ふもと企画

ふもとは頂上のような、絶景は見られない。 達成感もない。でもその裾野は広く、居心地よく…

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ふもとは頂上のような、絶景は見られない。 達成感もない。でもその裾野は広く、居心地よく 遊んでいられる。そんな感じで色んなことを楽しんでいきたいなあ。そういうページです。

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連続釣り動画小説

見たらわかります(笑(

    • 【エッセイ】思い出す人々

      皆さんは「傷痍軍人」の方を見たことがあるだろうか?私は小さい頃に見たことがある。 当時50歳くらいの方だろうか?「山田」という 焼き肉店の店主の方だった。 痩身で背が高く、子ども心にも 「ハンサムなおじさんだなあ」と思っていた。 七三に綺麗に髪を分けて鼻筋高く、眼は切れ長の一重。とても愛想の良い奥さんと二人で 店をやっていた。 私は店名にちなんで「山田のおじさん」と呼んでいた。 山田のおじさんは片足が太腿の上部から無かった。 母に聞くと戦争で怪我をしたらしいとのことだった。

      • 【街歩き】飯田橋 九段下 界隈

        勤めている会社の東京事務所がこの近辺にあり 4年前までは私も東京勤務だったので このエリアは馴染みがある。 ただ、東京にいる時は街の歴史等、大して興味もなく、ただ毎日あくせくと通勤していただけの土地だった。 また私自身当時は東京という街に馴染めなかった。 年齢がいってからの単身赴任ということもあり すでに住んでいた関西エリアとの比較をしては 「関西の方がええな」と一人ごちて毎日をやり過ごしてきた。 ここ最近は月1回くらいの東京出張 少し離れてみると東京の良さも見えてくる。

        • 【街歩き】大阪 船場 南船場あたり

          大阪市中心部の通りは、京都市内と同じく 碁盤目状に道が配されている。 京都よりももう少し間隔が広いため、将棋盤 と言う人もいるらしい。 (と、いうことを以前タクシーの運転手さんに聞いた) 京都市内ほど細かく道に名前はつけられていないが縦の道は「筋(すじ)」横の道は「通り(とおり)」の名称がつく。 大阪市内を南北に通るメインストリートは 御堂筋、東西に走る道は中央大通りと言う具合だ。 その将棋盤の目の中心 中央区の船場周辺を歩いてみた 大阪の船場と言えばコテコテの大阪商人

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          【お弁当】曲げわっぱのお弁当箱を使ってみた感想

          コロナが明けて、出社する機会が増えてきた。 と、共にお昼ごはん代が気になりだした。 私は釣りが趣味。釣行には何かとお金がかかる。やはりここは節約と何年か振りにお弁当を 作ることにした。 最初はDAISOで買った300円のお弁当箱を 使用。 これはこれで全然悪く無いのだが ご飯やオカズからの湿気が中に籠り その、湿気がご飯に移りベトベトになる ことしばし。 以前から曲げわっぱのお弁当箱が ほしいなあと思っていたが 高いしなあ、どうしようかなと 思っていたところに 神戸元町商

          【お弁当】曲げわっぱのお弁当箱を使ってみた感想

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          【釣り】淡路島 ライトゲームはこうでなくちゃ

          水温も上がってきたので、そろそろかと淡路島にアジングやメバリングのライトゲームへ。多彩な魚が釣れて、とても楽しい釣りになりました。よろしければご視聴ください

          【釣り】淡路島 ライトゲームはこうでなくちゃ

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          【街歩き】京都の細い通りを歩いてきた

          所用があって京都に出かけることになった。 幸いスケジュールにしばられる用事ではない。 天気も気候も良いので、久しぶりに気合いを 入れて歩くことにする。 京都駅で電車を降りて、ひたすら北を 目指す。時刻は午前7時過ぎ、 熱くなることも予想されるので 早めのスタート。 なるべく大通りを避けて、細い路地を歩く。 この時間帯は太陽が真横から射すので 南北の通りだと建物が太陽を遮って涼しくて 歩きやすい。 高倉、富小路、柳馬場 細い通りを歩く 京都は寺社仏閣などの観光地もいいが

          【街歩き】京都の細い通りを歩いてきた

          【街歩き】神田界隈

          本日は東京出張。 新幹線を東京駅で降りた。この時点で 会議の開始まで時間があったので会場のあるお茶の水まで歩いてみることにした。季節も暑くもなく、寒くもなくいい頃だ。 東京駅の丸の内口を出て、 北方面に歩く。  まず丸の内のビル街を通る。 丸の内はまるで現代建築の見本市のようだ。 ビル街を通る。街路樹が美しく茂り 道を行くビジネスマンは颯爽と歩いている。  まあ、そんなにイキらんでもと関西人の 私は思う。 ※イキるというのは、関西弁ではりきっている人や、やりがいに満

          【街歩き】神田界隈

          酎ハイおじさんについて

          大阪という街は、日本で一番、 あるいは世界で一番立ち飲み屋が多い都市だ。 市内の主だった駅、 梅田、京橋、難波、天王寺。 駅徒歩5分圏内の商店街には 必ず立ち飲み屋があり(筆者の感覚) 夕方5時過ぎると大いに賑わっている。 ところが、その陰に隠れて、さらに勢力を 拡大しているグループがある。 「酎ハイおじさん」だ。 駅、路上、コンビニのイートインスペース いたるところに缶チューハイを飲んでいる おじさんがいる。  私は6年ほど東京に住んでいた時もあるが 東京ではこのようなおじ

          酎ハイおじさんについて

          【エッセイ】水辺の暮らし 海と川

          故郷の家は海のそばにある。 正確に言えばあった。 今は山手の新興の住宅地に引っ越しをして 父は5年前に死に、母が一人で暮らしている。 ともあれ、生まれてから高校を卒業するまで 私は海のすぐ近くの家で暮らした。 どれくらい近くかというと、これは話しを しても中々信じてもらえないのだが 台風が接近して波が高くなると、波の打ち寄せる衝撃で家が軽く揺れるほどだった。 住んでいたエリアは外海に接していて 波の荒いことで有名だ。 皆さんは波高6メートルの波を見たことが あるだろうか

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          【釣り】淡路島 七里御浜で釣りをした記録

          淡路島でアジング、三重県の七里御浜でちょい投げの釣りの記録です。 ご覧いただければ嬉しいです

          【釣り】淡路島 七里御浜で釣りをした記録

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          【街歩き】色々と話題の大阪 お初天神の再開発について考えてみた

          はじめに倉本圭造さんが書いた大阪梅田のお初天神の住友不動産タワーマンションの記事を読んだ。記事はとても面白く読ませてもらった。再開発というものの難しさと今後に繋げていけるヒントを含んだものだった。 少し余談になるが倉本さんの川口市のクルド人問題についての記事も読ませていただいた。 対立する二つの事項を一刀両断で切り捨てることなく対立軸の明確化、 そもそもの対立のルーツ、論理的整合性、倫理性を検証し常識的かつ前向きな解決策を少しずつ探っていくその姿勢には(あくまでも私の感想です

          【街歩き】色々と話題の大阪 お初天神の再開発について考えてみた

          【弁当】弁当とダイエット ご飯の量について

          節約とダイエットを兼ねたのお弁当作りが続いている 出勤の日は早朝から作っては、SNSにUPするという毎日。 在宅勤務の日も朝作ったものを食べる。 SNS用の写真はできれば斜め俯瞰から撮影したいのでが ご飯の量が少ないと、弁当というのは締まりがない ご飯の量は150g 25okcalを目安としているのだが 私が使用している小さめの弁当箱でもご飯は結構スカスカの状態になる。 これだと絵的に持たないので、勢い真俯瞰かせの撮影が中心となる。 ならばとご飯を詰め込むと今度はカロリーが跳

          【弁当】弁当とダイエット ご飯の量について

          【立ち飲み】天満 酒の奥田 

          最近思うのだけど始めて入る飲食店が いいお店かどうかは、入店して大体3分くらいで分かる。この場合の「いい店」と言うのは 自分にとっていい店という意味。 美味しくて、味が値段に見合っていて お店の方が感じいい 店内が清潔で感じがいい 来ているお客様の雰囲気がいい と、いうのが自分にとってのいいお店。 (少し欲張り過ぎですか、、、) 初めて入るお店はグルメサイト等で予め下調べをしてから入ることもあれば、飛び込みで入ることも。  ただグルメサイトで高評価が付いていて、お店の前に、

          【立ち飲み】天満 酒の奥田 

          虹鱒釣り

          私は紀伊半島のとある街に生まれて、高校卒業までそこで過ごした。 父は自営業、母は専業主婦、妹と弟がいる。 暮らしぶりは悪くなく、子供心にも不自由な思いはしたことがなかった。 父はダンプカーの運転手をしていた。周辺の工事現場に資材となる土などを運ぶ仕事だ。 子ども心にも「ぐり石」これは基礎工事でつかう石の名前なのだが 「⚪︎⚪︎の現場に明日ぐり石3トン」と父が電話でやりとりしていたのを今でも思いだす。 父は運転手として最初は一人で請負でやっていたのだがやがて運転手仲間を束ね手

          旧友がお寿司屋さんをしているというので行ってきた。

          彼の名を仮にY君とする。 Y君と私は小学校、中学校同級生だった。 今は過疎化が進む小さな街。 当時はまだそれでもクラスも学年に複数あり 彼と私は何故か同じクラスになることも 多かった。 私も彼もなかなかのやんちゃで、2人揃って先生にとっちめられることもしばし。 まあ、当時は悪友といっても良かった。 ただ彼には独特の愛嬌があり 私の母にも道で会うとニコニコしながら 寄ってきて声をかけてくる。 それは彼が中学生になっても変わらなかったらしい。 彼の家は母子家庭だった。 お母さん

          旧友がお寿司屋さんをしているというので行ってきた。