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高井宏章 雑文帳

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徒然なるままに。案外、ええ事書いてます
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#書評

死地は地上にあった『デス・ゾーン』

死地は地上にあった『デス・ゾーン』

複雑な思いでこの文章を書いている。
本書は、多くの人に読んでもらいたい興味深い1冊だ。
一方で、開高健ノンフィクション賞をとった本書を、私はノンフィクションとして評価しない。

『デス・ゾーン 栗城史多のエベレスト劇場』集英社 河野啓/著

読んでほしいのは、栗城史多氏の歩みが現代の病理の一側面を抉り出しているからだ。
病理とは、評価経済なる奇妙なパラダイムのダークサイドだ。
ソーシャルメディアの

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「勉強のやり方」を知らない子どもたちに 『東大式節約勉強法』

「勉強のやり方」を知らない子どもたちに 『東大式節約勉強法』

私事で恐縮だが、著者の布施川天馬さんと私は、年は二回り以上離れているものの、境遇が少し似ている。

家庭が貧しく、塾や予備校に通うお金もなく、かといって自宅で学習する習慣もなく、働きながら大学受験に臨み、地理的・金銭的な制約で「地元の国立大学」に入った。

私は現役で名古屋大学、布施川さんは一浪で東大と「着地」は違っているが、似たようなコースだ。

『東大式節約勉強法』扶桑社 布施川天馬/著

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タペストリーのような大風呂敷 『三体2 黒暗森林』

タペストリーのような大風呂敷 『三体2 黒暗森林』

翻訳モノには、独特のマゾヒズム的な楽しみ方がある。

もう「新刊」は出ている。
でも、読めない。
ギリギリ行ける英語でも大作は躊躇する。
原書を読んだ人たちから「傑作」といった評が耳に入ってくる。
ジリジリしながら、訳を待つ生殺しに耐える日々。

『三体』3部作にそんな思いを抱く方は多かろう。

『三体II 黒暗森林』早川書房
劉慈欣/著 大森望、立原透耶、上原かおり、泊功/翻訳

私もこれほど「

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「すべての男」が読むべき傑作 『ザリガニの鳴くところ』

「すべての男」が読むべき傑作 『ザリガニの鳴くところ』

「2019年アメリカで一番売れた本」
「全米500万部突破」

そんなパワーワードが踊る帯には強力な布陣で、

「とにかく、黙って、読め」

と言わんばかりの推薦の言葉が並ぶ。

『ザリガニの鳴くところ』早川書房
ディーリア・オーエンズ/著 友廣純/翻訳

この上に私が贅言を重ねても意味がなさそうなので、個人的な体験を少々ご紹介する。

私が本書を購入したのは、文学YouTuberのベルさんのこの

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教育の「悪平等」への偏見をほぐす 『日本の15歳はなぜ学力が高いのか?』

教育の「悪平等」への偏見をほぐす 『日本の15歳はなぜ学力が高いのか?』

PISAをご存知だろうか。
OECD(経済協力開発機構)が3年ごとに行う国際的な学力調査で、Programme for International Student Assessmentの頭文字をつないだものだ。
「日本の子ども、学力順位が後退」といった形でニュースになるので、名前は聞いたことがなくても、結果だけご覧になったことはあるかもしれない。

本書は英国人教師が、PISAの成績上位から5つの

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鳥肌モノのエピソードの宝庫 『エリザベス女王』

鳥肌モノのエピソードの宝庫 『エリザベス女王』

秀作ぞろいの中公新書の歴史シリーズのなかでも、指折りの傑作だ。

今年で94歳、在位68年を迎えた「史上最長・最強のイギリス君主」の世界史的な位置づけ、そして何よりエリザベス女王自身と英王室メンバーの伝記として、きわめて秀逸な読み物になっている。

『エリザベス女王』中央公論新社 君塚直隆/著

あらかじめお断りしておくと、ロンドンに駐在した影響もあって、私はエリザベス女王のファンだ。ご長命をお祈

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アザと病と英語 『女帝 小池百合子』の違和感

アザと病と英語 『女帝 小池百合子』の違和感

話題のベストセラー『女帝 小池百合子』を読んだ。
あけすけに書けば、読んでいる最中はかなり不快で、読後1週間たってもモヤモヤした違和感が消えない。そんな読書になった。
あまり気が進まないのだが、気持ちの整理をかねて文章にしておく。
以下、敬称略です。

低評価には違和感なし最初にはっきりさせておこう。
政治家・小池百合子に対する厳しい評価について、本書に異論はない。

その歩みを多少なりとも見てき

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『読みたいことを、書けばいい。』というパンドラの箱

『読みたいことを、書けばいい。』というパンドラの箱

田中泰延さんの『読みたいことを、書けばいい。』を読んだ。

最初は本屋でニヤニヤしながら立ち読みして、その2週間後くらいに買ってニヤニヤしながら再読して、その後、ツイッターで田中さんにウザ絡みするようになってまた読んだ。
3回目、腰を据えてじっくり読み、QRコードのリンク先の記事もすべて読み、それ以外の田中さんのインタビューや対談も読んだ。
そして私は戦慄した。

「おいおい、本気かよ」、と。

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「清々しいほど分からない」のに最高に面白い 『宇宙と宇宙をつなぐ数学』

「清々しいほど分からない」のに最高に面白い 『宇宙と宇宙をつなぐ数学』

最初に正直に白状しておこう。

私は本書のテーマ「宇宙際タイヒミュラー(IUT)理論」を全く、何も理解できていない。おそらく理解度を数字で表せば0.0001%以下、いやそもそも自分の理解度がどの程度か想像もできないほど、分かっていない。

『宇宙と宇宙をつなぐ数学』KADOKAWA 加藤文元/著

世界の数学者がその難解さと新奇性から距離を置いて様子見している新理論が、理解できるはずもない。

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「圏外」だけどメチャクチャ面白かった本 in 2019

「圏外」だけどメチャクチャ面白かった本 in 2019

「2019年の私のベスト本」みたいな記事やツイートをあちこちで見かけるようになりました。「年末年始の読書にどうぞ」という趣旨でしょう。
この流れに乗っかってしまえば良いのだろうけど、いまさら「ぼくイエ」や「三体」をお勧めしても、ねぇ。
黙ってても読む、あるいはもう読んでるでしょ、読む人は。
そういう「普通にオススメ!」はひとまず置いておいて、

ど真ん中ベストセラー系から外れた「圏外」から、今年読

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『ぼくイエ』ヒットの先にある厄介事

『ぼくイエ』ヒットの先にある厄介事

本稿は光文社のサイト「本がすき。」に11月26日に寄稿したレビューです。編集部のご厚意でnoteにも転載しています。

ブレイディみかこさんの『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』が2019年の本屋大賞ノンフィクション本大賞を受賞した。
本書に対する私の第一印象は、当サイトに8月に寄稿したレビューをご覧いただきたい。

今回、「本が好き。」編集部から「受賞の背景や意義などを追記してほしい」

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何度も再読するだろう、「岩田さん」の珠玉の言葉たち

何度も再読するだろう、「岩田さん」の珠玉の言葉たち

本稿は光文社のサイト「本がすき。」に11月18日に寄稿したレビューです。編集部のご厚意でnoteにも転載しています。

55歳の若さで亡くなった元任天堂社長、岩田聡氏のインタビューや語録を収集・再構成した本書は、すでに関係各方面から絶賛されている。
私にとっても、現時点で「今年のベストスリー」入り必至のヒットだ。おそらく今後、何度も読み返して、「オールタイムベスト20」の一角を占めることとなるだろ

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「エコは人間のエゴ」という悟り

「エコは人間のエゴ」という悟り

独選「大人の必読マンガ」案内 (16)
岩明均『寄生獣』
16歳の少女の “How dare you”という火を吹くような糾弾が世界の注目を集めたかと思えば、日本では国会議員の公党党首が世界的な人口増について、「あほみたいに子供を産む民族はとりあえず虐殺しよう」と公言して騒動を起こしている。

後者の暴言は論外として、環境問題が取りざたされると再読したくなる漫画が、岩明均の『寄生獣』(講談社)だ。

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「コレデオシマイ」 偉人変人の末期の言葉 『人間臨終図巻』入門

「コレデオシマイ」 偉人変人の末期の言葉 『人間臨終図巻』入門

本のセールストークには、「必読!」「一気読み必至!」など色々と定番がある。正直、陳腐で、あまり響かない。
だが、「これしかない」というピッタリの売り文句を持つ本もある。

「死ぬまでに、読め」

山田風太郎の『人間臨終図巻』である。

「何を今さら」という同志諸兄。そっと閉じる前に、目次からジャンプして最後の一文だけ読んでみてほしい。
未読の方々。ほんとうに羨ましい。こんな名著をこれから読めるなん

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