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小さな声

 (私達は死に耐える事ができます…)
 (死の想念にも、現実の死にも私達は耐える事ができます…)
 (というのは、私達は"小さな声"で話しているからです…)
 (小さな、小さな声で話しているからです…)
 (耐えられる秘訣と言えば、ただそれだけです…)
 
 ビルディングの奥に陽は傾き
 画面を見ていた男は足元の小石に蹴躓いた
 男は軽く舌打ちすると
 陽が沈みつつある方向へと足早に去っていった
 
 (あの男の"存在"は何?…)
 (あの男はね、"存在"を存在させようとしているの…)
 (そうなのね、"存在"を存在させようとしているのね…)
 (そう、だからあの人は"存在"していないのよ…)
 
 私が既に踏破した道には
 人だかりができていた
 彼らは山裾から頂上にいる私を指さして
 汚らしい言葉を吐いていた
 ああ、しかし、この美しさはどうだろう?
 そこから転落する直前に見る山上からのこの風景の美しさは!?
 
 (あの人はどうなの?…)
 (あの人は既に死んでいるわ、だからこそ、"生"にしがみつこうとしているの…)
 (そうなの、可哀想な人ね…)
 (うん、可哀想な人、でももっと可哀想なのはあの人が)
 (自分で自分を救ってしまっているからもう誰も救えないという事なのよ…)
 (そうなんだ、お気の毒ね…)
 (そうなのよ、お気の毒なのよ…)
 
 さて、全てが凪いだ後、一体、"誰"がやってきたか
 それを知る者はもういない
 小さな声の者は去り、大きな声の者も去り
 あらゆる者が去っていった
 それでも、どこからか"声"は聞こえて
 それは虫のささやきのように
 意味のない意味を絶えず湧出していた…
 
 (そうなの…あ…)
 (あうなの…せ…)
 (かうせい…る…)
 (せいかる…ひ…)
 
 (………)
 (………)
 (………)
 (………)

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