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小説

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短編/中編小説をまとめました。。長くないのでサッと読めます。
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#恋愛

聖夜のチキンレース

聖夜のチキンレース

 混雑する百貨店、長く退屈な行列のなかに、彼女の姿を見つけました。相変わらず、髪は肩まで。相変わらず、腕を組む癖が抜けてない。相変わらず、僕は彼女の後ろにいる。そして、君はふいに振り返る素振りをみせて……。

 なにが我々の関係を割いてしまったのかと、そんな思考が浮かんでは、あまりの女々しさに嫌気がさす日々が続いています。というのも、やはり冬の寒さ、侘しさ、人恋しさは誰しもが共通に受け取るもの。公

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Merry Christmas

Merry Christmas

 あの果てしなく続く階段を駆け降りて、君に自らの想いを......この胸に隠し持っていた2つとしてない気持ちを伝えてからから、はやくも5年の月日が経ったという訳だ。
今日も吉祥寺駅では変わらぬ人混みが列を作り来たる聖夜に向けて準備をしているのだろう。互いの表情を見合わせながら、プレゼントの袋を手に下げるカップルのなんと多い事か!

あの時の僕は、まるで気の利いた台詞の1つも言えず、緊張と乱れた呼吸

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そして、風となる

 八月を過ぎた頃からどうも彼女の歩みは回復傾向にあるように思えた。普段であれば校門を抜けたあたり、スロープの手摺りにまるで齧りつくような執念を以て一歩一歩着実に足を踏み出す彼女だったが、この秋の肌寒い空気においては、その頼りない右脚も引き締まるらしい。歪なリズムを生みながら真っ直ぐ校舎へ進んでいく姿を見て、どこか残念に感じてしまう自らの心は、不謹慎と言われても仕方がなかった。「僕の肩なしでも、教室

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大背徳時代

大背徳時代

 兄の義之とは、長らく疎遠であった。彼が兼ねてより心の拠り所としていた相馬先生の娘、雪子との交際を終えた後、私がその可憐な少女をもてあそぶが如くの扱いをしたことも、原因の一つだと思う。
 決して名前負けをしていないあの色白の肌、声を噛み殺していながら、時折耳に触れる生暖かい吐息、振動に合わせて感じる背中に立てられた爪の痛み......男の独占欲とはいつの世も争いの源となり得るが、それを以てでしか彼

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秋風大学生日記

秋風大学生日記

 誰が言ったか、冷めの秋風。付き合う男女の仲は秋雨。九月に至ってもこの身を冷やさぬ周囲の風は、だだっ広いキャンパスの熱風をかき混ぜた後、私の心の隙間を苦もなく通過、散々弄んだ挙句、暖められているのは身体のみ──先輩と私の関係性を、物語っている様に思う。

 先輩から、秋風についての小話を教わった。秋の字を『飽き』と掛け『飽き風』、つまり、男女の仲が離れやすいのが、この季節なのだ。それには三つの解釈

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鉄塔がある街 (後編)

鉄塔がある街 (後編)

『関一雄 様

 あたしは今日、部活に出ません。
数年前に父を亡くし、母の手一本でここまで大きくなったあたしは、この街を出る事すら叶いません。そして、愛すべき貴方は、遥か遠くの東京等という都市に行こうとしてらっしゃる。その目を輝かせて、こちらに訴え掛けるさま。あまりに酷く、残酷な仕打ちだと思い......。
 もしどうしても旅立たれるというのなら、あたしにも考えがあります。あたしにも、意思というモ

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鉄塔がある街 (中編)

鉄塔がある街 (中編)

「一雄、ちょっと聞きたい事があるんやがな、その熱心に動かす右手を止めてくれんか」
 晩飯が終わり、居間にて漫画のページを捲る私の元へ、寝巻き姿の父が静かに寄って来た。多少大きくもある服から出た、細く長い四肢。年老いてもなお皺一つない手足は、確かに皆が言うところの『色白』であった。

「お前、高校出たらどうするつもりや。他の所みたいに畑も持っとらん、漁船を操る才能も、ウチの家系には誰も与えられとらん

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鉄塔がある街 (前編)

鉄塔がある街 (前編)

 決してこの街のシンボルとは成り得ぬ鉄塔。ベランダから眺める青々とした緑の巨魁に一つ佇む鉄塔は、それでも悠然とした姿で、私たちの生活や日々揺れ動く感情というものを捉え、今は夏の空に浮かぶ積乱雲に圧倒されながらもただ寂しく、ただ静かに、立っているばかり。

 昔からこの港街に住む漁師たちは、この鉄塔に『北方』という名をつけ、波が激しくうねる冬場漁に於ける街の目印として、皆大声でその愛称を叫んだ後、小

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クリスタルの恋人たち

クリスタルの恋人たち

 少し冷え過ぎた店内。薄い上着を羽織る君の哀れみを孕んだ視線が、ワイングラスを通して半袖の僕まで届いた。冷房が効き過ぎている。目前の君が洒落込み過ぎている。テーブルに置かれたロウソクの火は、僕の心と共にゆらゆらと揺れ動いている。
 新たな客が入って来ては、彼らが連れて来た湿気は薄い霧となって壁伝いに上がって行く。そんな空気を掻き混ぜるファンは、乾いた音を立てずに回っていて──
思考が一回転した後、

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さらば、名も無き群青たち(4)

 空になったジョッキを、十秒以上放置させてはいけない。つまり、酒を飲み終えたのであれば即座に次を注文する。これこそ、我がアウトドアサークルにおける唯一のルールであった。どこの誰が決めた物かは分からないが、そんな下らない掟が酔っ払いたちにとっての強い後ろ盾となるのは、言うまでもない。

 普段よりあまり酒を嗜まない僕は、敢えて数センチの量を残しておく事により、彼等『冬場の騒音達』からの迫害を逃れる他

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さらば、名も無き群青たち(3)

さらば、名も無き群青たち(3)

 まばらな人混みを縫う様にして歩けば、自分は良くも悪くも、世の流れに上手く乗っているのだという風に思う。或いは、ただ目に見える何かしらに乗せられているだけなのだろうか。
 近鉄奈良から商店街を抜け、三条通りを西に行けば、週に一度通っていた蕎麦屋がある。
駅の周辺は、奈良公園の秋めく草木や東大寺、興福寺、国立博物館への観光客がいる他、キャリーバッグを引く欧米人の団体が三条通りを更に南下すれば、荒池の

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さらば、名も無き群青たち(2)

さらば、名も無き群青たち(2)

 周囲が急に慌ただしくなり、下宿先の窓から迷い込んで来た蚊でさえも、自らの先々に待ち受ける事柄についてを悩んでいる様に見えた。
行く先も、帰る先も分からぬままに止まっては首を傾げ、飛んでは首を傾げ。それは世間が秋を迎える準備が整った事を、見て見ぬ振りした軟弱な精神に由来する行動だった。
つまり、我々は同類である。

 八月のカレンダーを捲る僕の寂しい背中を余所に、珍しく地に足を付け、夏を謳歌してい

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さらば、名も無き群青たち(1)

さらば、名も無き群青たち(1)

「ほら、ここからなら誰にも邪魔されず、空を見上げる事が出来るの」
そう言って、いつものように無邪気な笑みを浮かべた君の姿は、初夏の雲一つない青々とした空、そんな中にあってもグラデーションを忘れぬ、この空気に散った様々な色の前で、今なお薄れる事なき幻想として記憶されている。

 十年前、奈良盆地に留まる熱された空気に、いいかげん嫌気が差してきた頃。貧乏暇なし、という言葉とは無縁の大学生であった僕であ

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坂道はなお

坂道はなお

 シャキっとしてよ。情けないなぁ、もう。
当時、まだ十歳にも届かない僕の背中を、世話を焼くようにして何度も叩いていた彼女。今でもなお、僕はどこか頼りなく見えるらしい。

 年齢など大して役に立たない子供特有の世界において、僕が君の二つ下だったという事実に気がついたのは、見慣れたシャツとスカートを捨てて、中学校の制服に身を纏い歩く、そんな君の姿を見かけてからだった。
小学校の前、うねった坂道で友人と

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