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『いのち喰い』

おい、そこのお若いの。
そう、お前だ。
何をさっきから悩んでいる。
さっさと飛び降りろ。
その金網を乗り越えて、一歩踏み出せばすぐじゃないか。
早く、その命を終わらせてしまえ。

俺か。
俺は、いのち喰いと呼ばれている。
お前のような、命を途中で放り出した奴の命を食っている。
さあ、早く食わせてくれ。お前の命を。

そうだ、せっかくだから教えてやろう。
俺たちは、命なら何でもいいというわけではない。
ちゃんと生を全うしやがった奴らの命は食えない。
あんなものを食ったら、こっちがやられちまう。

全うされた命というのは、また生まれ変わる。
新しい命に生まれ変わって、命として繋がっていく。
くだらない仕組みだが、仕方がない。

お前のように、せっかくもらった命を自ら絶とうとする奴。
そんな奴の命はもう生まれ変わらない。
だから、俺たちがいただくのさ。

そうそう、遠い昔の今日と同じ日のこと。
この国で多くの命が一度に失われたのを知っているか。
俺たちは、喜び勇んで駆けつけた。
だが、それは生を全うした奴の命ばかりだった。
たとえ未曾有の災害の犠牲になったとしても、それは生を全うした命だった。
どれひとつとして、俺たちの口には入らなかった。
生まれ変わるべき命ばかりだった。

お前たちは、よく死者に向かって、
「あなたの、あなたたちの命を無駄にはしません」
などと言うだろう。
もしそれが、全うされた命なら、どれひとつとして無駄にはならないのだよ。
新しい命として生まれ変わるのだから。

だが、お前はダメだ。
誰かが全うした命をいただいたくせに、今それを終わらせようとしている。
黙れ。
面倒臭い言い訳など、聞きたくはないし、興味もない。
さあ、さっさと俺にその命を食わせてくれ。

時が解決してくれるなどと、無責任な戯言に耳などかすな。
時という奴は、俺たち以上に残酷かもしれないぞ。
忘れたくないものはさっさと持ち去るが、忘れたい思い出はお前に押し付けたままだ。
どうだ、ますます命を手放したくなってきただろう。

生を全うして命を繋ぐ。
どうだ、できそうじゃないか。生きるだけでいいのだからな。
だが、お前はその、たったひとつの責任さえも放棄しようとしている。
いいことだ。俺たちにとってはな。

いいか、あの日失われた多くの命は、生を全うしたとはいえ、望んだ形ではなかったはずだ。
もしかすると、お前の命はその中のひとつかもしれない。
そんなことを考えたことがあるか。
みんな、蜻蛉のような命を全うして、まだ見ぬ誰かに繋ごうとしているのだ。

お前が生まれた時、お前の両親は望んだ筈だ。
お前が、何があろうとも生を全うしてくれるのを。
お前も思ったはずだ。
かつて、一度は思ったはずだ。
生きようと。

お前の明日は、つらいかもしれない。
明日の夜には、またここに来て考えているかしれない。
でも、お前の命は、その明日さえなかった人から受け継いだ命かもしれないのさ。

そんな命を無駄にするろくでなしの命を、早く俺に食わせてくれないか。
さあ、立ち上がれ。
そうだ。
そして、金網を乗り越えろ。
おい、どこに行く。
そっちには、明日しかないぞ。

ふん、意気地なしめ。

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