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残しておきたいこと。忘れたくないこと。
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3歳半健診に行って悲しくなった夏とそれから

3歳半健診に行って悲しくなった夏とそれから

心の整理がついたので、2021年7月半ばに書きかけた記事の続きの続きを書いて公開します。3歳半検診を受けた直後の日記と、6歳になった今の長男について。

7月、夏休み前の3歳半検診で長男が「引っかかった」今日は長男の3歳半検診でした。結論から言うと、個別相談を受けるか聞かれて、中途半端な終わり方が嫌だったので受けてきました。次は半年後に様子見。

長男はかなりの人見知りで、子ども大好きオーラが出て

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シャワー大嫌いな5歳が大泣きしなくなるまでの2年間の奮闘記

シャワー大嫌いな5歳が大泣きしなくなるまでの2年間の奮闘記

長男は大のシャワー嫌い。お風呂のたびに毎回泣き叫んでいましたが、ここのところようやく大泣きしなくなり、時々は全く泣かずに済むくらいになりました(安堵)。

かつて大絶叫の最中、「みんなどうしているんだろう…」と思って検索したら見事に「暴れる猫をお風呂に入れる方法」しか引っかからず、「人間の5歳はお風呂で大泣きしないんか」と絶望した経験があったので、ごく稀な似た境遇のママさんパパさんにちょっとでも希

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奄美移住したらあっという間に2年弱経ったけど今も元気に満喫しています

奄美移住したらあっという間に2年弱経ったけど今も元気に満喫しています

2021年12月、大阪から奄美に移住しました。経緯と移住1週間の記録はこちら。

移住前に奄美の移住情報を調べては、「これから移住します!」「移住しました!今後は奄美の情報を発信するぞ!」という記事はたくさん見つかるのに、なぜかその後ぱったりと更新が途絶えるブログが後を絶たず。

「奄美移住した人は神隠しにでも遭うのか?」「私は絶対に移住後に情報発信するぞ」と思っていたのに、私もまたすっかり更新で

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奄美移住を決めてからの流れ、引越し、移住して1週間の記録

奄美移住を決めてからの流れ、引越し、移住して1週間の記録

仕事がフルリモートになるのを機に、念願の奄美移住を果たしました!この記事では同じく奄美(または離島)への移住を考えている方に向けて、どんな経緯で移住に至ったか、実際にやった準備、ハラハラしたことなどをまとめていきます!

奄美移住のきっかけと流れ前職を辞めることになったのが10月半ば。ダイビングと旅行が好きで、かつ夫の国と日本をちょこちょこ行き来するライフスタイルのため「次は絶対にフルリモートの仕

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オンラインストアを立ち上げて1年。受託EC案件ではわからなかったこと

オンラインストアを立ち上げて1年。受託EC案件ではわからなかったこと

魚柄のお店ということで立ち上げたオンラインストアが、本日1周年を迎えました!

完全に勢いだけではじめたにも関わらず、多くのお客様が買ってくださったり、レビューコメントをくださったりするのを支えに、楽しみながら過ごした1年。本当にあっという間でした。

ウェブディレクターとしてECサイトの周辺施策に携わることはあっても、実際に「商品を売る」立場としてECサイト運用するのは今回がはじめて。そこで、今

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ある部屋の物語

ある部屋の物語

2014年秋。ふと秘密基地が欲しくなって、吸い込まれるように不動産屋の扉を開いた。良い部屋があれば借りるし、縁がなければやめておこう、くらいの軽い気持ちで。

その日のうちにいくつかの部屋を見て回ったけれど、どこも決めきれずにいた。「バスルームにこだわりたいなら、最後に見せたい」と言われて案内されたこの部屋は、どこをどう切り取っても私好みで、小さいけれどバランスよく、統一感がある部屋だった。すぐに

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言語化できない孤独と、得体の知れない不快感

言語化できない孤独と、得体の知れない不快感

結婚してみたら、たまたま相手が外国人だった。そして「想いを言葉にできない」苦しさと「未知の場所で得体の知れない不快感と対峙する」不安を、子どもたちに先駆けて味わうことになった。

言葉の壁国際結婚したと知ると大抵の人に「会話はどうしているんですか?」と聞かれる。我が家の場合は日本語と英語、まれにインドネシア語を混ぜながら話していて、何語を話しているという意識がない。カタコトなんですよ、と言うと決ま

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人間の本性について思うこと

人間の本性について思うこと

最近、我ながら好きな考え方がある。それは「心や時間、お金にゆとりがあるときの姿こそ、その人の本性」ということ。

一般論では、酔った時や追い詰められた時、我を忘れて怒っている時にその人の本性が出ると言うけれど本当だろうか。たしかに人の弱い部分が暴かれやすいのはそういう時だと思うし、そんな窮地に追い込まれても自分を見失わないならそれは本物だと思う。でも、ピンチに平常心を保てないのは当たり前のことで、

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シオンが生まれた時のこと

シオンが生まれた時のこと

次男シオンの妊娠がわかってから、私たちは夫の実家であるマナドで里帰り出産すべく準備を進めた。10月末にまず私と長男ニコがマナドへ赴き、11月末に夫が合流し、私の滞在手続きを進めつつ出産の時を待った。赤ちゃんは順調に育っていたけれど、マナドで通っていた産婦人科のドクターからは「37週で3kgと大きめだし、あなたは35歳で高齢出産にあたるので帝王切開を選択肢に入れた方がいいかもしれないわね」と告げられ

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卒乳できなかったあの日のこと

卒乳できなかったあの日のこと

ニコの育児は何もかもが体当たりな感じで、特に苦労したのは卒乳と寝かしつけだった。このふたつに関しては結論から言えば私は完遂できず、インドネシアの夫の家族に頼る形でようやく達成したのだった。

ニコはおっぱい大好き星人だったし、私は体調を崩しがちなワンオペ生活で添い乳での寝かしつけに頼っていた。寝不足や体力的な限界を感じて卒乳には何度も挑戦したけれど、そのたびにニコはギャン泣きし、ニコの声に敏感な夫

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彼との出会い

彼との出会い

一目惚れではなかった。むしろ、大きな瞳に整った顔つきは私の敬遠するタイプだった。私はイケメンが苦手なのだ。

彼と出会ったその日はバリ島から帰国する前日で、私と友人はバリでも有名なマンタポイントでダイビングを楽しむ予定だった。朝早くホテルに来た送迎車でショップに向かい、レンタル器材のサイズをチェックした。その時彼もいたのだけど、日本のように無意味に愛想を振りまかず淡々と進めるので、特に何の感情も湧

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ニコが生まれたときのこと

ニコが生まれたときのこと

妊娠は幸せの象徴だろうか。私にとっては違った。幸せより恐怖だった。無事に産めるかどうかという恐怖。出産の痛みに対する恐怖。かけがえのないものができてしまった恐怖。しかも、それをどれほど大切に育てたとしても、いつ失うかわからない未来への恐怖。

赤ちゃんは愛しい。最初のエコー検査で先生から「いい場所に着床してるよ、大丈夫だよ」と言われた時に、生まれる前の短く長く過酷な旅をがんばって乗り越えたんだなあ

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