『しょっぱい朝』
カーテンの隙間から漏れてくる日はすでに高い。
慌てて起きあがろうとする自分を制する。
今日は土曜日なのよと言い聞かせる。
そうだ、今日は土曜日だ。
そして、私は遅くまで寝ていた。
なぜなら、昨夜は遅かったからだ。
二日酔いの朝はいつもこうだ。
いつも、眩しい光に罪悪感を抱く。
学生の頃からそうだったなと考える。
誰かの部屋に転がり込んで、雑魚寝する。
翌朝、これでもかと照りつける日の下をふらふら歩く。
近くのファミレスに遅い朝食を求めて。
財布を開けて初めて後悔する。
飲みすぎたなと。
昨夜、彼はいつもと違った。
違うといえば、店だっていつもと違っていた。
居酒屋ではなく、黒いドアの店だった。
店の名前は何だったか。
すらっと言えればかっこいい名前だった。
カウンターではなくて、個室だった。
たまにはいいだろうと言っていた。
どう見ても、最初で最後のような顔をしていた。
ベッドから起き上がり、キッチンに向かう。
ふらつくことはないが、頭が痛い。
いつも思う。これからはほろ酔いくらいにしておこうと。
そして、いつも忘れる。
いつもは、ビールで始まる彼が、昨夜はワインから始めた。
仕方なく、私も従った。
焼き鳥や煮込みではなかった。
ほっけも、あたりめもない。
料理は白い皿に少しずつ盛り付けられていた。
「あのー」と「いやー」を何度も繰り返していた。
時間切れでその店を出たとき、彼は確かごめんと言った。
確かというのは、記憶が定かではないからだ。
定かではないが、2件目に誘ったのはきっと私だ。
2件目では、いつもと同じく彼は焼酎などを飲み出した。
私は焼酎から、いつの間にかウイスキーをロックでやっていた。
私は、その日受けたクレームに怒りが収まらない話をして、彼が謝っていた。
多分、私が謝れと言ったのだろう。
つまり、やらかしてしまったのだ。
キッチンで歯を磨く。
洗面台は別にあるが、いつもここで済ませてしまう。
どこからか子供の声が聞こえる。
タクシーで帰った。
私は運転手さんにも、きっと恥ずかしいことを言っていたのだと思う。
彼は、笑いながら、やめろよと何度も押さえつけていた。
見上げる彼の顔は、外の光に明るくなったり暗くなったりしていた。
タクシーは私のアパートの前で止まった。
道順はいつも私が先だ。
たとえ遠回りになったとしても。
口をすすぎ、キッチンの窓を開ける。
四角く切り取られた青空。
自動ドアが開き、私は降りた。
ふらつきながらも、彼に手を振った。
ドアが閉まる直前に彼は言った。
泣きそうな顔で。
「結婚…しませんか」
せんか、だなんて。
顔を洗う。水がしょっぱい。
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