ほとんどの人は、「成長することは良きことである」と信じて疑わない。
そしてまたほとんどの人は、「人は成長すべきであるし、成長できる」と信じて疑わない。
別にそれが間違っているとは思わないし、正直自分もそのような文化の中にいて、影響されている部分がないわけではないと思う。
ただ、それが前提として存在していることで、つらい思いをしている人は結構いるんじゃないかという気がする。
カウンセリングに来る人の悩みは、解決しない悩みであることが多い。
たとえばそれは、
「親がもっと自分のことをわかってくれるようになってほしい」という悩みだったり、
「世の中が自分の才能を認めてくれない」という悩みだったり、
「人前でうまく話せるようになりたい」という悩みだったりする。
親や世の中を変えるようなことはできないということには、共感してもらえる人も多いかもしれない(中には、「親や世の中も変えることができる!」という人もいるけれど)。
ただ、「人前でうまく話せるようになりたい」という悩みは解決できるんじゃないかという人が多いように思う。
「人前でうまく話せるようになりたい」という人が、カウンセリングに来ているという状況で、「では、プレゼンテーションの方法について学べるセミナーをご紹介しましょう」と、セミナーを紹介することは基本的にはない。
それでは、カウンセラーが、人前でうまく話せるようになるための講義を、そのクライエントに向けてするかと言われると、それもしない。
カウンセラーの仕事は、話を聞くことである。
カウンセラーが、人前でうまく話せるようになるための講義なんてしたところで、その分野のセミナーの講師の足元にも及ばないだろう。
カウンセラーは、目の前のクライエントが、何に悩み、その背景にはどのようなクライエントの人生があるのか、ということを理解しようとする。
これまでカウンセリングを続けてきて、ほとんどの人の苦しみの背景にあるのが、「人間は成長すべきであるし、成長できる」という信念であるように思う。
そして、カウンセラーの中にも、「人間は成長すべきであるし、成長できる」と思っている人は多い。
だから、世の中のモデルと同じ考え方でカウンセリングをしようとして、クライエントが再度カウンセリングルームで同じように傷つく、ということも起こり得る。
たとえば、「人前でうまく話せるようになりたい」という人とのカウンセリングで、少しでも「うまく話せた」という話題が出てきた際には、ポジティブな反応をしたり、逆に「うまく話せなかった」という話題が出てきた際には、「気に病む必要はないですよ」と返したりする。
そのようなカウンセラーの反応は、クライエントの成長を期待するものである。
そしてクライエントは、日常に帰り、自身の成長がみられずに落ち込み、不調になったりする。
そうなると、むしろカウンセリングを受けることで、悪い影響を及ぼしてるんじゃないかとすら思う。
「人間は成長すべきであるし、成長できる」という論理を超えたところに、カウンセリングの目的はあるような気がする。
私には、将来のことはわからない。
成長できるか成長できないか、それは誰にもわからないし、別に成長できないなら、それはそれ。
というか、カウンセリングというのは、人の成長をねらって、成長させたりできるものではないように思う。
カウンセリングを受けて、結果的に成長する、ということは起こり得る。
だけど、それがカウンセリングの効果かと言われると、少し怪しくなってくる。
これまでも、カウンセリングを担当してきた子どもたちの成長を多く見てきたけれど、彼らの成長のポイントには、良い担任の先生との出会いだったり、離れて暮らしていた母親と暮らせるようになったことであったり、あるいは良い恋人ができたり、カウンセリングを担当している間にそういうことがあって、大きく成長するということがほとんどだった。
それはカウンセリングの効果と言えるだろうか。
カウンセリングでできることは、カウンセリングルームで、クライエントとカウンセラーが対峙する「今ここ」を充実させることである。
少なくとも、私にはそれしかできない。
「今ここ」を充実させることで、自分の人生の価値を改めて認識しなおす人もいるし、積極的に動き出す人もいるし、ポジティブな面に目を向け始める人もいる。
一方、特に大きな変化はなく、カウンセリングに通い続ける人もいる。
ただ、現時点で特に大きな変化はないという人も、将来はどうなるかわからない。
成長があるかもしれないし、特にないかもしれない。
でも、その人が、カウンセリングを今ここに受けにきているというそれは紛れもない真実で、その時間を充実させるということは、自分が全力で取り組みたいことだし、取り組むべきことであるように思う。
あまり「成長」ということにとらわれずに、ただ「今ここ」を充実させることだけに全力を注ぎたい。
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