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とらわれのことが少し気にならなくなる

頭を空っぽにするための方法を考えることがある。

頭が空っぽになりさえすれば、物事のほとんどはうまくいくような気がしている。

ほとんど全ての人は、何かにとらわれている。

そのとらわれている何かとは、目の前の仕事かもしれないし、子育てかもしれないし、介護かもしれないし、どうしても癇に障るあの人かもしれない。

あるいは、過去の親との関わりかもしれないし、友人や恋人に裏切られたトラウマかもしれないし、どうしても拭いされない記憶かもしれない。

あるいは、未来への漠然とした不安かもしれない。

怒りも、攻撃も、排除も、根っこには何らかのとらわれがある。

顔を真っ赤にして怒っている人をたまに見かけるけれど、それはきっと目の前の人に対して怒っているのではなく、何らかのとらわれに飲み込まれないように、自分を張っているだけなのだろうと思う。

だから、自分が、我を忘れるほどの怒りを感じた時は、その根っこに何らかのとらわれのヒントが隠されているのだろうと思って、少し自分を見つめてみるのもいいかもしれない。

自分が触りたくない自分の中の部分(とらわれに関わる部分)、それは、普段の生活で思い出されることはなく、何となく嫌な感じであったり、体の強張りであったり、あるいはそこから来る頭痛や腹痛などで表出されたりする。

フロイトは、そのとらわれに関わる部分を意識化することで、そのとらわれが原因となって表出される症状はなくなると考えた。

魔法みたいに、とらわれを意識化できた途端に症状がなくなるという方が、ドラマチックではあるけれど、実際は、そんなうまくはいかないことが多い。

でも、意識化できると、とらわれからは少し距離をとれるような感じもする。

フロイトは、これまでの世の中を変えるほどのインパクトを残した人だし、そこにはドラマチックさが必要だったのもわかる。

でも、実際問題、フロイト先生も、
「意識化できると、とらわれからは少し距離をとれる」
くらいのものっていうのは何となく感じてたんじゃないかなあという気もする。

少し距離をとっているうちに、とらわれのことが前ほどは気にならなくなって、頭の中を空っぽにできる時間が少し増えたりなんかして。

そうすると、怒りや、攻撃や、排除なんてものからもなんとなく距離をとれるようになって。

そんな人は、きっとほとんどの物事がうまくいく人なんだろうと思う。

だから私も、自分の頭を空っぽにするための時間を、大切にしたいなあと思う。

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