【短編小説】学校に行かなかった日の話


学校までの道のりを重たい足を引き摺りながら歩く。朝八時の匂いはなんでこんなにも憂鬱を含んでいるのだろう。

溜め息を吐いてみるもいつもより多めに体から無くなった分の空気を吸うのが億劫で溜め息を吐くのもやめた。

それでもなるべく学校のことを考えないように、ゆっくりと流れる景色に目をやった。

白い蝶が私の前をひらひらと覚束無い様子で飛んでいった。




学校に行きたくなかった。

その日は特に。日直だったから。

日直は窓の閉会や号令、水やりなど面倒な雑用をしないといけないし、学級日誌も書かなきゃいけないし、何より1分間スピーチが憂鬱で憂鬱で仕方がなかった。


朝の会で、一分間スピーチをする。テーマは、「夏になったらやりたいこと」だったっけ。

夏かあ、


夏は嫌いだ。すごく暑いのに、暑がりながらもみんな夏を楽しんでいるから。

夏祭りの雑踏、海の騒がしさ。

人々のざわめきが不快で、怖いのだ。


自分とは違う人間、もっと言えば違う生き物のような気がして。


そんな“人間”の声や視線が怖い。

それは学校も例外では無い。

だからいやなんだ。


1週間ほど前からスピーチで話すことを考えていたのに、何も思いつかなかった。

直前になっても、第一声何を言うかすら思いついていない。いや、スピーチする時が近づくにつれて、焦燥がキャパを圧迫して、どんどん考えることが出来なくなっている。


どうしよう、


学校に近づくにつれてどんどん焦燥感に脳を支配されていく。

呼吸の仕方がわからなくなる。息を吸っても吸っても、まだ足りない気がして、息を吐くのを忘れ始める。

歩き方が分からなくなる。左足を前に出したらそのまま左側に倒れ込んでしまいそうになる。

このまま身を翻して帰ってしまおうかとも思った。



…よ!

ました よ!

落としましたよ!



背の低いお姉さんが、居た。

私のポケットから落ちた折りたたみのくしを拾ってくれたみたいだ。


そういえば、朝家を出る前前髪が気になって使ってそのままポケットに突っ込んだんだった。

「ありがとうございます」

咄嗟に出た自分の声が小さく、掠れていて少し恥ずかしくなる。


お姉さんは中学生の私よりも10cmくらいも背が小さくて、お嬢様みたいな服を着ていて綺麗な黒髪でお人形さんみたいだった。


「大丈夫?顔色が良くないみたいだけど、お茶でも飲んで休んで行く?」

お姉さんは言う。


わたしは、このまま学校に行くのがどうしても嫌だった。

知らない人のおうちに行くのは良くないかなと、思ったけど、落し物を拾ってくれたわけだし、心配してくれてるし、、と自分に都合のいいように考え、思わず


「いいんですか?」


と、言ってしまった。

お姉さんは微笑みながら、

「どぞどぞ〜☺️」

と、玄関に向かって行く。


学校までの道のりに、こんな素敵なおうちがあったんだなぁと外観を見て思う。


私の前を歩くお姉さんの足もとからは歩く度に鏡を割るような音が足音…?として聞こえてきた。

キィ…とお姉さんは少し重そうに扉を開ける。


「今、紅茶淹れてくるから、そこ座ってていいよー」

「すみません、ありがとうございます」


さっきより、聞き取りやすくなった声でお礼を言う。




ここは、応接室のような部屋なのだろうか…?

白を基調とした、上品なお部屋だ。


いままで、ただ、目の前の苦しみから逃れたいがために必死だったのが、少し心の余裕が出来て今の状況を脳が整理し始める。



ほんとに、いいのかな?

お姉さんは何者なのだろうか、?

今は、何時なんだろうか…?

分からない、けどきっと遅刻だ。

いや、でも、行きたくなかったわけだし、体調が悪くなって休んでいた、これは立派な“理由”になり得るのではないか、

無意識に言い訳を考え始めていた。


クーラーが効いているのか初夏にしてはとても快適な室温で、体調が悪かったことも忘れるくらいだった。

お姉さん、なかなか来ないなぁ、

そう思って、お姉さんが出ていった扉の方に近づくと少し遠くの方から、人の声が聞こえる。


耳を澄まして聞いてみると、数人、、いや、もっと、?



…??、?


人の声が混ざりあった雑音が、どんどん意識の中に入り込む。


人のざわめき。


誰か、いる…?

家の中なのに…
人ごみの中にいるみたい

怖い、こわい



また、息が吸えなくなる。

逃げた苦しみに先回りされているようで、なんとも言えない恐怖に襲われて、倒れてしまいそうで、扉のすぐ横の壁に背中を預けてしゃがみこむ。


人の声が、人々のざわめきが、どんどん大きく、増えていく。


これは、、もしかして、悪い夢か、嫌な妄想なのか…?

そんな思いが抱え込んだ頭にふと過ぎる。


背中の壁からなにか白い物がはらりと落ちる。


…、


蝶…?

人の声のざわめきがより一層悪意に変わる。


今自分が背中を預けていた壁が、さっきまで上品だなぁなんて呑気なことを思っていたこの部屋の“白”が、全て蝶であることに気づく。


声も出ず、恐怖で立ち上がることが出来ない

そんな私を助けてくれる人はどこにもいない


人々のざわめきを発し続ける白い蝶に囲まれながら


わたしは、こんなことになるんなら学校行っとけばよかったなあ…笑


とか思いながら必死に心の中で強がる。

そうでもしないと、どうにかなりそうだった。



白い蝶が上の方にいるものから、静かになって、ぽたりと落ちてくる。

人々のざわめきは少しずつ少なくなり、蝶がどんどん落ちてきて、部屋が崩壊していく。


わたしは恐怖で強ばる足をなんとか動かしながら扉を出た。



人々のざわめきが、雑音が、しなくなる。

目の前には大きな白い芍薬の花畑が広がっていた。

恐怖がまだ抜け切っていないのか、広大な花畑?がどことなく、いや、とてつもなく不気味に感じる。


夕方だった。

そんなに、時間が経ったのだろうか…?



もう学校には向かわずに家に帰ろうと、大きく花開いた白い芍薬たちに背を向ける。


いつもの、通学路。


いつもの雑音。


いつも通り。いつも通りだったのに。

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