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【短編小説】学校に行かなかった日の話

学校までの道のりを重たい足を引き摺りながら歩く。朝八時の匂いはなんでこんなにも憂鬱を含んでいるのだろう。

溜め息を吐いてみるもいつもより多めに体から無くなった分の空気を吸うのが億劫で溜め息を吐くのもやめた。

それでもなるべく学校のことを考えないように、ゆっくりと流れる景色に目をやった。

白い蝶が私の前をひらひらと覚束無い様子で飛んでいった。

学校に行きたくなかった。

その日は特に。日直だ

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全てが無常なら、瞬間は永遠になるのか

全てが無常なら、瞬間は永遠になるのか

 ドストエフスキー『地下室の手記』にリーザという娼婦が出てくる。当時のロシアの娼婦というのは、今の「風俗嬢」とは全く違い、地位が低く、悲惨な人生の人たちだった。
 
 リーザは、自分を買った客である主人公の男に、自慢をしたくて、ある手紙を見せる。それは彼女に思いを寄せる学生からのラブレターだ。
 
 彼女が主人公に手紙を見せたがったのは、自分は今はこんな風に落ちぶれた身分だが、かつては決してそうで

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文学の脱・当事者性 (芥川賞 第169回)

 芥川賞の第169回が決まったらしい。市川沙央の「ハンチバック」だそうだ。

 市川沙央という人は、症候性側弯症という難病で、人工呼吸器、電動車椅子を使用している。かなり重たい障害を持っている。小説の主人公もまた、重たい障害を持っているそうだ。「ハンチバック」という作品も、作者自身を投影した小説と見て間違いないだろう。

 私は件のニュースを最初に見た時、ほとんど何も思わなかった。もう芥川賞に何も

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「教養」のある文章を書く為に

 例えば、ある評論家がある作家をこき下ろす。それだけ読むと、その作家はもう用済み、コテンパンに打ちのめされて、もう読まなくてもいい存在であるような気がしてくる。
 
 しかし実際に、その作家の書いたものを読むと、彼には彼なりの言い分があって、彼には彼の世界があるし、彼の言っている事も正しいように思えてくる。こうして、読者は、自分が明白な意見を持ち得ない事に不安を感じてくる。
 
 この「不安」とい

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桜道

桜道

「自分がゆっくりと死んでいくのを私は少しずつ噛み締めたい、と思っている。もちろん生きられれば生きたいが…。

 私はもう一年もこの病院のベッドに体を括り付けられている。余命が長くないのも自分でわかっている。自分の中の小さな火が少しずつ消えていくのが自分でもわかる。

 私の病気はガンで、悪性のもので、発見した時にはもう助かる見込みがなかった。私はまだ二十歳で、これから人生が始まるのだと思っていた矢

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亡霊

亡霊

 夢の中では様々なものが鮮やかだった。ところが、それらが何なのか、目覚めてみると覚えていない。ただ鮮やかだったという印象しかない。

 色々な人が色々な事を言っている。ところが、それは私にはどうでもよかった。どうでもよかったんだ。私は、体を起こして歯を磨きに洗面台に向かった。

 歯を磨きながらテレビをつけてみた。テレビでは、さっき戦争が始まったとリポーターが興奮しつつ話していた。でしょうね、と私

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社会的解決としての「愚かさ」

社会的解決としての「愚かさ」

 テレビでは健康食品のコマーシャルがよく流れている。七十代でもまだ元気、八十代でもまだ元気。いつまでも元気でいられるような、体に良い健康食品がやたら宣伝されている。
 
 先日、テレビを見ていたら老後にはいくらぐらい金が必要かというのを、専門家が教えていた。この専門家というのは金融のプロだそうだ。
 
 あるいは、医者は、人間の身体を良くするようなアドバイスをくれたり、薬をくれたり、そういう施術を

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小さな声

小さな声

 (私達は死に耐える事ができます…)
 (死の想念にも、現実の死にも私達は耐える事ができます…)
 (というのは、私達は"小さな声"で話しているからです…)
 (小さな、小さな声で話しているからです…)
 (耐えられる秘訣と言えば、ただそれだけです…)
 
 ビルディングの奥に陽は傾き
 画面を見ていた男は足元の小石に蹴躓いた
 男は軽く舌打ちすると
 陽が沈みつつある方向へと足早に去っていった

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空港

空港

 私は空港職員をしている。年齢は56才だ。

 私が空港職員を志すきっかけになったのは、二十代の頃、当時付き合っていた彼と一緒に行った海外旅行だった。もっとも、私の旅行は、旅立ちの空港でほとんど終わっていたと言った方がいいだろう。

 私達は空港に行った。私は空港で、夕日を見た。大きな通路を歩いている時、滑走路の向こうで輝く夕日を見た。つまらない事に思われるかもしれないが、私はその風景にひどく感動

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福田恆存と三島由紀夫の違い

福田恆存と三島由紀夫の違い

 福田恆存の思想について知りたくて図書館に行ってきました。三島由紀夫全集の中の対談が載っている巻を取り出し、ぱらぱらと読みました。
 
 福田について知りたくて三島との対談を読んだのは、どうやらその対談で福田の思想が鮮明になりそうだ、と踏んだからでした。
 
 結果から言うと、福田の言わんとする事の理解も深まったとは思いますが、それ以上に、三島由紀夫についても理解が深まった気がします。
 
 福田

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神無くして原罪あり  ー芥川と太宰ー

神無くして原罪あり  ー芥川と太宰ー

 福田恆存を読んでいたら、日本近代文学について述べたところで「日本の近代文学は神は不在だったが、原罪はあった」というような文章に出会い、(そうだよなあ)と考え込んでしまった。
 
 私が知っている限りでは太宰治が当にそういう状況を体現していた。太宰がキリストというものへの関心を示し続けたのは、太宰において、そして日本近代文学においては「神はいないが原罪はある」という状況だったからだ。
 
 神はい

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スタヴローギンが感じた存在論的な恐怖——亀山郁夫氏『『悪霊』神になりたかった男』より

スタヴローギンが感じた存在論的な恐怖——亀山郁夫氏『『悪霊』神になりたかった男』より

ドストエフスキーの全作品でもっとも危険とされる「スタヴローギンの告白」(小説『悪霊』より)。作家の全人格が凝縮されているこのテクストには、人間の〈堕落〉をめぐる根源的ともいえるイメージが息づいている。文学のリアリティとは何か。人間にはどのような可能性が秘められているのか。ロシア文学研究者の亀山郁夫氏が小説『悪霊』の中の「スタヴローギンの告白」について徹底的に解明しているのが本書『理想の教室 『悪霊

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おやしみ

心細くて独りだって思って、不安で眠れなくてnoteをひらいたら、相互さんの投稿があって、あぁ、みんなも同じ今日を生きてたんだよなぁ(当たり前)って思った。

おつかれさま、だし、ありがとう
今日も生きててくれてありがとう

あなた方が頑張って生きてくれているから、私も頑張ろうと思えます。

メロディ

メロディ

1.流星

生きること 死ぬこと
生きている人を上手に愛せないこと
私の身体は女だ 心も女だ 卑しい女だ 男が寄ると男という性別を嫌でも意識する 人ではなく記号を見る 性的に警戒をする 生理的な嫌悪感を向ける 時に身体が酔っぱらう
女が寄ると女という性別に安堵する 人ではなく記号を見る 身代わりを作る 特別のつもりでいる あなたは母であり姉であり叔母である 恋と友情の綱渡りが始まる
父って父であり

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