「普通の暮らし」は普通か?

「普通に暮らしたいだけなのに・・・」

 「贅沢は言わないから、普通に暮らしたい。」

 何らかの災害や、犯罪被害が発生したとき、よく聞かれた言葉でした。

●安全・安心がタダではなくなった

 日本は今まで、安全・安心はタダ同然と思われてきました。しかし、平成に入ってから、「地下鉄サリン事件」や「阪神淡路大震災」があり、アメリカでは「同時多発テロ」などがありました。

 さらに日本人の価値観を大

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♡ありがとうございます!(^ー^)
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ぼくのなかの日本(阪神淡路大震災、第12回)

阪神淡路大震災

1995年1月17日の夜明け前、ぼくは尿意で目を覚ました。起きるのは辛いが、さすがに小5にもなっておねしょはいけないと決心して起床し、トイレに向かった。ああ、眠い、二度寝しなきゃと思っていると、急にめまいがするような気がしてきた。めまいは用を足し終わる頃には収まり、ぼくはスヤスヤと二度寝し、元気いっぱいに家を出た。

集団登校の集合場所につくと、別の学年の男子2人が興奮を抑えきれ

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読んでくださり、ありがとうございます。

このビールはビールじゃない、シガーもシガーじゃないから

大震災、原発メルトダウン以後、私が鬱々と考えてきたのは、こわれたり故障したりした構造物などモノやそれらを系統づけるシステムやネットワークのことではかならずしもありませんでした。

わたしはたびたび同じ夢を見ました。それは、地平線まで広がっている黒い瓦礫の原にたったひとりで立ちつくしているわたしの夢でした。ひどく怯えてました。一面の瓦礫の光景が怖かったのではありません。わたしは足もとの屍体や影やおび

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断捨離と災害

私の人生は
本でした。

でも最近
本は重いので
読んだら直ぐ捨てます。

同じ知識を何度も読むより
次々知ったほうが
いいので。

以前は1日1冊買って
読んでいました。

家のタンスの上に
山積みになって
いました。

関西の大地震の時に
色々落ちてきたので
きっと関西の人は
余り荷物を
頭上や高い所に乗せてないと
思います。

重い物は
震災の時凄く邪魔になります。

通勤の行き帰りで
読む

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💖愛してる💖
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都知事選に向けて、最低限知っておいたほうが良いこと

小池都知事の黒い噂

小池百合子都知事の黒い噂には枚挙に暇がないですね。

まぁ、噂というか証言ですので、噂よりは信憑性が高いとは思いますが、にわかには信じられない話が多すぎて、ちょっと戸惑ってしまいます。

・上記事より抜粋

〈阪神・淡路大震災の被災者の訪問を受けた際に、指にマニキュアを塗りながら応対し「塗り終わったから帰ってくれます?」と言い放つエピソードも出てきます。私も小池氏本人に16年

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猫のために二千万円借金しました

我が家から鉄道最寄り駅の、もうひとつ東の駅までの道沿いに、16年ほど前まで私が住んでいたマンションがある。
 正直、めっちゃ駅遠のマンションなのだが、あまり深く考えることもなくそこへ越してしまったのには、理由があった。

 当時、母親が亡くなり弟が家を出て、狭い県営住宅の中で私は、大嫌いな父親と息の詰まる生活をしていた。
 母親が亡くなったショックか、さすがに昔のように私に暴力をふるうことはなくな

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ありがとうございます!
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旧・烈震(震度6)まとめ

はじめに

現在、気象庁震度階級で最大の地震の揺れを表すのは「震度7」。初めて「7」が適用されてから25年が過ぎました。
しかし、明治時代に始まった地震観測において事実上の最大震度だったのが「烈震」でした。100年以上、トップの座に居続けたと考えられる訳です。

20世紀に入って、震度を言葉だけでなく「数字」で表すようになりまして、「烈震=震度6」と定められました。(強・弱に分かれる前の表現です。

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兄の瞳を通して見た神戸 (#あなたの神戸をおしえて)

「卒業したら働く。神戸に行くから。」

ガタガタンとダイニングチェアを無理矢理押し切って立つと、うつむいたまま食器を重ねながら兄は早口でそう言った。シンクにそれをガチャンと置くと、自分の部屋へ帰っていった。有無を言わせない、そんな頑なさが全身から出ていた。

確かその晩はトンカツだったと思う。確か両親は絶句して顔を見合わせたと思う。
まだ小学生だった私と弟はその空気感だけ察知して食べる手を止めた。

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ご縁ですね!
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探偵ナイトスクープを見て、うなった話。

『探偵ナイトスクープ』というバラエティ番組がある。大阪を中心に放送され、関西一円や、一部地域でネットされている、知る人ぞ知るご長寿番組……だったのも、今や昔の話だ。メインMCにかのダウンタウン松本人志が起用されて、その知名度はもはやローカルという存在ではない。

 どういう番組か。今さら説明するまでもないが、一言で言えば、水曜どうでしょうや白黒アンジャッシュ、いろはに千鳥やドォーモといった、地方な

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読了感謝します。
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1995

90年代の記憶はほとんどない. . .わけではないのよ。
ただ何年もおっぱいとうんちと保育園申請と仕事の締め切りと支払い入金と住宅ローン返済であたまがいっぱいだったわけではないの。
1995年、つまり平成7年は社会的にも個人的にも大きな出来事があってあたしの人生観をひっくり返すような1年だったから。

まずは阪神淡路大震災。
もちろんあたし自身は神奈川にいて何事もなく、被災した関西在住の家族や友人

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あたしもスキよ!
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