マルチリンガルが語る~印象に残る博物館~

こんばんは、しょうごです^^

前回、~印象に残る美術館~を11/19に書いてから、まだ他にもあるなと思った場所は、博物館でした。それらをご紹介します。

①-1. Museum of Jewish heritage (ユダヤ人遺産博物館): ニューヨーク (U.S.A.)
https://mjhnyc.org/
13年ほど前に行ったのですが、正直一つ一つの展示物にそれほど強い記憶はありません。た

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己に恥じない生き方を「杉原千畝・スギハラチウネ」主演:唐沢寿明

予備知識ほとんどゼロで見始めた映画。Amazonプライムビデオだからこそ見た映画だ。見終わった感想から言えば、第二次世界大戦開戦直前~戦後までの世界史が一通り頭に入っていないと、スッキリ楽しめない感じはした。(それなりに関心はあって、年表なども買って読んでいるんだけど、まだついていけない感じだった。そして、かなりの部分が英語で字幕だった。)

杉原千畝のことを日本のシンドラーと呼ぶ人もいるけれど、

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【神奈川のこと27】センポ・スギハラ(西鎌倉)

先日、神奈川新聞に杉原千畝の記事が出ていたので、これを書く。

自宅の本棚に一冊の本がある。「六千人の命のビザ 」。裏表紙の内側に「杉原幸子 平成2年12月」とサインが記してある。

昭和15年(1940年)、リトアニア領事を務めていた杉原千畝(スギハラチウネ)。ナチスドイツの迫害から逃れるため、ポーランドからやってきたユダヤ人に、日本を通過できるビザを交付して、多くのユダヤ人の命を救った方である

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スキありがとうございます!横浜より愛を込めて
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そしてその内容より北村弁護士は杉原千畝の内容にキラーパスを
思わせるかのようにつなげているけど日独伊三国同盟の最中でも
同盟国であるドイツに物言いをしたわけでもあるのだよな…

今必要な、希望を知るために

 杉原千畝という日本人を知っているだろうか。私がその存在を知ったのは大学在学中だった。もっと早ければ生誕百年の祝典なども知ることができたのに、という悔しさもあるが、仕方ない。過ぎ去った祝典も、記念館の開館も、新たな出来事も、今だからこそ、知ることができたのだ。そして齢を重ねたからこそ、より深く彼の偉業を、人間としての本質を感じることができたのだと思う。私は、この貴重な本と出会えた今を喜びたい。

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ありがとうございます! あなたにも良いことがありますように!
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80年前に、約6000人のユダヤ人の命を救った日本人がいた。

どうもぼんちめんです!

利き納豆で大量に余った納豆を日々消費していますが、やっぱ美味しいですね〜納豆は。

ということで今回は、
普段あまり本を読まないぼんちめんが、1度は読んでほしいと思った本をご紹介します!

皆さんは、

杉原千畝

という人物をご存知ですか?

この方は第二次世界大戦中、日本の外交官として、リトアニアのカウナス領事館に赴任されていました。

1940年の夏、リトアニア国の

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ありがとうございます!これからものんびり頑張ります!
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Goodmorningクラウドファンディング https://t.co/dZ2YIPYzjU
「杉原千畝が「命のビザ」を発給した記念館 日本の誇りをかけて閉館危機から救いたい!」プロジェクト。リトアニアの杉原記念館がコロナで大打撃とのことで、大変お世話になり、微額ながら寄付します。

終戦記念日、今日も愛してる。

『いかに戦わないか』
次世代の空手家は考える

平和について考える

『日本人は素晴らしい民族である!』
そう、日本人は素晴らしい

でも、みんな
素晴らしい

微生物は、場が整うことにより
争う事なく
ただ自らの小さな仕事を全うする
そして役目が終われば
いなくなる

己の中の悪をも愛し
役目を果たしてもらう
『もう大丈夫』

素晴らしい日本人は
地球、宇宙に生きる微生物

全体の一部分なんだ

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愛と感謝を込めて
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「名言との対話」 7月31日。杉原千畝「大したことをしたわけではない。当然のことをしただけです」

杉原 千畝(すぎはら ちうね、1900年〈明治33年〉1月1日 - 1986年〈昭和61年〉7月31日)は、日本の外交官。

杉原千畝には縁が深い。2005年以来、記念館訪問記も含めブログにまとまって書いているだけでも以下のように5回もある。古い順に並べてみよう。人物論も時間を重ねることによって、しだいに深まってくる。

2005-10-11。民放の終戦60周年ドラマスペシャル「日本のシンドラー杉

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