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物語のようなもの

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短いお話を思いついた時に書いています。確実に3分以内で読めます。カップ麺のできあがりを待ちながら。
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2022年1月の記事一覧

『初めての恋』

『初めての恋』

学校を出るとそこは坂道。
あたしは駅までの道を駆け降りる。
今日は新しい彼とのデート。
デートの相手はころころ変わる。
振るのはいつもあたし。
あたしは一度も振られたことがない。

駅までの坂道の途中にある古本屋。
あいつはいつもひとりで立ち読みしている。
薄暗い店の奥でいつもぽつんと。
あいつなんかあたしにとって本の紙魚みたいなもの。
あたしは気にもせずに通り過ぎる。

その日とんでもないことが

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『赤い靴の少女』

『赤い靴の少女』

老婆は今日も座っていた。
小さな家の庭先に椅子を出して。
老婆は毎日座っている。
晴れの日はもちろん。
雨の日は傘をさして。
風の日は帽子をかぶって。
道ゆく人は声をかける。
「どうですか」
老婆は決まってこう答える。
「ええ、まだなんですよ」

それは今から何十年も前のこと。
娘が帰らない。
小学校に上がったばかりの娘。
毎日赤い靴を履いていた娘。
今朝は元気に出て行った娘。
娘が帰らない。

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『学生街の居酒屋で』

『学生街の居酒屋で』

居酒屋というのは本来、会社帰りのサラリーマンが仕事の愚痴をこぼし合い、明日からまた頑張ろうという、そんな場所だ。

これがひと昔前の学生街の居酒屋ともなると少し様相が違ってくる。
あちらの席、こちらの席で、人生論だの、恋愛論だの、もしサラリーマンがうっかり看板に釣られて迷い込みでもしたら、うるさくて仕方ないだろう。
大体、サラリーマンにとって何々論などは、毎朝通勤電車に揺られて職場に行き、上司の機

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『袋とじの人生』

『袋とじの人生』

もちろん、いますよ。そんな人はね。

その店のオヤジは語り始めた。

推理小説の最後のページを先に読んでしまう人がいるでしょう。
同じように、自分の人生の結末を先に覗いてしまう人がいるのですよ。
もちろん、違反です。
規約にも小さな文字ですが、きちんと書かれていますよ。
なんびとも、いかなる時も先のページを見てはならないとね。
でも、そんな規約を読まない人がいるのです。
わざわざ口頭で説明もするの

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『降る言葉」

『降る言葉」

空を見上げる。

あちらでも、こちらでも、みんな空を見上げる。

小さな広場で。

両手を広げて、受け止めている。

たかい空から舞い落ちてくる言葉を。

悲しい言葉。

嬉しい言葉。

寂しい言葉。

楽しい言葉。

大きな言葉。

小さな言葉。

明るい言葉。

暗い言葉。

朝の言葉。

夜の言葉。

たくましい言葉。

頼りなげな言葉。

大人の言葉。

子供の言葉。

明日の言葉。

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『しょっぱい朝』

『しょっぱい朝』

カーテンの隙間から漏れてくる日はすでに高い。
慌てて起きあがろうとする自分を制する。
今日は土曜日なのよと言い聞かせる。
そうだ、今日は土曜日だ。
そして、私は遅くまで寝ていた。
なぜなら、昨夜は遅かったからだ。

二日酔いの朝はいつもこうだ。
いつも、眩しい光に罪悪感を抱く。
学生の頃からそうだったなと考える。
誰かの部屋に転がり込んで、雑魚寝する。
翌朝、これでもかと照りつける日の下をふらふら

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『いのち喰い』

『いのち喰い』

おい、そこのお若いの。
そう、お前だ。
何をさっきから悩んでいる。
さっさと飛び降りろ。
その金網を乗り越えて、一歩踏み出せばすぐじゃないか。
早く、その命を終わらせてしまえ。

俺か。
俺は、いのち喰いと呼ばれている。
お前のような、命を途中で放り出した奴の命を食っている。
さあ、早く食わせてくれ。お前の命を。

そうだ、せっかくだから教えてやろう。
俺たちは、命なら何でもいいというわけではない

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『少年と花と少女』

『少年と花と少女』

少年は恋をしました。

毎日通る通学路。
その途中に小さな花屋がありました。
その花屋で毎日働いている女の子がいました。
少年よりも少し年上かもしれません。

毎日、花屋の前を通る時に流れてくる素敵な香り。
思わず中を覗き込みます。
すると、花から顔を上げた彼女と目があったのです。

毎日彼女と目を合わすのが楽しみでした。
彼女と目が合わなかった日は、早く寝ました。
早く寝れば、早く次の日になるか

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『寺西くんは嘘つきだ』

『寺西くんは嘘つきだ』

寺西くんは嘘つきです。

白いギターを持っていると自慢していました。
テレビで変なことをすると、土居まさるからもらえるやつです。
でも、あたしは寺西くんがテレビに出ているのを見たことがありません。
みんなでそのことを追求すると、
「本当は黙っとくように言われたんだけど、お父さんが土居まさると知り合いなんだ」
きっと嘘です。

お菓子の缶詰めを持っていると威張っていました。
森永のチョコボールで金の

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『償いの君に』

『償いの君に』

僕たちが出会ったのは新宿の喫茶店だった。

大学に入ったばかりの僕は、先輩と相談して同人誌のメンバーを募集した。
ぴあの欄外に載った小さな告知に君は応募してきたのだ。

当日は確か10人ほどがその喫茶店に集まった。
学生もいたし、社会人もいた。
君があの大学病院で働く女医だと名乗った時には、みんなおっという顔をしていたよ。
お互いに好きな作家とか、詩人とかを紹介してその日は解散した。

その数日後

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『Good Luck』

『Good Luck』

食事を終えて、食器を流し台に運ぶ。
残業が続いている。
妻はとっくに寝ているのだろう。
ソファに座ってテレビをつける。
こんな時間にろくな番組はやっていない。
タブレットを取り出して、明日の予定を確認する。
いくつかの指示を部下に送った後、SNSのアプリを開いた。

 今日は別れた妻と久しぶりに食事をしました。   
 無理を言って会ってもらったんだけれどね。
 でも、驚きましたよ。
 こんなに綺

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『解散式の夜はふけて』

『解散式の夜はふけて』

小林老人は先ほどから感慨深そうに会場を見渡していました。
そうなのです。
今日は、あの少年探偵団の解散式なのです。

小林老人(当時は小林少年でしたが)を中心に結成された少年探偵団は、明智小五郎先生のもとで数々の難事件を解決してきました。
団員達の悪党に立ち向かう姿は、全国の少年少女を魅了しました。
入団希望者も後を絶たず、いっときは団員が1000人を超え、全国各地に支部が作られました。

しかし

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『泪橋』

『泪橋』

妻が孫娘の手を引いている。
時々立ち止まり、孫娘のマフラーを巻き直す。
坂道はまだもう少し続いている。
2人の歩みは遅い。
そして、私はそれよりもさらにゆっくり歩いている。

年明けももう遠く感じる1月の終わり。
風は冷たく、雲は低く垂れ込めたままだ。
遠くの山の辺りは雪かもしれない。
空を覆う雲よりもさらに低く黒い雲が山の頂を飲み込み、少しずつ市街地にも迫っている。

孫娘が振り向いて、早く来い

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『足音』

『足音』

老人は壁に掛かった時計を見た。
早い夕暮れが訪れようとしていた。
テーブルに手をついて、ゆっくり立ち上がる。
北風が窓を鳴らしていた。

その犬も老人と同じように年老いていた。
老人が一歩進めば、犬も一歩進んだ。
首輪の鈴が鳴った。
老人のマフラーが風になびいた。

老人の足音。
犬の足音。
首輪の鈴の音。
規則正しく夕暮れの路地に響いた。

突き当たりの家の前で老人と犬は立ち止まった。
老人は2

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