『赤い靴の少女』
老婆は今日も座っていた。
小さな家の庭先に椅子を出して。
老婆は毎日座っている。
晴れの日はもちろん。
雨の日は傘をさして。
風の日は帽子をかぶって。
道ゆく人は声をかける。
「どうですか」
老婆は決まってこう答える。
「ええ、まだなんですよ」
それは今から何十年も前のこと。
娘が帰らない。
小学校に上がったばかりの娘。
毎日赤い靴を履いていた娘。
今朝は元気に出て行った娘。
娘が帰らない。
先生は通学路を探し歩く。
村の人は山の中で名前を叫ぶ。
母親は友だちの家を訪ね歩く。
私の娘を知りませんか。
私の娘を見ていませんか。
赤い靴を履いていたんです。
母親は毎日娘を待った。
庭先に椅子を出して。
今日こそは帰ってくると。
笑顔で迎えてあげようと。
「どうですか」
「ええ、まだなんですよ」
電柱のチラシは風に飛ばされた。
友だちは立派な大人になった。
母親は老婆になった。
老婆になっても待ち続けた。
道ゆく人がまた声をかける。
「まだですか」
老婆はまた答えている。
「ええ、まだなんですよ」
時がたち老婆は亡くなった。
誰も住まない家は朽ち果てていく。
朽ち果てた家は遠い親戚によって解体された。
掘り返された土の中から子供の骨が発見された。
そばには赤い靴。
いつも老婆が座っていた椅子の下あたり。
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