグループを作る。
②各メンバーが玩具を

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AIにカウンセリングはできるか

AIにカウンセリングはできるか

「AIにカウンセリングができるようになるのか」というのは、多くのカウンセラーの気になることのひとつだろう。

AIがものすごいスピードで発展するなか、自分の仕事が奪われるかもしれないという不安は、どのような職種の人であれ、感じていることだと思う。

フロイトは、「カウンセラーは真っ白なスクリーンであるべきだ」と言った。

カウンセラーは、クライエントの悩みを映し出すものとして存在するべきであり、自

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誰にも伝わらない言葉

誰にも伝わらない言葉

自分の感じていることを人にわかってもらうというのは、すごく大変なことである。

自分ですら、自分の感じていることを正確にわかっているかどうかもわからない。

それを、言語という、不自由さの強い道具に乗せて、なんとか人にわかってもらおうと苦労する。

目の前の人が、同調してくれたら、なんとなくわかってもらえたような気がして嬉しくなり、逆にわかってもらえないと悲しくなる。

わかってもらえないことが続

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間合い

間合い

間合いについて考えることがある。

戦闘などでの間合いではなく、話をするときの間合い。

少し前に、雑談力なんていう言葉が流行ったことがあったけれど、雑談の間合いとお悩み相談の間合いは異なる。

カフェなんかで、バリスタがコーヒーをドリップする間に、少し雑談したりする。

あるいは、保険の営業を受ける時に、本題に入る前に少し雑談したりする。

また、エレベーターで会社の上司とちょうど一緒になったと

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閉ざされたカウンセリングルームと開かれたカフェ

閉ざされたカウンセリングルームと開かれたカフェ

カフェでのカウンセリングは成立しないと言われる。

誰が聞いているかもわからない場で、自分の個人的な話はできない。

そのことについては、自分も納得できる部分はある、というか、「当然そういうものだ」と思ってしまっている。

それは、「カフェなんかでカウンセリングはできない」と教えられてきたからかもしれないし、直接そのようなことを教えられていないにしても、臨床心理士の訓練の中では「カフェなんかでカウ

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成長か、今ここか

成長か、今ここか

ほとんどの人は、「成長することは良きことである」と信じて疑わない。

そしてまたほとんどの人は、「人は成長すべきであるし、成長できる」と信じて疑わない。

別にそれが間違っているとは思わないし、正直自分もそのような文化の中にいて、影響されている部分がないわけではないと思う。

ただ、それが前提として存在していることで、つらい思いをしている人は結構いるんじゃないかという気がする。

カウンセリングに

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「日常」と「非日常」

「日常」と「非日常」

非日常の世界に行くことで、日常も頑張れる。

夢の国に行ったり、好きなアーティストのライブに行ったり、自己啓発のワークショップに行ったりして、精神的なエネルギーを充電して、またつらい日常を頑張る。

そういうサイクルで生活を回していく人は多いと思うのだけれど、そこに、なんとなく違和感を覚えた。

古くから、日本には、ハレとケという考え方がある。

ハレ(晴れ)は冠婚葬祭や年中行事などの特別な日をさ

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現代の子どもたちが求めているもの

現代の子どもたちが求めているもの

現代の社会におけるつながりとは、どういうものなのだろう。

春、新たな出会いがある。

特に、若い人たちと話すと、新たな気づきがある。

最近驚いたのは、「地元」や「地域」という感覚の薄さである。

生まれた時からスマホやSNSがある世代の子たちが、もう新入社員として配属になってくる。

そんな彼らの話を聞いていると、地元や地域でつながる、ということより、趣味でつながる、ということを自然におこなっ

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箱庭を制作した後のやりとり

箱庭を制作した後のやりとり

箱庭は、言葉では表現できないことが表れると言われる。

だから、それを無理やり言葉にすることは、あまり好ましいことではないのかもしれないけれど、実際の臨床では、箱庭を作ってもらった後に、箱庭について話してもらうことが多い。

でも、話してもらった際には、うまくいく時とうまくいかない時があり、それは、クライエントとセラピストの間の関係性による部分も大きいように思う。

うまくいかない時は、
箱庭につ

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何も変わっていないけれど、明日もなんとか生きていける

何も変わっていないけれど、明日もなんとか生きていける

人間の悩みというのはほとんどすべて人間関係の悩みである、というようなことを、アドラー先生が言っていたような気がするけれど、たしかにそうだよなあと思うことがある。

そして、その人間の悩みのほとんどすべてを占める人間関係の悩みというのは、ほとんどの場合、解決することはない。

上司が嫌なやつだったとして、その上司をいいやつにすることなんてできない。

隣の席の先輩の声の周波数が、どうしても耐えられな

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とらわれのことが少し気にならなくなる

とらわれのことが少し気にならなくなる

頭を空っぽにするための方法を考えることがある。

頭が空っぽになりさえすれば、物事のほとんどはうまくいくような気がしている。

ほとんど全ての人は、何かにとらわれている。

そのとらわれている何かとは、目の前の仕事かもしれないし、子育てかもしれないし、介護かもしれないし、どうしても癇に障るあの人かもしれない。

あるいは、過去の親との関わりかもしれないし、友人や恋人に裏切られたトラウマかもしれない

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