皮肉と批判をSNSで悦に入って呟く 人にはなりたくない。 だってダセェー。 noteを見ても、誰もかも 自己満な皮肉と批判で レビューとハートを 稼いでいる。 二、三流ってこういうこと?
ニュースに対して愚痴っている記事やつぶやきを見ていると、 そういう行為をして、共感という かまってほしい快感を追い求めているんだなと感じる。 noteでもそうだ。 ただ悪口を書いていたり、ただ皮肉を書いているだけのそっけない文章が大渋滞している。 癖になるけど、悪どい中毒。
なんか自分自身の感じたことですが、 記事やニュースのコピペ感が年々と根強くなってきている。 焼き回しみたいな内容で、ネットの声を拾って貼り付ける。こんなにも情報が溢れていると、質より量で片付けられてしまうが、やっぱり中身が優れている(書く人による)のが一番素敵かもしれない。多分?
歳をとると、自己満と自己中が 加速度的に進行するのが人間だ。 自分自身が大好きすぎて、何かと自慢、何かと批判、何かと皮肉、を書く。 そして出来上がるのが、共感性モンスターという名の拗らせ一般市民。 もしかしたら、僕もそうなる運命なのか? そしたら、嫌いになるな自分。
優しくありたいと思う。 悪口や皮肉を常日頃、SNSや現実でいう人なんかにはなりたくはない。 しかし、そういう人ほど、ぽっかりと大きな悲しみを持っている。だけれども、 人を傷つけるために悲しみを偽造するより優しさを振りまけて悲しみを消去していくのがいい。 これからが大事になるかも?
自分より年上の成人女性に向かって「いい子だ」呼ばわり…。このトレーナーはまだ20代前半だろうから、まだまだ実年齢より若く見られて喜ぶ年齢ではないぞ。というか、自分より年上の人間を「いい子だ」呼ばわりするなんて、やっぱりトレーナーをバカにしている悪女だよな。
どうせまた首相が交代しても批判皮肉は 繰り返すんだよなと感じる。 そりゃあそうだよ。 人間なんて国を背負いたい人なんてごく一部だし、そのほかの人は、政治批判という娯楽に酔っている。 本当に日本が危ないのに、 気づかないで率先する人は少ないと思う。 大体が諦観者か傍観者だもの?
「noteで山門文治さんの名前を出すことで売名行為をすることをいい感じに皮肉りたいのですが、いいアイデアありませんか?」ってClaudeに訊いたら「山門文治の肩の蛙、大海を知らず」やって